第82話 魔神ネメシス
「ーーー見えてきたな。」
セトラは地平線に見えて来た永遠都市の残骸を見て呟いた。AAの作る《箱庭》とはまるで違う様相である。
それもその筈だ。永遠都市はもう何千年も前に滅びている。いや、もっと、前からなのかもしれない。白亜紀から存在した文明というのだから、もう歴史は滅茶苦茶だ。人類が誕生する前から存在する古代都市なんて、訳が分からない。
そこは、草木が生い茂る島だった。世界地図上には存在しない筈の孤島である。しかし、そこにはそれが存在する。当たり前だ。
なにせ、永遠都市の正体は、機械的かつ人工的に作られた《箱庭》そのものだからだ。
つまり、《箱庭》が海に浮いているのだ。認識疎外の魔法を掛けられており、外界の人間からは見つからないようになっている。観測器としての能力を持つ小春の《ブラックナイト》がなければ、それこそ永遠に見つける事は出来なかっただろう。
ここに、魔眼王がいる筈だ。
「懐かしい感じがする・・・。」小春はそう呟いた。過去の巫女、アイナとしての記憶が蘇ったのかもしれない。
「そっか、故郷だもんな。」セトラは少し馬鹿にしたような軽い言葉を放つ。
「こんなのでも第一の故郷だよ。勿論、第二の故郷はヒタだよ。」
「いいんじゃねぇか?帰る場所が無いよりはいい。」一点、セトラの言葉に影が差した。アイナは、何も返さなかった。
スルースヴィル決戦。それは、魔王軍と人間の戦いとして、多大な犠牲を生み出した戦争だった。
セトラとしてはトラウマだろう。
特に、魔剣使いブラッドと旧神フォーチュンの戦いは、周りの全てを巻き込んだ凄惨極まりない戦いだったと言われている。何故なら、戦闘しているだけでスルースヴィルの全てが更地になったのだ。ダーニャ地方そのものが歴史から消える寸前であり、その被害は甚大だった。
「・・・行くか。」
「・・・うん。」
過去の巫女は未来など見えない。その筈なのに、あの故郷へ帰るのは、確定的な死を意味しているようにも感じた。
セトラは《防壁陣》に直接触れると、自らのスキルで爆破し簡単に侵入出来た。小春はアカシクの《防壁陣》だから何か特別な暗号が必要じゃないかと頭の中で勘繰らせていたのだが、それはすぐに徒労と化した。仲間としてセトラは頼もし過ぎる。
ーーーーそこは、廃都市と呼ぶに相応しい場所だった。物理法則を無視したような現代アートのような高層建築物が建ち並んでいる。この世の風景とは思えないが、これは紛う事無き永遠都市の姿である。そんな永遠都市も地面にコンクリートを使うんだなと感想が浮かぶ程度には、今の時代とそこまでの乖離を感じないので、間抜けな気分にもなった。全てが人工物と化した海上に浮かぶ島は、歴史そのものに漂流している孤独な文明の残滓である。
隆盛を極めた過去を懐かしむ事なぞ意味の無い行為だ。過ぎ去った時の流れは残酷で、建築物の方も色褪せており、所々で剥落し、劣化が見られた。死んだ事にすら気付かない亡者の欠片そのものだ。
「永遠を想定した都市じゃなかったのかよ、アカシクってのは。」セトラが眉を上げて訝しむ。
「時の流れは残酷なのかな?」
「そんなもんかーーーーーあーーーー」
ーーーーしかし、それが経年劣化のモノでは無いと気付くには遅過ぎた。
身の毛のよだつ、魔力を感じた。
感じただけで、自らの終わりを意識した。
彼岸から、私を呼ぶ声がした。
「ーーーー何だ、これは!?これが魔眼おーーーー違うっーーーーーああーーーー」
それは、言葉に言い表せない程の悍ましさだった。欠落の無い存在故の畏怖である。
勝てない。一瞬でそう思わせる程に、強大すぎる力だ。
《響慄》とはまた違う、なんだ、これは。
まるで、殺意が無い。しかも、生物を相手にしてるような感覚とはまた違う。
そう、その力から、セトラ達にいきなり襲い掛かるような敵意を感じなかったのだ。
不気味極まりない。それは、台風の目の中にいるような、一時的な安楽と脅威を思わせる魔力だった。
間違い無く、この世のものでは無い。
こんなものが、この世にいてはいけない。
「・・・はぁ。そういう事か。札幌に私が行かなくて良かった理由が分かったよ。」
セトラは、全てを理解したようだった。その表情は苦々しく、激情を耐えているように見えた。
「小春。逃げる準備はしておけ。」
セトラは髪の毛を千切り、竜を3体生成する。竜は突き破った結界から脱出し、島の周りを旋回し始める。
「今からは現状把握、情報収集に留めるぞ。対話の余地があればいいがーーー」
「・・・?どうすればいいの?」
「さっきの魔力を放った奴に会う。」
「え?冗談でしょ?何考えてるのセトラ?死ぬよ?」
「悪い、私の気が済まない。これで死ぬなら私はそれまでの奴だったってだけだ。」
小春は、そう簡単に言ってしまえるセトラが少し、怖かった。明らかに覚悟が違い過ぎる。異世界を経験したら、みんなこうなってしまうのだろうか。
「・・・セトラは、そんなにカッコいい死に方がしたいの?幸助君はそんなの望んでないよ、きっと。」
「散々私の前で《自殺》しまくったあいつに私を止める義理はねぇだろ。毎回どんな気持ちで死にそうになるあいつの姿を見せられたと思ってる?」
「彼は人を守る為に手段を選ばなかっただけ。セトラが今やろうとしているのは、無謀よ。豪雨が降った川の激流に飛び込んで私は死なないって言われても、説得力が無いよ。」
「あんま龍王舐めんなよ?」
「だから、死ぬなら私を使って。私は、死なないから。」
小春は、右肩の紋章を見せつける。
それは完全なるアカシクの紋章。対象を不死にするという、神の力を超えたアカシクの遺物である。
神の持つ、世界そのものの認知を改竄し、対象の存在そのものを消す権能にも有効である。それは昔、ブラッドがアイナ姫を消せなかった事が証明している。
「・・・幸助みたいな事言うんじゃねぇよ。」セトラは溜息をついた。
「いざとなったら私を爆発させればいいじゃん。」
「んな事する余裕があればの話だがな。」
セトラと小春は、握手をした。
足取りはとても重かった、鬱蒼としたコンクリートジャングルの中を歩いていく。風景は近未来的な街の廃墟がずっと続いている。時折、宙に浮く丸っこい壊れかけた機械が「巫女様!!巫女様!!救済を!!」と敬意を表してくる。まるでそう言うようにプログラムされたのか、ずっとそう叫び続けて、最終的にはエラーになる。
思い出したくも無い風景だった。
巫女を拒んだあの日ーーーーーーー
魂と分化した機械の身体の人間が、生身の自分に向かって機械部品を投げ付けたのを覚えている。
「紋章の無駄遣いだ!!」
「せっかく選ばれたのに何やってんだ!!」「いっそ死ねよ裏切り者!!!」
まだ幼い私に対して、酷い仕打ちである。
どうして、永遠都市なんかの為に死が決定した事を嫌がったり、拒んじゃダメなんだろう。ここにいた人間は、やっぱり皆何処か狂っていたと思う。滅んで正解だ、跡形も無く消えてしまえばいい。
永い時を生きれば、肉体と共に精神の元となる魂の質も劣化する。老化するのは肉体だけじゃない。そんな当たり前の事が分からないで、栄光に縋り停滞した結果が、今のアカシクである。ざまぁみろとしか言いようがない。
絶対にコイツらの為になんか死んでやらない。死んでやるもんか。
小春の渦巻く心情に気付いても、セトラは無言を貫いた。
その魔力の元に近付いていく度に、圧倒的な異物感と畏怖の圧力に押し潰されそうになった。空間が歪んでいるのかと見違える。次第に荒くなる呼吸と動悸が一向に鎮まる事も無く、身体中の至る所から無駄な汗が噴き出した。
極度の緊張が走っていた。空は雲も無いのに暗く、黒い。まるで空という概念が消失し、宇宙が間近に迫ったような違和感だった。煌めく星々が葬列を成すように並んでいる。
やけにカラフルな高層建築物を抜けていく。舗装された道路は、アカシクといえど『止まれ』を意味する標記はあるものだ。だが、セトラ達の足取りは一向に収まらない。全てが終われば規則は関係無い。過去の英華も埃を被れば見る影も無い。ただ、滅びて幾千万の月日が流れても、くっきりと歴史に跡を残す害悪さは、文明を極めた先の生き汚さを鮮明に表しているようにも感じた。
不滅や永遠なんてモノに縋ろうとする愚かさは、循環する世界そのものの否定に他ならない。終わりがあるから未来がある。同じ事を繰り返そうとも、種が滅びようとも、未来にある死を畏れたらそこで終わりだ。
ーーーだから、死の象徴がそこにあったとしても、絶対に目を背けてはいけない。
辿り着いた開放的な広場に、ポツンと、神が立っていた。
セトラは、その姿を見て絶句する。
「ーーーーーー」
アイナも、あまりの惨さに引いていた。
その男は、神の全身を自らの振るう剣にしていた。柄には無理やり押し込められた、苦痛に満ちた表情を浮かべる旧神の顔がめり込んでいる。
その身に纏う鎧は、旧神の透明な衣と融合し、マントのように途中で広げて羽織っている。その姿はまさに英雄だった。子供の頃に見たような、勧善懲悪の話で進行していくタイプの古典的な英雄である。
そして、その鎧は血だらけであった。
「ーーーーセトラじゃないか。懐かしいな、その姿は・・・。コンフリクトには、ならずに済んだ世界・・・か。」
血染めは、そう言い、笑う。
「・・・ブラッド!!本当にブラッドか!?」セトラは、戸惑いを隠せずに問う。
「ブラッド・・・ああ、そうと言えば、そうだ。」
「どういう事なんだ!?お前は、お前なのか!?」
「だが、正しくは違う。俺は血飛沫なる運命・ネメシス。魔眼王により新たな生命を授かった《神》である。」
「・・・そう言われるのも、自称するのも、お前は好きじゃなかっただろうが!!」
「知ってるか?今東京では、聖杯を堕ろす儀が始まっている。この世は世紀末になるのさ。十二幻将も永遠に蘇る《最悪》が始まるぜ?」
「・・・聖杯!?お前が手に入れた、あの・・・?」
「俺は魔眼王様を解放する神であり、戦士だ。昔のよしみだ、見逃してやるからさっさと元の世界に帰れ。命を無駄にするなよ。」
「・・・言う通りにすると思うか?亡霊が。」
セトラは、髪を逆立てて全身から硝煙を上げる。その姿は怒りに満ちていた。
「おいブラッドーーーいや、ネメシス。あんま龍王舐めんなよ?」
「龍王じゃあ役不足なんだよ、セトラ。せめてコースケを連れてこい。」
「言ってくれるねぇ。」
「だってそうだろ?コースケが居なかったらお前達の異世界は終わっていた。」
「じゃあお前の世界線に、コースケは居たのかなぁ?」
「ーーーーー居たさ。死よりも辛い末路を辿った。だから、お前達が羨ましいよ。」
「ーーーーーーーー」
セトラは、涙を流していた。
ネメシスは、心を開示した。今まで秘匿していた心の記憶をあえて見せるように、その世界線のコースケの末路を回想した。それをセトラは、龍としての力を使い、読み取ってしまった。
その余りの悲劇に、セトラは耐える事ができなかった。戦闘態勢は解け、無力感に抗えない。
「ーーーーーこんな結末があってたまるか!!!」セトラが膝を崩し、泣き叫ぶ。
「少しの選択が大きな違いを生む。」
「だけど・・・!!」
「認めたくないだろう?自分達もこうなってしまったのかもしれないとーーー。」
「・・・運が良かっただけなのか?私達は。」
「どうだか。過去は変えられない。が、未来だけは平等だ。私は、その未来を掴む為に、ここにいる。その為には、成功したお前達は目障りだ。だが、感情が消えた訳ではない。殺したくは、無いんだ。かつて仲間だったから。その記憶は、確かに間違いなんかじゃ無い。」
「ーーーー・・・!!」
「だが、俺は目的だけで動く空の器。どんなに非道な行為であろうと突き進むしか無い。俺達は間違えたから選択肢など無い。もし邪魔をするなら、ブラッドとしてでは無く、完全なる神ネメシスとして、お前達を殺す。」
「・・・じゃあ、それが正義とでも?」
「未来を掴み取ろうとする信念を正義と呼ばずして、何が正義だ?」
「変わらねぇな。お前は、不器用な元勇者だ。」
「ーーーーして、過去の巫女よ。お前は何故ここにいる?我等と因縁も無いお前が、私に立ち向かう理由など無い筈だ。」
ネメシスは問う。小春は、応える。
「バーカ。理由なんて幾らでもあるわよ。アカシクの事もそうだし、過去の巫女とやらの、自らの存在意義の為でもあるし、この世界で育ったから皆が不幸になる事は許せないし・・・でも・・・そんなんじゃなくてさ」
ーーーー小春は、殺意激る黒騎士の姿に変わり、言い放つ。
「好きな人の為じゃ駄目かしら?」
「ーーー最高の理由だ。すまなかった。」
ネメシスは、深々と頭を下げながら、口元に笑みを浮かべた。




