第89話 こうなる事は分かっていた
鮮烈に覚えている記憶は、自分が生まれ育った故郷のモノとはかけ離れた地獄である。
次々に死傷者が運ばれていく。野晒しになった傷病者にひたすら回復魔法を掛ける日々。
爆炎と硝煙が空に昇り、赤へと染め上げていく。残響する子供の鳴き声。抱き合ったまま息を引き取った親子。
そんな当たり前が広がっている。
元々は、僕は冒険者を目指していた。誰かの力になりたいなんて殊勝な気持ちは無かった。ただ元の世界に帰る為に、そして低過ぎる自己肯定感から生じた、特別な使命感が僕を動かしていた。
自分の事を一度たりとも打算の無い善意を行う聖者などと思い上がる事は無かった。そして、これからもそれは永遠に無いだろう。
だって、僕は今、死を望む人を治した。
「・・・一生忘れない。」
こちらこそ、忘れないで欲しい。
君を地獄に呼び戻したのは僕だ。感謝される筋合いは無い。
僕は冒険者になれなかった。
夢を追い、無謀にも何かを勝ち取る冒険者の時代は既に終わっている。
この世界は、冒険をするには危険過ぎる。王国のギルドなんてものが出来たのは、それも要因だろう。絶望的に、兵士が足りないのだ。
自由を謳う翼を掲げたギルドの印は、もはや飛べない鳥だった。抜け落ちた羽根に等しく、その依頼全てが魔族達など、何かの討伐依頼でしか無い。死臭漂うギルドの陰気さは、パーティを追放された自分には合わないと、そう心に言い聞かせて志願兵となった。
その結果が、これだ。
常に人の死と向き合い、死に麻痺していく殺し合いの世界。渇きに満ちた獣共の横暴が闊歩し、生を諦めた者が蹂躙される。感情を持てば精神が耐えられない。皆、何かに麻痺していく。死の恐怖すら麻痺していく。
僕らは蠱毒の中にいた。その蠱毒に飛び込んだのは僕自身。言い訳は出来なかった。
その中で、やっと見つけた信じられる者。アンセム、パレット、ブラッド、クロエ、師匠。
皆、死んでしまった。
自分だけが醜くも生き残った。
幸助なんて名前は呪いだ。
誰かの幸せを助けた事なんて、無かった。人を癒す魔法に特化していても、結局は自分の傷しか舐められない程に、自分は自分本位な人間で、誰よりも弱かった。
そして、タリスまで、自分のせいでーーーー。
異世界で得られたモノ。
それは、世界の残酷さと、後悔。
強くなってからじゃ、もはや過去は変えられない。弱い時に欲しかった力は、今となっては蛇足である。
結局、元の世界に戻っても、小春を殺す事は出来なかった。いくらでもチャンスはあったのに。また、彼女にとっての地獄が始まる。僕はとことん救えない人間だ。
何かが始まってからじゃ遅いと言うのに。
嗚呼ーーーやはりあの時、僕はしぬべきだったのかもしれない。
全てが終わった、あの日に。
太陽の昇る、美しい景色を見て死ねていたら。
まだ、こんなに苦しむ事は無かったかもしれないのに。
こんなにも、冷酷な怪物に、ならずに済んだかもしれないのに。
懐かしい声がするーーー
「あっ、幸助さん!起きましたー。起きましたね、これは。起きたらこれはビンタですね。ビンタ。」
そう言って、意識を取り戻した幸助を膝枕していた女は、大きく振りかぶった。
「二度寝許さぬ目覚ましビンタァ!!」
「いっっっってぇ!!!」
微睡みの最中にあった幸助を文字通り叩き起こす。その衝撃により、幸助は飛び起き、竜の背中から落ちそうになった。
あぶねー。ってもうここ、札幌じゃないのか・・・。
「破廉恥!スケベ!淑女に膝枕し続けて・・・何時間!?」
「知らねーよ寝てたんだし!!・・・あれ?アイナかと思ったが、そうか。お前か、マクガフィン。」
魔眼王幹部・マクガフィン。
別名・抗生なる大地の英雄。
正体は何となくだがーーー分かる。考えれば考える程、嫌になるが。
宵撃龍コンフリクトの前例を考えれば、その正体が未来の巫女と過去の巫女を《融合》させた存在だという事くらいは、簡単に予想出来る。不死の紋章を両肩に2つも宿した怪物である。
アイナにも、小春にも、似ている。
それを見て、幸助はやり場のない気持ちに追いやられる。対の存在を一つに纏めるなんて、余りにも惨い。
「俺を助ける義理はねーだろうよ。お前、中立な存在じゃあ無かったのか?」
「そうね、でもそれは立場上の問題であって、私個人の感情とは違う。」
「俺、そんな色男になった覚えはねーよ。」
「うん。ハッキリ言ってタイプじゃないよ。」
「死のうかな。」
話していても、何だかアイナと話しているような感覚に陥る。改めて、複雑な感情が去来する。
「・・・アイナは?」
「死んだよ。紋章も喰われた。」
「それは無いな。簡単にやられるタマじゃないよ、アイツは。」
「随分信用しているのね。」
「悪い意味でね。情けないけど、逆恨みみたいなもんでさ。あいつだけは一生許さないって決めてんだ。」
「女々しい男だなー。」
「だろ?メンヘラ具合は家出少女とそう変わらん自信あるぜ。」
「その自信をもっと自己肯定感に回せばいいのに。」
「回転寿司じゃねーんだから、そんな都合良く回らねーよ。」
「あー私、海老好きー。めっちゃ美味しいよね〜。」
「え、もしかして、俺の名前海老原なの知って、からかってる・・・?」
「自意識過剰なのね。」
「急に突き放してくんじゃん。やっぱお前アイナじゃないわ。」
くだらないやり取りをしている時、幸助は昔の事を思い出す。
こうしている時が今までの人生で一番幸せだったと、その貴重な一瞬に気付くのは時間が掛かりすぎる。過ぎ去ったそんな思い出を青春と呼ぶのだろう。たとえそれがどんなに辛くても。痛くても。
変わり続ける世界と自分に、変わらない思い出だけを啜っては吐き出して生きている。
これはもはや、過去に依存していると言っても過言では無い。精神的な病も、過去の失敗や過ち、体験から来るモノが殆どで、過去というものは常に人格を縛り続ける呪いだ。
だから、僕が死にたいなって思う感情も、当たり前なのかもしれない。
それでも生き続けるのは、同じ過ちを繰り返さない為。ただそれだけである。
「ーーーで、俺達は今何処に向かっているんだ?」
幸助は訊いた。自分を連れ出したのはマクガフィンである。勇者レーヴも札幌にいた筈だが、ここにいないという事は、何が目的があって別行動を共にしているとしか考えられない。
「君の故郷だよ。」
マクガフィンは、表情を変えずに淡々と述べる。
「帰宅かよ。」
「いや、次なる戦場はヒタ。君の故郷だよ。」
「・・・いやいや。」
待ってくれ。
どういう事だ?訳が分からない。
「あんな田舎に何の用があるんだ。」
「君だよ。君に用がある者がいる。」
「魔眼王幹部ってのは、何で俺に」
「今回、魔眼王様は関係無いの。」
「・・・はぁ?」
「だから、私が一緒に同行している。いや、出来るんだ。何故なら、そいつは私達の世界から来た者じゃない。そいつの目的は君だから。」
「・・・。」
「君が悪いんだよ。相手に情けを掛けたから、今回の事態を招いたんだ。」
「・・・お前らに言われたかねーよ。」
「私達に言う資格が無いのは分かってる。けど、今回に関しては完全に別だよ。完全に計画から外れた事態。君があの日、彼女を殺せなかったから生じた結果だ。君は、アカシクの血を引く者の頭脳と生汚さを想定していなかった。」
「・・・いや、俺は確かに殺した。」
「死体は見つからなかったんでしょう?それでも、その可能性を君は考えなかった。」
ーーー廃華楽土アザレア・アカシク。
魔王軍十二幻将にして、幹部と同等の力を持つとされる怪物。
彼女が通る道には、生物一つ残らない。全ての生命を我が糧とし、利用する幻獣ヴェイルとの混成体。
全てが終わったあの日、俺は確かにあいつを殺した筈だった。
まだ生きているとするならば、あいつは何をするのだろうか。俺に復讐をするだろうか?
いや、それはないな。
だが、あいつは元より破滅主義。混沌の世界を肯定するイカれた女だ。
「・・・もうアイツとは戦いたくねーよ。魔王軍も潰した今、戦う理由が無い。」
幸助は呟く。その言葉は本心からくるものだった。
「強者の余裕?」マクガフィンはからかった。
「そうかもな。」
「そんなに強いの?君?」
「まぁ、そりゃあ弱そうに見えるよな。変な武器造り出す奴にしか見えなかっただろうし。」
「じゃあなんでそんなに落ち着いてられるのさ。相手はもっと強大な力を手に入れているかもしれないのに。」
「AAは《破練師》だろ?こっちの世界はそもそも魔力濃度が薄い。なら、そこまで脅威とは思えない。」
異世界で《破練師》が最強の魔法使いとして語り継がれてきた理由は、その無限に近い魔力を行使出来る点にある。周囲の魔力を支配し、自らの魔力源として使用出来るその力は、《箱庭》展開など、余程の魔力消費が起こらない限りはほぼノーコストで魔法やスキルを行使出来る。
対照的に、世界では空気そのものに魔力が存在していない。空気の構成物質に魔素が含まれていないのだ。よって、《破練師》はその強みを活かせないが、阻むものが存在しない為、魔法やスキルが異世界より高威力として出力されやすい利点も存在する。
「それに、本当に俺なんかに復讐するか?あいつが?」
幸助は、AAの事は多少なりとも理解している。何度か戦った相手だからという訳では無い。狂気を含む部分は確かに人格の中にあるが、話してみると、それ程狂っている訳では無かった。行動原理は極めて合理的な人間であり、大義の為に頭を使う狡猾さを持っている。
幸助の感覚では、自分如きの復讐に人生を費やす馬鹿には見えなかった。それよりも、アカシクに対しての憎悪の方が強いような印象さえあった。
魔王軍に居た、という事は、そういう事なのだ。
そうでなければ、古代都市アカシクをあんな醜い《箱庭》として騙る所業は為せないだろう。
「おい、マクガフィン。お前は過去の記憶は無いんだろ?適当言ってるだけじゃねーか?」
「君のAAへの謎の信頼は何なんですか。」
「それはーーーー」
それを言おうとして、幸助は止めた。
それは、幸助とAA、そして死んだ魔王しか知らない事。
AAと幸助は秘密の共有者である。
決して、誰にも、この事実だけはバレてはいけない。
それが表に出てしまえば、幸助という人間は、終わる。
「ーーーーーあ。」
幸助は、気付く。
AAのやろうとしている事。
それは、秘密の共有者である幸助にしか分からない事。
ずっと謎だった。何故、自分が異世界転移者に選ばれたのか。
全ての偽りが、終わる。
AAは、その為に生きていたのだ。
「ーーーークソッ!!気付くのが遅過ぎた!!!」
「何が?」
「あの人がーーーー危ないッ!!」
幸助は、《鬼血術》を発動し、蝙蝠の羽を広げ、《偽創具顕現》を発動し《蒼炎外套》を羽織って飛び立った。
一気に加速する。
急がなければ。
「ちょ、ちょっと!」
マクガフィンが背後の竜の背中から叫ぶ。
ーーーーあいつ、飛べないのか?
「先にヒタへ行く!後で待ってるからな!!」
「乗り換えた!」
「って、うわぁぁ!!!」
いつの間にか、マクガフィンは幸助の足に捕まり、滑空していた。
「バランスが!!バランスが、崩れる!!」
「うわぁ〜すっごーい金玉めっちゃ揺れてる〜」
「ガキがよぉ!!なら、しっかり捕まってろよ!!」
幸助は急いだ。
ヒタが蹂躙されるのは、とても見てられない。だがそれよりも、AAの行為を止めなければならないと思った。
その結末では、余りにも救いが無いからだ。




