第60話 確定されていた甘き死
「――――よう、連れて来たぜ。ったく、これからヒタで大暴れしようってのに、あやうく私が死ぬとこだったじゃねぇかよクソが。ルール改定権でも無いとやってらんねぇわボケ。」
インフェルノが毒づいた。目の前には、目隠しをしたまま十字架に融接され、貼り付けになっている女性が獣の雄叫びを上げる。
「ぐううううううううううう・・・・・・・・・・ッ・・・。」
「相変わらず底無しだな。まーだ餓えてるのか、あんだけ人間喰ったのに。ったく、そんなにお前の《箱庭》は燃費が悪いもんなのかねぇ。いい加減人間の言葉喋って欲しいぜ。ほらよ、未来の巫女だ。」
そう言って、インフェルノは肩に担いでいるアイナを下ろした。手は拘束されているが、アイナは余裕の笑みを浮かべる。
「・・・成程ね。これから私は死ぬ訳か。」
「そうだ。怖いか姫様?ああ?」インフェルノは挑発するように語り掛ける。
「アカシクの紋章が欲しいのね。」
「そんな欠陥品、私はいらねーよ。それは奴の炉心に使う。」
「・・・え?」
「アイナもマキアも、私には必要無い。アカシク復興?馬鹿じゃねぇの?そんなモン本気で考えてる奴、頭呑まれちまってる奴以外いねーよ。世界が滅茶苦茶になったのはいつだってお前らの先祖のやらかしばっか。世界が分岐したのもそう。あのクソ吸血鬼が生まれた原因もそう、幻獣の殆どはお前らの罪だ。私は利用するモノは全てを利用し、お前らの生きた痕跡は跡形も無く消す。それが世界の為だ。」
「・・・何よ。レーヴの混ざりモノの癖に、本人より勇者してるじゃない。」
「何勘違いしてるんだ?私は神になるんだよ。この東京蟲毒で全てを殺し尽くし、魔眼王もぶっ殺す。私は元女神の半身が混ざっている。その権能さえ取り戻せば、アカシクの思想支配に吞まれないまま、多少なりとも現実改変さえ可能になるだろうよ。」
「その崇高な願い、叶うといいわね。」
「ちょっと黙ってろ。」
インフェルノはそう言うと、勇帝剣カオスを抜き、アイナの首を断ち切った。
――――――時間遡行。
不死の紋章とは、死ねない訳では無い。
ただ、死ぬ前の肉体に戻るだけの機能である。
アイナの首の断面から、蔓のような血管が即座に伸び、地面に落ちた首と結合し、血を撒き散らしながら再生していく。自然や物理法則に反した肉体の再生を果たし、アイナは首の位置を元に戻すと、不敵に笑った。
「別に、永遠に殺してもらってもいいわよ。どうせ死ねないし。私を連れてきた事自体、時間の無駄よ。コースケが私を取り返しに来るとでも?」
「来ないだろうな。あいつは必要じゃないモノは切り捨てる。」
「・・・へぇ。貴方、コースケの事詳しいわね。仲良くしたら殺す。」
「あいつはお前の事、嫌いだと思うぜ。」
「それでいいわよ。私の罪だもの。でも、仲良くしたら殺す。」
「それしか言わねぇじゃん。」
「レーヴの顔しといてたぶらかそうなんて思うんじゃないわよ。マジで仲良くしたら殺すから。私はスレイヤーみたいに甘くは無いから。」
「それじゃあ、その甘ちゃんと挨拶しな。混ざり物だが。」
・・・アイナは、目の前の化物を見て、瞬時に理解する。
札幌にいたあの矛盾なる異邦者の正体は、おそらくセトラとゼノンの融合体。
ならば、目の前で十字架と融和し、空腹に耐えかねている獣の正体はすぐに理解出来た。
吸血鬼・スレイヤーと、誰かの融合体。
その姿は、余りにも尊厳を破壊していた。吸血鬼とあろうものが十字架と融和し、その背後には連結した巨大な機械の身体がくっついている。人でも無ければ獣でもない。全てがアンバランスに組み合わさったそれは。疑似的な生命の躍動を感じさせた。
その姿に、アイナは神々しさすら感じた。神の存在を否定するかのような、穢れしかない悪鬼の主であるように、反生物の如き醜悪さが溢れている。空間が歪んでいるかと勘違いを起こしてしまいそうな存在感。暗い何処かも分からない場所に、そんな化物が腹をすかしてこちらを見ている。
これは、コースケに会わせるべきではない。
師が・・・こんな姿になっていると知れば、きっと彼はまた、同じ事を繰り返す。
「・・・母なる殺戮者。法鬼卍神リデストロイヤー。東京蟲毒の主。といえば、察しがつくよな?」インフェルノが嗤いながら言う。
「・・・・・・クロエとスレイヤーの・・・!!」
「あと一つ足りない。デスペラードの神性も混ざった怪物だ。余り物で、魔眼王が作り直した。」
「・・・・・・てことは、あんたの身体は、殆どが勇者レーヴなのね・・・ははーん、あんたの目的、そういう事。中途半端な混ざり物状態だから、リデストロイヤーから半身を取り戻したいのね。少しでも勇者の含有量を身体から減らしたい訳。自分を否定するレーヴとあんた、何も変わらないじゃない。」
「あ?」
「あら怒った?ごめんなさいね、事実をつい口にしてしまったわ。餌は黙って喰われとくけど、勘違いしないでね?」
アイナは、立ち上がり、母なる殺戮者の元へ歩み寄る。死へ近づく歩みを止める気配は無く、飄々として現実を受け入れ、十字架の獣へと向かっていく。
インフェルノは、理解が出来なかった。自らの死を当たり前のように受け入れ、その死へと向かっていく様子が、意味が分からなかった。そこに恐怖という感情が無い事に、恐怖を覚えた。
不死の紋章を喰らい、母なる殺戮者を不滅の存在へと変える。そして、東京蟲毒を盤石のモノとする。それが、インフェルノの目的だった。その為に、マキアかアイナのどちらかが必要だった。
が、目の前の女は、それすらも分かっているかのように受け入れている。
不死の存在が、その呪いさえ喰われ死ぬというのに、平気なのが気味が悪かった。
空虚。未来の巫女と呼ばれたアカシクの末裔は、その最期まで、空っぽだった。
「私は既に精一杯生きた。後悔は無いわ。たとえ最期がこんなのでも、こういう感情を持てた事に感謝する。次生まれた時は、私の自我が残っているか分からないけど、まぁどうせ私の事だし、死ねないのよね。そんな気がする。まぁ、皆の心に残っていればいいか。じゃあね、インフェルノ。魔眼王に宜しく言っておいて。」
十字架から、獣の大口が開き―――――アイナは、齧り取られるように、上半身を喰われた。
鮮血が飛び散る。不死の紋章が発動する様子も無く、脚と右腕が血と共に宙を舞う。
少女は、とても簡単に死を選んだ。
あまりのあっけない最期に、インフェルノは未来の巫女が死んだという実感がいまいち湧かなかった。




