第79話 開放
スレイヤーは全てが回復し、幸助の腕の中から離れ、幸助と同じく蝙蝠の翼を広げて滑空を始めた。
「でも、本当に間に合って良かった。逃げた甲斐がありましたよ。」
幸助は意味深な事を言った。
「・・・逃げた?」
スレイヤーは訊く。幸助がらしくない事を言ったからだ。幸助という男は、無謀な戦いでも簡単に自分の命を投げ棄てる狂人だからだ。故に、強者との戦いから逃げる程、柔な精神では無い。一度決めてしまえば、本当に死ぬまで戦い続ける。それが危うさであり、魅力でもある。
「地上を見下ろして下さいよ。ここからでも分かるのヤバくないですか?」
上空から雲間を除くと、断続的に光が煌めいているのが見えた。それは、誰の光なのか、何の光なのかーーーー考えればすぐに分かる事だった。
ブラッドによる、魔剣ステインの多重展開。無限とも思われる《魔道》から放たれる魔弾に等しい閃光である。
それが、幾重にも線上的に戦場を飛び交っている。出力だけでみれば、セトラの《爆撃》を遥かに上回る破壊力である。
爆煙が上がり、スルースヴィルの山々を一瞬で跡形も無く消し去っている。まさに兵器。神にも等しい力を持った史上最強の元勇者である。相変わらず、タガが外れた威力であった。
その威力を、ナニカにぶつけている。しかも、互角以上の戦いを繰り広げている。それがまず有り得なかった。ブラッド程の強者が梃子摺る相手なんて、一人しか思い当たらないからである。
目下の雲が赤黒く蠢いている。だが、それはAAが作り出したモノでは無いとすぐに理解出来た。
赤黒い雲間を走る雷光は、漆黒の如き様相だからである。この世界の終わりを彷彿とさせる、本来ではあり得ない現象である。
「・・・聖杯争奪でもここまで激しいのは見た事ないぞ。まさか・・・。」
「え?師匠、当時の聖杯争奪戦、知ってるんですか?」
「私も途中まで参加してたからな。」
「初耳なんですけど。なんでそんな重要な情報、黙ってたんですか。」
「いやー、幸助には当時のブラッドは見せられないからな。本人も嫌がるだろう。なにせ、あれはブラッドの黒歴史だ。誰も得しなかった戦争だ、進んで言いたくは無いさ。」
「じゃあ、以前から顔見知りではあったんですね。」
「まぁな。でも、今のあいつ楽しそうだからーーーって、思い出話してる場合じゃないな。このままじゃ空にいても危ないぞ。なにしろ遠くから《箱庭》も進軍している。成層まで射程範囲なら、ここで潰さないと本当に終わる。」
「・・・腕の一本くらい」
「おい待て。幸助。触腕を犠牲にするならまだいい。その右腕をどうするつもりだ。」
スレイヤーは、幸助の右腕を見る。手首から先が綺麗に消失している。まるで、初めからそれが無かったように傷が塞がっている。
恐らく、もう元に戻る事は無い。
《創具顕現》は、非常に高度な技術を要するスキルである。スレイヤーでも完全なる習得に何十年もの月日を掛けた程、難易度が高いスキルなのだ。
幸助は、このスキルで愛刀である《村正》しか複製する事が不可能である。だが、それを唯一、無視する方法がある。
それは、自分自身の身体を変化させ、その魔装具を創り上げる行為。魔力で編むのでは無く、自分の身体を適合させて顕現させるのである。それは、《創具顕現》をする場合において、様々な複雑極まりない工程をすっ飛ばす唯一の方法なのである。
だが、それを、もし使ってしまえばーーー幸助の身体は二度と元に戻らない。喪失と犠牲の果てに、短絡的な強化を得るだけであり、命を削る行為と等しい。
「そもそも、土俵に立てている事が奇跡なんです。」幸助は澄んだ表情を浮かべる。
「・・・本当に、私の言う事聞かないな。」
「上手くいけば全員無事で済みます。賭けてみませんか?」
「・・・分かったよ。殿になってやる。だから、差し出せ。」
「僕は元より貴方の物です。」
「じゃあ頂く。お前の全て。」
幸助は笑顔で首元の襟をズラし、素肌を晒す。そこに、スレイヤーは牙を立て、噛み付いた。
それは日常的な行為である。
ある日から、吸血鬼スレイヤーは戦場に赴く必要がなくなった。それは、特異な回復能力を持つ少年と出会ったからだ。
少年は、その日からスレイヤーの血袋となった。幾ら吸血されても自己造血し、元に戻る存在は、吸血鬼にとってこの上ない常食であった。
幸助の血を取り込むと、いつも最初に出会った事を思い出す。衛生兵として活躍する彼にとって、優先順位こそあれど、目の前の苦しむ者全てが救いの対象だった。無力でありながらもがき続けた善良な魂は、今こうして同族と成り果て、自分と共にいる。それが、スレイヤーにとって至上の幸福だった。
幸助という男は、無理をして、無理をし続けて、努力とはかけ離れた犠牲を払い続けてようやく、強者に対抗する術を身に付けた。
師匠として道を示すとするなら、それは彼に無理をさせる事と他ならない。私情は抜きにして、彼の命を正しく燃やし、納得のいく結論に辿り着くまでは、彼はずっと失い続けなければならないだろう。弱さをカバーするのは、弱者故の無敵である狂気。
どうしようもない。私も、幸助を利用している。この共依存からはもう抜け出す事は不可能だろう。
でもーーーーーこの個人的な感情が彼を救うとは限らない。彼の好きにさせる。その為に私は、出来る限りのサポートをしてあげる。
いつか、「死にたい」なんて言わなくても、思わなくてもいいように。
「ーーーうっーーー!!!」
「ごちそーさん。魔力溜まったよ。」
「・・・それは、良かったです。」幸助の乾涸びたような身体が、魔眼が起動すると共に再び元に戻っていく。
「・・・おい。この血ーーーーー」スレイヤーは再び《鬼血術》を展開しながら言う。
「それは自分で解呪して下さい。僕の最終手段です。」
「・・・使う時が来ないのを祈る。さ、行くぜ。」
「ーーーーーはい!!」
咲き誇る死の象徴に、スレイヤーは向かっていく。触腕を再び全身から生やし、殺意の塊となって自身に《鬼血術》の強化を図る。
「《鬼血術一ノ卍・禍ツ渦》!!」
激らせる想いは力になる。行き過ぎた想いは狂気になる。誰かを想う感情は幸福である。
間違えれば他者へ排他的になる思想の揺籠は、凄惨な過去ほど醸造されていく。
この《箱庭》は憐憫に値するだろう。長き時を生きた故の結論が、繁栄では無く滅亡を願うだなんて、余りにも救いようが無い。
だから、破壊しなければならない。
自分がそうならない為にも。自分すら一歩間違えればそうなっていた可能性すら認めた上で、否定する為に。
「ああああああああああ!!!」
亜音速で空を駆け、スレイヤーは《箱庭》へ向かっていく。魔力を帯びた銃弾や砲撃を強化された肉体のみでいなし、近づいていく。
ここでもし、魔王の持つ《虚無幻槍ファントマ》があれば、この《箱庭》ごと崩壊させられただろう。だが、あれは《創具顕現》では再現出来ない程の神造兵器。この場面では常軌を逸した高火力が求められる。だが、そんなモノがあれば初めから利用している。
AAの使う《電磁華槍》も構築不可能な代物だ。あれは、構造そのものが全く理解出来ない。あれだけの破壊力を持つ謎の槍も造れないとなると、この虚城を突破するには一つしかない。
《創具顕現》の真髄。それは、同タイミングで違う魔装具を発現させる事で、構築はそのままに付随的に強化する《複覆顕現》。槍と剣を同時に作った時、槍先が剣の持つ特性を引き継ぐといったように、部分的な強化を図る事が出来る。
両手の平で魔力を練りつつ、途中まで出来上がった魔力の光を掛け合わせていく。非常に高度な技術で創られるそれは、専門の魔装商人が見たら喉から手が出る程欲しがるだろう。
何故なら、殺意を研ぎ澄ませたその一品は、合理的で一切の無駄が無く、美しさすら感じるからだ。
「《復覆顕現・乱気紅蓮撃砲》!!!」
乱気流を生み出し殲滅する砲台と、貫き燃やし尽くす弓弩を掛け合わせ、新たな魔装具を創り上げる。基礎骨子は砲台であり、砲丸に付随して矢が飛び出す仕組みになっている、取ってつけたような即席の仕上がりだ。だが、魔力を通して発動する魔装具としては破格の性能となっている。
スレイヤーは構えた。砲台を虚城の中心に向け、放つ。
一直線に、乱気流に乗ったその矢は砲丸と共に勢いのまま刺さっていく。
ーーーーそして、スレイヤーは叫んだ。
「おらぁ!!起爆せんかい!!!」
その言葉のままに、炎の矢が爆発していく。
元となった魔装具・紅蓮弓弩は、刺さった矢の対象に起爆する効果を持つ。そして、更に基礎骨子となった乱気流砲は、射出する威力だけを買われて戦争で使用されるようになった、砲丸を使わない小砲台という本来とはかけ離れた使用をされている魔装具である。
スレイヤーは、それに本来の使用方法を加えつつ、新たにギミックを追加していた。魔装具の掛け合わせは、一部の特性を引き継ぐ。壁に減り込んだ砲丸すらも、その起爆の対象であるーー!!
大爆発が起きた。だが、スレイヤーは追撃の手を緩めない。何故なら、その砲丸には更に、ギミックを追加していたからだ。
その砲丸は、中に《龍撃爆弾》を積み込んだクラスター爆弾なのである。
セトラの《爆撃》にも劣らない帯状爆発が起きる。その塔を殲滅するには十分な火力だった。
空気が破裂を起こし、爆風が巻き起こる。
爆炎が視界を埋め尽くす。大海の如き空で起こったそれは、太陽と見紛う程の熱量で凍える気温を溶かしていく。
だが、本能的に、これでは足りないとスレイヤーは理解していた。
《箱庭》は概念そのもの。ましてや、古代都市の再現となれば、ただ破壊するだけでも容易な事では無い。物量で攻める事も必要だが、これだけの火力を持ってしても、殲滅するには足りないのだ。それこそ、セトラの《箱庭》を起爆する奥義・《龍星群》程の火力が無いといけない。
それだけ、AAの《箱庭》は、強靭かつ無慈悲なのである。
虚城に孔が空き、そこには巨大な黒く蠢くヴェイルが蔓延っていた。
「ーーーー烙印、落胤、《烙印帰結術》。singing flog.崩落するetc。絶唱の奏多に亜流ノア《真華》。」
ーーーそして、爆煙の中から現れる砲台が、崩落した壁を食い破る様に出現する。黒く蠢く塔の内部を隠すつもりも無く、ヴェイルは次なる凶弾を放つ。
余りにも大きなその砲台を、幸助は見た事があった。スレイヤーの後に続く幸助が叫ぶ。
「列車砲だ!!!何であんなものが!?」
それは、世界で実際に使われていた兵器の巨大列車砲・グスタフと非常に似ていた。
口径800mm、砲長30mという脅威。
あんなものまともに当たったら、幾ら吸血鬼といえど一溜りも無いーーーー!!
馬鹿な浪漫溢れる《箱庭》だな、と幸助は思った。幾ら射程距離が成層圏まで達するからと言って、あんなものを実際に使う奴がいてたまるか。
重さは?どうやって制御している?魔力で強化されているのか?
様々な疑問が思い浮かぶが、その砲台の孔をまともに覗くと死の予感がした。それだけ強力な一撃を放てる代物であり、質量の暴力とも言うべき馬鹿さ加減だ。
きっとこれは、《反射鏡》の対策だろうと幸助は考えた。前のような電磁砲では跳ね返される。だから、魔力強化されていようとも、硬度を持った質量をぶつけるモノを構えて来ているのだ。
制御する機械は壊れている筈なのに、戦略は間違っていない事に少し腹が立った。ふざけているのかと思えば、案外合理的で無駄の無い的確な選択に過ぎない事実にムカついたのだ。
「グスタフを選ぶチョイスよ。生まれる時代間違ってるだろクソ女が。」幸助は悪態をつく。大勢の命を弄んだ結果、出力されるのがこんな旧時代兵器だなんて、報われない。人の命を嘲笑っているとしか思えない。
「ーーーならば近未来兵器が斧ゾミか??」
虚城が幸助の心を読んだように応える。
「そういう問題じゃねぇよ。お前は過去でも未来でも、何者でも無いんだな。哀れだ。」
「未来の巫女?過去の巫女?そんなに大事か?アカシクの為にそれが何になる?半端な吸血鬼君。」
AAが壁の一部から黒く蠢くヴェイルを生み出し、顔面を壁に浮かばせて言う。
「知らねぇよクソ女。」
「どうしてそこまで嫌う?同族嫌悪か?」
「話にならねーなボケ。人道に反してる時点で論外だわ。早く撃てよ、おい。その列車砲で俺を殺して見せろ。」
「幸助・・・!?」スレイヤーは混乱する。これも幸助の秘策なのか?
「ーーー時間の無駄だった。似た者同志故、分かり合えるかと思ったが。だが、それでいいのか吸血鬼コースケ。女神の言いなりで。」
「いい。全部が終わったら全員殺してやるから。俺も初めから、救われようなんざ思ってねぇ。虫が良過ぎる。」
「じゃあここで殺し合うのは必然だな。《転生者》よ、今度は此方も言わせてもらう。私を殺してみせろ。」
「パクんじゃねぇよ。《鬼血術》ーーーーー。」
「《終末華葬都市》、いけぇぇぇ!!!ぶっ飛ばせー!ぶっ殺せー♪」
幸助は、更に人外と成り果てる。
彼の真髄は、吸血鬼だが、吸血を必要としない点にある。常軌を逸した回復魔法。吸血鬼の体質を進めるには他者の血が必要だが、彼は《再生の魔眼》により、自身の血を増やす事ができる。
そして、吸血鬼は自身の血を魔力の炉心とする。
つまり、最低限の魔力が残る限り、幸助は魔力すら《再生》出来る。
もし、その魔力すら無くなったとしてもーーー彼は《自殺》による自傷で無理矢理魔力を錬成出来る。
疑似的な永久機関。アカシクですら成し得なかった不滅そのものである。
遂に完全な吸血鬼と成り果てた幸助は、身体能力も飛躍的な向上を果たしていた。
「《鬼血術一卍・マガツ疼》ーーー!!」
師匠とは違う鬼血術を展開する。
彼にもあった勇者への憧れ。最強と呼ばれる元勇者ブラッドへの敬意と、師匠スレイヤーの意志を込めたスキル名を叫ぶ。
造血されていく身体に追い付くように、身体の周囲を血の渦が巻き起こる。
吸血鬼の身体に収まり切らない程の血を生み出し、身体に適応させていく。ただでさえ筋骨隆々とした身体が、更に膨れ上がっては引き締まり、身体を自己改造していく。
まさに無限。力の奔流は留まる事を知らない。《転生者》としての真っさらな肉体を生かす最高の幻獣。
ーーーこの日ほど、吸血鬼で良かったと思う日は無かった。
あれだけ修行しても、吸血鬼に近付くだけで強くなるのは悲しく、虚しかった。やはり限界だったのだ。人間であろうとするだけ、無力である事を思い知らされるだけだ。
「・・・幸助・・・。」
スレイヤーは、幸助の変容を恐ろしく思った。
幸助に、真祖クロノグラフの影を見たのだ。
幸助の体質について
半吸血鬼は、いわゆる吸血鬼のなり損ないであり、完全な吸血鬼となるには他者の血を必要とする。その為、吸血衝動に駆られるという、3大欲求を蝕む程の苦痛を伴う代わりに、太陽の元に出ても日焼けする程度で済む。半吸血鬼状態でも、幸助の特異な魔眼と回復魔法の才能により、造血を行う事は出来るが、それが吸血衝動を抑える要因にはならない。彼が人間である事を辞めるのに抵抗を持つ理由は、仲間達と冒険がしたいといった凡庸な悩みだけでは無い。薬物依存に関しても、現在はこの吸血衝動が関係している。




