第69話 自刃傷舐
―――――僕は、馬鹿だった。
いざ龍王を目にすると、恐怖なんて生温いような、鮮烈な感情が湧いた。
殺される。そう、思った。
「――――魔王を倒す、か。恥ずかしくないのか?」
「・・・・・・まぁ、事実だから・・・。」
「え、マジで言ってんの?」
「・・・・・・そうですけど?」
「え、ウケるわ。何しに来たの?」
なんか、後には引けなくなった。思ったような反応と違う。
うわぁ、なんか、ギャルと喋ってるみてぇだぁ・・・。外見と中身、合ってなさすぎだろ・・・。ていうか、めっちゃ話通じるじゃん。龍王って聞いてたから、もっと無茶苦茶荘厳な感じかと思ってたんだけど・・・。普通に握手出来そうじゃん・・・。
でも、なんかまだ怖いな。喋り口調はあくまで表面上のもので、言葉に何処か最大の警戒心を感じる。無害だって事を証明できればいいんだけど・・・。
「・・・今、聖伐隊が来て魔王軍と戦ってます。貴方達スルースヴィルの援護をしている最中で」
「・・・読めないんだよね。」
「え?」
「君の心、全く読めない。コースケと言ったか、君は何者?」
―――――――もう、白状するしかないだろう。
龍王セトラは人の心が読める。なのに、何故か読めないのならば、考えられる理由は一つしかない。
それは、自分が吸血鬼である事だ。
吸血鬼は、他者の命を取り込んで生きる。実際には、一人では無く、何人もの命を身体に宿している状態だ。血を飲めば、その分の遺伝情報が身体に刻まれ、記録される。だから、沢山の命の情報がある化物の心を読むなんて、至難の業だろう。
「・・・僕は・・・。吸血鬼です。」
そう言った瞬間、セトラから、とんでもない殺気を感じた。
「・・・吸血鬼が、何をしに来た!?」
大きな龍の姿から《変身》し、赤髪が美しい大人の女性姿に、セトラは変化する。
が、髪は逆立ち、震えていた。さっきの龍の姿より、人間姿の方がよっぽど恐ろしく感じた。
「魔王軍と敵対しているんです。貴方達の味方です!!」
「嘘を付け魔王軍の手先が!!魔王軍の幹部に吸血鬼がいただろう!!」
「師匠の事ですか!?今は幹部を辞めて共に魔王軍を打倒し――――――」
「――――――許さん。」
駄目だ。終わった。聞く耳、持ってない。
だが、幸助は、構えたりしなかった。自分が如何にしぶといか分かっていたからだ。
無力だと証明するまで、ひたすら暴力に耐え続ける。それが、幸助がやろうとしていた事だからだ。
セトラが向かってくるが、幸助は腰の《村正》を捨て、手を上げて降伏の意思を示した。
―――――が、セトラが空気を《爆撃》して加速させた状態の蹴りを、まともに喰らってしまった。
腹が潰れ、背骨が真っ二つに折れた。内臓が一瞬でぐちゃぐちゃになり、そのまま神殿の壁を突き破って外に出た。景色が変わっていく。視界がぶれ、意識が飛びそうになった。
が、即座に回復魔法を掛けて、幸助は手の穴を残した状態で全快した。一瞬で死を覚悟したが、何とか持ち直して勢いを殺し、空中を蹴りながら山の木にぶつかって、ようやく蹴りによる動きを止めた。
だが、セトラは、もう目の前まで迫っていた。速過ぎる。
「―――――スキル拡張。」
「だから話を聞い」
「《爆撃・集束魔弾》。」
セトラの手のひらに、魔弾が込められていた。そして、魔弾毎幸助の腹部に押し当てた。圧縮された魔力と、龍王の純粋な膂力に押し込められた魔弾は、幸助の身体にめり込むと、周囲を巻き込む大爆発を巻き起こした。
幸助の身体が、四散する。粉々になり、消滅しかけた。
――――――が、爆発の瞬間、幸助は回復魔法を常にかけ続け、身体が飛び散りながらも再生を果たしていた。一瞬で治癒する特性上、たとえ身体がバラバラになっても、タイミングさえ合わせれば何とか生きている状態にまでは回復が可能だった。消滅しながら再生し、幸助は必死の状態で生存に成功した。
紅く煌めく瞳を核として、幸助は完全なる回復を果たした。
幸助の周囲には、自分の身体だったモノが溢れていた。手や脚、内臓などが散乱している。セトラの身体に、幸助の返り血がついた。
「・・・はぁ、はぁ・・だから、話を・・・。」幸助は、回復魔法を掛け続けた事と、もろに《爆撃》を受けた事で、魔力が既に尽き欠けていた。
「・・・今、確かに殺したが・・・。」セトラは驚く。
「何で、気に入らない事があるとすぐ殺そうとするんですか。僕は、話をしに来ただけなのに―――――」
「じゃあ早く死ね。お前も戦え。私に勝って見せろ。」
「・・・・・・勝てる訳ない。」
「私に勝てない者が、どうやって魔王を倒すのだ?」
「・・・そんなの、やってみなきゃわからないでしょう。」
「会話になってないぞ、馬鹿か?」セトラは再び、魔弾を生成していく。
「・・・分かりました。僕も、貴方に認めてもらえるよう、頑張ります。」
幸助は、《創具顕現》で、愛刀である《村正》を顕現させ、構えた。
「――――じゃあ、ちょっと距離置こうかな。」
「え?」
セトラは、遥か上空まで飛翔し、そこから魔弾を放ち続けた。
《爆撃・集束魔弾》は、着弾すると共に甚大な爆発を起こす。しかも、それを連続で、何発も放ち続ける事が可能なのだ。
「ッ最悪だ――――!!」
幸助は身体を魔力強化して避けていくが、爆発の範囲が凄まじく、爆風と木や瓦礫の破片が身体を貫通していった。その度に回復魔法を掛けながら、魔弾を避け続ける。
竜の爆撃なんて、生ぬるかった。魔弾の威力が高過ぎる。こんなのもはや、災害だ。
《村正》も使えないとなると、どうすればいい――――――!!
魔弾を避け続けていると、爆心地の市街地まで追い詰められた。そう逃げるしかなかった。半ば誘導された感じだった。
が、相変わらずセトラは、敵味方関係なく、爆撃し続けた。
悲鳴が起きる。聖伐隊に直撃したのだ。
「・・・・・・あの野郎・・・。」
幸助は、次第に怒りを感じていた。これだけ痛い思いをして、弄ばれて。
それでも、攻撃をやめる事は無い。
・・・・・・こうなったら、奥の手を使うしか―――――――
「おやおや、やっと龍王のおでましですか。」
その声を聞いて、幸助はゾッとする。
何故なら、聞き覚えがあったからだ。
魔王軍の戦闘狂。上半身裸で腕が四本あって、体表は黄色く染まっている災厄。
幹部連中と同等の戦力を有しているとされる、魔王軍十二幻将のコンス・T・ラーが、そこにはいた。
「おやおや、吸血鬼の少年も久しぶりですねぇ。」
「・・・コンス・・・!!」
だが、幸助はそれどころでは無かった。速く避けないと魔弾が直撃する。
「・・・ふむ。成程、状況は理解しました。ですが、私は成長しきった果実を貪りたいんですよ。ここでコースケ君が死ぬのは、解釈違いですねぇ。」
「助けんな今俺はタイマン中だ。」幸助は睨みつけながら言った。
もし、コンスが自分を助けたら、やはり魔王軍の仲間だと一層勘違いを起こされてしまう。コンスがどれだけ危険な人物かは、幸助も理解している。が、戦闘狂故に、他人の戦いに口を出すような奴では無い事くらい、幸助は分かっていた。
「ふむ、ならばデザートはどうしましょう。」
「ブラッドが近くにいる。」
「ブラッドォ!?奴は私が殺さねば、殺さねばぁぁぁぁあああああああ!!!」
――――――そう言って、コンスは去っていった。
「・・・仲良さそうに喋っていたな。」
セトラがにやけながら言う。しまった、遅かったか・・・。
・・・・・・もう、こうなったら仕方ない。出し惜しみする余裕なんか無い。
どっちか死んでもしらねぇ。
「・・・かつての龍王アークの死因は知っているか?小僧。」
「知らない。それと僕の、何の関係があるっていうんだ?」
「真祖クロノグラフに殺されたのだ。」
「知ってて当然のように言われても困るね。数年前までは、この世界の事すら知らなかったんだから。」
「・・・・・・?」
「とにかく、貴方の気が済むなら、なんならこの場で殺されてもいい。でも、この吸血鬼の子供を殺す代わりに、貴方にもそれなりの働きはしてもらう。」
「―――――は?」
「僕を殺すなら、代わりに魔王を倒してくれ。そして、AAや姫様以外にアカシクの民が存在する。その子を見つけ次第、覚醒する前に殺してくれ。じゃなきゃ、僕は貴方に殺される訳にはいかない。僕にはまだ、やるべき事が山積みだから。」
――――――龍王セトラは、その言葉を聞いて、戸惑った。
急に現れた宿敵、吸血鬼。異常な回復能力を持つ不思議な少年から放たれた言葉は、妙な真実味を帯びているように感じられた。
魔王を倒す交換条件に、自分を殺す。その覚悟は、本物のように感じられた。
セトラは、不気味に感じていた。何故なら、この男の心は全く読めないからだ。
それが吸血鬼の特性によるものなのか、はたまた精神状態の異常がそうしているのかは分からない。ただ、目の前にいるその男は、普通の経緯では無い事は理解出来た。
どうして、吸血鬼に身を堕とし、それでもなお、貪欲に目的を達成しようとするのか。
真っすぐな狂気。死を恐れずに、自らの命さえも合理的に捉えて実行する。
空虚だ。何も無い空っぽだ。
その行動理由はプログラムに極めて近い。感情はあるが魂を感じない。まるで、抜け殻だけの状態で生き永らえているようなものだ。だから、心が読めないのか?
それに、アカシク。悠久の時を生きる最上位の幻獣にとって、無関係な事柄ではない。
――――――だが。セトラは、それを許さない。
「――――――私の前で嘘がつけると思っていたのか?」
「そうですね。嘘と本当、半々です。いやー、やっぱりバレるかぁ!」
幸助は、あえて驚いたフリをした。
「あぁ、分かると思うんですけど、ちなみに僕の嘘はですね、僕を殺すと、貴方はそうせざるを得なくなるって事です。僕を殺すと、貴方にもう選択肢は残されていません。」
「・・・・・・何?」
予想だにしない反応に、セトラは眉間を寄せた。
セトラは、カマを掛けたのだ。この男の心は読めない。だが、あえて読めるフリをしたのだ。だが、その答えがこれだ。
この男は、何処まで嘘をついているのだ?
「僕を殺した瞬間、貴方が神殿に匿っている信者は全員、死にます。その為に神殿を僕の血だらけにしてきたんです。」
「・・・・・・人質という訳か。」
「いえ、そうではありません。僕に大勢の人間を殺す勇気は無い。だから、貴方に選択肢があるんです。今ここで伝えた事で、僕を殺す事は信者を殺す事と同義になりました。」
「・・・・・・それがどうした?」
「そう言うと思っていましたよ。じゃあ、最後の嘘です。世迷言だと思って聞いて下さい。
僕は異世界からやってきました。アカシク製の女神様から、ただの自殺志願者に転生者として魔王を倒す使命を与えられました。そうして、月日が経った頃、世界を滅ぼす力を持つ龍王とようやく話す機会を得ました。そこで思ったんです。ようやく大義を抱いて理想的な死に方が出来るかもしれないって。
この世界に来てから狂ったのか、元々僕がおかしいのかもよく分からなくなってきました。自分の存在が嫌で、薬物にも手を染めました。そして、僕は縁があって、吸血鬼になりました。
ですが、世界は変わりません。きっと魔王軍を倒すだけじゃ駄目なんでしょう。アカシクの陰謀を阻止するには、アカシクの手先同然の自分が生きている意味もあまりない。だから、これは現地の人が協力して解決しなければいけない事柄なのだと、最近感じています。転生者で部外者の自分が関わるべき事では無いのかもしれない。ならせめて、このどうしようもない現実に抗うにはどうすればいいか。
もう一度言います。貴方が魔王を倒してください。魔王を倒さずに、人間すら無残に殺すなら、僕にも手段があります。その時は、《自刃傷舐》。」
「・・・聞くに堪えんな。悲劇を演じているつもりか?それとも命乞いか?」
「その両方ですよ。貴方の手拍子一つで僕は死ぬ。それとも、僕を《洗脳》で確かめますか?僕が本当に嘘を言っているかどうか。」
「――――――死ね。」
セトラは、手拍子を鳴らした。
《爆撃―――――転変生滅》。
それは、触れた相手を爆弾に変える、セトラの凶悪な能力の一つ。それは先程、蹴りつけた時に発動されていた。
能力の起動条件は、セトラの手拍子か指パッチン。
スローモーションで変わりゆく世界の中、爆発していく吸血鬼が嗤っているのが見えた。そして、それを最後に、セトラの視界は真っ暗になる。
――――――セトラと吸血鬼は、同時に爆発した。
―――――――《自刃傷舐》。
それは、幸助が最初に会得した、極めて不完全であり、自身の血液を媒介とした事象。
発動条件は、箱庭名の詠唱。
その効果は、血のついた相手に自分と同じダメージを与えるという、《心中》を強制させるモノだった。
《自刃傷舐》・・・当時の幸助の《箱庭》。自身の血がついた対象に、自分と同じダメージを与える。ただし、発動した後の新規ダメージのみしか与えられない。そして、この血は洗って跡形も無くなっても、この《箱庭》の効果は作用し続ける呪いそのものと化す。解除するには、幸助自身が対象に触れなければならない。
この《箱庭》の能力を師匠スレイヤーが知った際、おおいに悲しんだ。
ブラッドがこの能力を知った時、いいじゃん!と、面白がった。
クロエがこの能力を知った時は、幸助を5時間説教した。




