第70話 クレイジー
―――――――《自刃傷舐(僕と死んで下さい。)》。
それは、幸助が最初に会得した、極めて不完全であり、自身の血液を媒介とした事象。
発動条件は、箱庭名の詠唱。
その効果は、血のついた相手に自分と同じダメージを与えるという、《心中》を強制させるモノだった。
――――――顔を吹き飛ばされながら再生している最中に、幸助は自分の事が情けなくなった。
会話の中に自身の《箱庭》の名前を自然と詠唱し、発動条件を満たす。
我ながら、狡猾で卑怯な手だと思った。こうまでしないと龍王を出し抜く事は不可能だ。
だが、思ったより今回の爆発は、威力が凄まじかった。
自らが持つ《再生の魔眼》による回復を行っても、その爆発と同時並行の再生は少しラグが生じていた。
「――――――――ッ!?」
その紅き瞳で、幸助は龍王セトラの姿を見て、戦慄する。
セトラは、顔を完全に吹き飛ばされていながらも、その異常なまでの生命力で身体の形を保っており、少しずつ幸助の方へ近づいてきていた。
龍は、再生能力も高い事は周知の事実。それを見越しての不意打ちだった。
だが、まさか頭が飛んでも動いてくるなんて、予想出来るか――――――!!!
・・・・・・そうだ。まだ、僕の《箱庭》の効果は続いている筈だ。
幸助は、《村正》を《創具顕現》し、平然と自らの腹に突き刺した。
痛覚はあまり感じなかった。幸助の神経は度重なる薬物中毒と、自傷行為により、痛みに鈍くなっている。嗤いながら何度も、何度も、何度も、何度も、引き抜いては突き刺して、自傷しては回復魔法を掛けてその痛みに耽る。
吸血鬼は死を感じると嗤い出す。
その執拗なまでの自傷を受け、龍王は歩みを止め、膝を落とした。
端から見れば異常だ。その戦闘スタイルは、等価交換の痛みと引き換えにしか作用せず、同じ苦しみを与えるモノ。強い弱いという概念は関係なく、ただ己の執着心だけで目的を達成しようとする欠けた人間には適任過ぎる《箱庭》。
吸血鬼は、自分がいかに弱い存在かを知っている。
元勇者であり魔剣使いのブラッドを見て、正当に強くなるには限界があると感じたのだ。ああいった、常軌を逸した怪物を目にすると、挫折と諦めが同時にやってきた。
それでも、ブラッドが味方でも、魔王を倒せるのかは微妙なラインだ。
奴らにも、同じように一騎当千の連中がゴロゴロといる。
その中には、旧神フォーチュンと呼ばれる本物の神様だっている。いわば、ブラッドの半身。そういった理不尽に対抗する為の手段は、自分を傷つけていく他は無い。
多分、自分はこれからも、ずっと同じ事を繰り返していく。
何故なら、弱いから。
こうするしかないから。
勝ち目が無いから。
最初から、救われたいなんて思っていない。でも、決意した事は曲げたくない。そういう所だけは頑固だから。無力だから。虐められても、自殺を決意したのは、僕があらゆる事に対して無力感を抱いたから。どうしようもない現実に負けたから。今は、手段があるだけでもマシだと思う。僕の《自殺》で魔王をいつか倒せるなら、何だってする。
魔力は尽きた。でも、鈍い筈の痛覚が訴えかけてくる尋常じゃない痛みが、更に自分を追い込む事で、再び魔力を錬成していく。有限の命における永久機関。許容量の少ない魔力でやりくりするには、こうするしかない。
再び、龍王は立ち上がり、歩き始める。流石は幻獣の最上位種、龍。
自らの再生能力だけで、もう顔が半分以上修復している。
幸助は、覚悟を決めた。《創具顕現》により、この世界に無い近代兵器を作り出す。
手榴弾。ピンを抜けば爆発する、幸助の秘密兵器。セトラの《爆撃》の威力には遠く及ばない。だが、魔力強化を解いた吸血鬼の身体を爆散させるには十分な威力。
「・・・・・・。」
セトラは、修復しながら、無言で近付いて来る。
いや、待て。何かが、おかしい。
こいつは、本当に、セトラなのか?
「―――――《爆撃・偽繕葬造》。」
《村正》を自らの心臓に突き刺そうとした瞬間、その爆発は起こった。
顔を吹き飛ばされていたセトラは、自らを《爆撃》の起爆剤としたのだ。
――――――幸助は、この時初めて気付く。
目の前のセトラは偽物だと。最初から、自分は、偽物と戦っていたのだと。
竜を自らの姿に変身させ、誑かし、いざとなれば起爆する。
国の重要人物に《変身》した状態で、会議の際に起爆して国を滅ぼす。
そんな、倫理観の欠如した最悪の技が、セトラにはある。
そのセトラによるスキルのせいで、かつての人々は疑心暗鬼に陥ったと言われている。
誰がセトラの竜なのか、判別が不可能なのに、その《爆撃》は周囲を巻き込むからだ。
―――――《変身》からの《爆撃》は、龍王セトラの十八番だった。
その可能性を考えていなかったのは、自身の落ち度である。
セトラが、光り出す。あと数秒で、全てを無に還す程の、爆発が起きる。
手榴弾を放り捨てる。これじゃあ何も意味が無い。元々自爆する奴に、こちらの爆発は通じない。
――――幸助は、安らかに笑い、目を瞑った。これは負けだ。負けは死を意味する。
負けてもいい。この死様なら、満足だ。
―――――――ごめん、小春。助けたかったけど、これは無理そうだ。
が、予想外の事が起きる。
セトラの偽物は、爆発もせずに、力無く地面に倒れたのだ。
竜による《爆撃》も、いつしか止んでいた。
何が起きたのか分からない。
――――――――――が、助かった。
幸助は、死から解き放たれた解放感で全身から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
まだ、生きられる。良かった。
僕が小春を助けられる可能性が残った。それだけで、良かったけど・・・。
「―――――死ねぇ!!」
どさくさに紛れて、魔王軍手下である魔族の連中が襲い掛かって来た。すかさず、《村正》を拾い、振り下ろしてくる敵の腕ごと切り落とし、返り血を舐める。
仕方ない。―――――――――ああ、もう。鉄の味がして、慣れないなぁ・・・。
・・・・・・吸血した際、吸血鬼は特性として、身体能力が跳ね上がる。目にも止まらぬ速さで切り刻み、《村正》を鞘に納めた頃には、敵の身体はバラバラになり、死んだ事すら気付かずに崩れ落ちた。
その代わり、太陽光がかなり痛くなる。身体が吸血鬼に近付いたせいで、今度は太陽から逃れる必要があった。幸助の身体から硝煙が登る。
幸助は、走った。影を縫うように動きながら、再び神殿の方へ歩みを進める。
嫌な予感がする。急に、遠隔操作されている偽物の動きが止まるという事は、本物に何かあったという事だ。
吸血鬼を殺すよりも優先すべき事が起きた。それは、龍王セトラにとって、どんな意味を持っているのか。想像すればする程、最悪の想定が浮かんでくる。
・・・・・・もしや、龍王セトラの本物は、衰弱しているのではないか・・・?
幸助が直感を張り巡らせ、いきついた結論がそれだった。
普段なら、宵闇龍ゼノンのように、《龍世界》を展開し、吸血鬼を一瞬にして灰塵にするなんて容易い筈。吸血鬼に対して話も聞かない程に殺意があるのなら、《箱庭》を使ってきてもおかしくない。だが、それをしなかった。偽物を用意して、戦わせた。
本人が戦えないから。
衰弱した理由に、吸血鬼が関係しているのでは・・・?
じゃないと、わざわざ神殿を作る理由が分からない。
伝説を知る限りだと、神の威光が欲しいような性格ではない。なのに、どうして神殿なんか作って籠っているのか、今まで理由が全く分からなかった。
マズい。今、寝込みを襲われたら終わりじゃないか。
単体で危険度の高い十二幻将コンスは今、ブラッドにお熱だ。あと、あれだ――――――あれ、誰だったっけ?確か大天使の十二幻将が―――――――忘れているって事は、既にブラッドが倒したのか?
まぁいいや、じゃあ他に危険そうなのは誰だ?
この混戦状態で、誰が一番、戦況を搔き乱す上で危険だ?
人が密集している。その点だけでも、一人、とんでもなく厄介な人物が思い浮かんだ。
奴がいたら、終わりだ。奴なら全てを滅茶苦茶にしてしまう。
――――――廃華楽土・AA。アカシクの生き残りにして、魔王軍の中でも神出鬼没であり、幻獣に対して執着心が強いマッドアルケミスト。
今の僕では敵わない。
けど、行くしかない。
AAの通る道には、生物の痕跡すら残らないと言われている。スルースヴィルにいるのかは分からないけど、一番危険な奴をそのままにしておく訳にはいかない。
―――――こんな事になるのなら、勇者レーヴをあの場に待機させるべきだった。
幸助は、己の自惚れと未熟さを呪った。




