第56話 XXインフェルノ
「・・・ハッ!勇者レーヴさんよ、お前は勇者である誇りさえ捨てたようだな。勇者剣ガイアはどうしたよ?え?」
影の者がよろけて立ち上がり、煽るが意にも返さず、その炎の怪物は咆哮を上げる。
「《極炎斬刃――――アポカリプス。属性付加魔弾、射出準備完了。》」
「《目標・前方敵一体。放て穿ち、救済を―――――――》」
怪物は、口元で極楽に至る炎熱をエネルギー球状にして溜めこみ、それを最上級の魔弾を超えた魔力の塊として放出準備を開始した。
直撃は即死。幾ら炎に耐性があったとしても、その炎熱に満ちた魔弾は、相性すら無視し貫通する。それ程にまで気が狂った威力。数多の神を一瞬で焼き払った炎の剣の伝説を再現した違法な力は、その一発一発が即死級の威力を持っている。
それを影の者は、身を持ってよく知っている。圧倒的暴力の象徴、勇者。
だが、この炎は、予定外であり想定外。この世界にあってはいけない類の非人道兵器。
こんな馬鹿げた出力が可能な魔装具を、魔力が無尽蔵なスペックの勇者に持たせてはいけない。それに、この魔装具でさえ身に纏う事が可能ならば、気を付けなければならない技がもう一つある。
アトム・プラン。勇者剣ガイアの必殺技である対《箱庭》決戦用の奥義である。
それをこの魔装具でやってしまったら、どうなる?地球が持つかどうか怪しいレベルで、全てが破壊されるのでは?
ならば、接近戦は出来ない。かといって、このままでは姫様を抱えて逃げられてしまう。
――――ならば、影の者が取る選択は一つしかない。
自らも、全ての力を解放し、かつての姿を再現しなければならない。
影が、剥がれていく。
内なる力を解放したせいか、それともコンフリクトがやられてしまったからなのかは説明が出来ない。
だが、かつての希望の象徴は絶望と混ざり、より混沌とした存在へと堕落を遂げる。
――――――その両者共が祈りの象徴だっただけあって、融合率は極めて高く、宵撃龍コンフリクトのようにグロテスクな縫い目は一つも見当たらない。自然な融合を遂げた女帝と勇者は、真の姿で勇者の前に立ちはだかった。
「――――もはや隠す必要は無い。私は、夢幻なる無法者。又の名を勇帝インフェルノ。勇者レーヴと女帝デスペラードの混ざり物にして、魔眼王の最高傑作。」
「―――な・・・!?」
レーヴは余りの驚きに魔弾の放出を中止し、酷く狼狽した。
眼前にいるのは紛れもない自分自身。今の自分より少し幼く見えるが、その顔は自分そのものだった。だが、その身体は違う。
女帝デスペラードのような機械的な四肢がくっついている。手、脚が自らのモノとは乖離した有様だった。肉体とは言い難い、無機質な外見に自分の顔がくっついているその容姿
が、妙に似合ってしまっていた。それが何よりの屈辱だった。
それより、何故自分が?どういう事?
―――――――まさか。
アイナの言っていた事は、そういう事だったのか。
全てを知っていながら何も語りたがらなかったのは、自分達が相手だから、だったのか。
しかも、かつての宿敵と無理矢理繋げられた歪な存在が敵の正体なのだと。
「・・・・・・成程ね。どっかの世界では、私が闇墜ちしちゃった訳か。そうね・・・。どちらが闇かどうかなんてどうでもいいわ。どう私が変わろうと、私という存在が世界にとって害悪なのは変わりない。だからなんでかな、急激に殺意が湧いてきた。」
レーヴが仮面の奥で、不敵に笑う。炎に包まれた鎧を纏った獣は、結局のところ自己否定が生んだ象徴に過ぎない。自らを虚構に作り上げる事が得意な勇者にとって、目の前の自分であったものは許す事が出来ない現実だった。
自分を殺す事に躊躇いは無い。自殺が許されるならとうの昔に実行している。
「そういう所が嫌いなんだよ、勇者レーヴ。白か黒かでしか物事を判断できない二元論視野狭窄女が。アカシクの先兵として動いている私の方がよっぽど正義に近いんじゃないかな?」
勇帝インフェルノは嘲笑する。やけに愉しそうな笑顔で勇者を煽る。
「目的は何だ、インフェルノ。何故アイナ姫を攫おうとした?札幌でこんなテロを起こした?この世界に、何の恨みがある?」
「あ?悪意に理由を求めるのかお前は?感情に理屈が必要なのか?それとも何か?私達を討つには、何か大義名分が必要じゃないと身体が動かないのか?お前の正義はそんなものか?」
「・・・聞く耳を持たないようだな。ならば、殺す。」
「そう、それでいい。お前はこれからも変わらない。成長なんてしない。一生、人殺しの上で成り立つ希望に縋り続けるがいい。」
レーヴは、地面に降り立ち、アイナを床に置いた瞬間、唱えた。
「・・・・・・《ジャッジメント》。」
レーヴが、そう一言言うと、周囲の景色が一変する。
インフェルノはすぐに悟った。この現象は、《箱庭》。
何らかの魔法を極めた者。そして、幻獣種にしか発現しないとされる心象世界の再現。
その《箱庭》は残念ながら不完全だった。勇者は魔法を極めている訳でも、幻獣因子を秘めている訳でもない。だが、勇者はその類まれなる才能で、その外枠だけを構築したのだ。
そこは、何も無い空白が広がる世界だった。かつての魔王軍隊長十二幻将・コンスの《箱庭》によく似たモノだった。無限に広がる空白と虚無。
だが、それは不完全でもあり、完成もされていた。
勇者の心象世界には何もない。その事実が、希望の象徴の真なる姿を示していた。
「自分の事ながら、実に哀れな《箱庭》だな。創造性の欠片も無い。コースケがこの世界に帰ってきてからの空白の3年間、お前は身体しか成長しなかったんだな本当に。」
「・・・好きに言ってろ。ここじゃ、誰も邪魔が入らない。」
レーヴは、《極炎斬刃》を全開放する。
鎧の隙間から炎が溢れ出す。その無尽蔵に近い魔力を秘めている身体から放たれる炎熱は、全てを焼き尽くす。
札幌が焼けていく過程の一部始終を見ていたインフェルノにとって、この魔装具は危険極まりない代物だった。
異常な火力。神造兵器すら越えている程の火力。国を一瞬で崩壊させかねない程の火力。
明らかに常軌を逸している代物だ。
――――――だが、インフェルノが持つその剣も、その類の危険極まりない代物だった。
勇帝剣カオス。
勇者剣ガイアと女帝鎌ヘルが融合した、混沌を引き起こす祈りの象徴。
――――――それは、世界そのものを分断させる、必死の剣。
その一振りは、魔力を帯びた一閃を空間に作用させる。
つまり、防御不可の斬撃。
勇者は、その一閃をすかさず避ける。が、インフェルノの狙いはそれではない。
勇者の張った《箱庭》の解除。
《箱庭》は、中から極めて大きなエネルギー負荷が掛かると、その一部が爆発して解除される仕組みになっている。言うならば、空気がパンパンに張っている風船だ。
その中で内部爆発が生じ、破裂してしまえば中に満ちている歪んだ法則は消滅する。
だが、勿論、《箱庭》を強制的に解除するのは至難の業とされている。
《箱庭》の強度も、その術者の力量に左右されるからだ。複雑な意味を持った《箱庭》程脆く、反対に定義がしっかりとしており、単純な《箱庭》は、強度が高いとされている。
勇者の《箱庭》は、間違いなく後者だった。
かつて膂力のみで《箱庭》を粉砕したと言われている魔王軍隊長の一人が壊そうとしても、現在の勇者の《箱庭》は、拙いものではあるものの壊せない程の単純さ、分かりやすさを秘めている。
―――――――が、インフェルノの放つ一振りは、全てを無に還す無限の力。
幾ら強度があろうと、簡単に剪断する。空間を切断するその力は、勇者の心象世界を一刀両断する。
時空が歪み始める。侵食していた空間が次第に元に戻り始める。
真っ白な漂泊されたような世界から、全てが灰と化した黒の世界へと。
勇者の《箱庭》は、いとも簡単に突破されてしまった。
「―――――うーん、でもこれは予想外だったよ、レーヴ。まさか私が大人になっていれば、あの怪物達と同じように自分の心象世界を創れたんだなー。本物だったんだ、私。」
インフェルノが、感慨に耽るような、呆れたような態度で述べる。
「・・・・・・クソッ、そう簡単に上手くはいかないか・・・。」
「まさか本当に女帝どころか魔王すら既に凌駕しているとは。我ながら本当に嫌になるねぇ。今の私じゃ、まだ力不足か。」
「何でも切れる剣、か。厄介だな・・・。」
「札幌を一瞬で消滅させるお前の剣には言われたくないね。」
「・・・ま、当たらなければいいだけか。」
レーヴは開き直り、自身に補助スキル《迅速》を掛ける。
勇者にしか使えない特殊スキルの一つ。先日の幸助戦では常時自身に掛けていたスキルだ。効果として、500mを一秒で走られる位に早くなる。速さが音速を超えるのだ。
なので、一振りする剣速より早く動けるのは訳ない。
勇者の肉体は天性の才能。その速さにも適応できる元からの反射神経を備えている。
レーヴは一瞬で距離を詰める。あり得ない速さでインフェルノの射程距離に手を翳すと、装甲に覆われた指先から、極炎の小さな魔弾を放つ。
「――――ぐっ!!!」
その魔弾は、インフェルノの身体をいとも簡単に貫通した。そして、その魔弾は獄炎を纏っていた。穴の開いた箇所から、インフェルノの身体は溶けて爛れた。
「―――――《剪断》!!!」
インフェルノも負けじと勇帝剣カオスを振るう。剣先から放たれる魔力の渦波が、200m先の黒く煤けたビルを一刀両断する。
その斬撃の嵐の中を、勇者は獣のように避けていく。それどころか、避けながら距離を縮めていく。インフェルノは、勇者が次に何をするか予想が出来ていた。
アトム・プランだ。確実に爆発が当たる距離になるまで、近付いているのだ。
それを喰らえば、確実に死ぬ。勇者剣ガイアを捨て、新たなヤバい魔装具を身に付けた勇者なら、以前とは比較にならない威力を発揮するに違いないからだ。
インフェルノにとって、眼前の自分は、まさに最強に相応しい獣だった。
斬撃を直撃させる。それだけでインフェルノはこの戦いに勝利出来る。
それなのに、一向に当たる気配が無い。ただ、その一撃を当てる事が、異常なまでに難易度が高すぎるのだ。
「――――遅いな。」
勇者は飛んでくる斬撃を避けながら、再び指先から魔弾を放つ。剣先で受け止めようとした瞬間、魔弾は直撃寸前でカーブを描き、身体を再び貫通させる。
放たれた魔弾の軌道を変えるやり方は、かつての魔王軍隊長格の使っていたスキルだ。
インフェルノは、諦める。守りに入りつつの攻撃は一切通用しない。
それどころか、目の前の勇者は、自分の知らないスキルまで入手している。遠距離で戦うのは不利だ。
「―――――ならば、《迅速》!!」
インフェルノも、かつての勇者としての力を自身に掛ける。
近距離で斬撃を放つしか方法が無くなったからだ。
もうアトム・プランを計算に入れてはいけない。それより早く、屠る必要がある。
レーヴは空中に移動し、再び小さな魔弾を放ち続ける。
再び魔弾が直撃し、インフェルノの左腕が吹き飛んだ。だが、それでも―――――距離を詰め、地面を蹴り、空中に飛んで剣を振るおうとしたその瞬間、勇者を見て絶望した。
真に恐ろしいのは、決してアトム・プランでは無かった。
いや、アトム・プランをレーヴが撃たない選択肢を最初から考慮すべきだった。
近くに意識を失った姫様が横たわっているからだ。幾らアイナ姫が不死身とは言え、死を超える熱を直撃させるような事はしない筈なのだ。
この獣は、本当の魔弾の射出準備を、既に済ませていたのだ。
勇者の口元に、揺らめく獄炎が溢れ出す――――――!!
「――――《アポカリプス・獄炎滅弾―――――》」
――――――それは。地球の表面を抉り取る程の、巨大な究極の魔弾。
全てを焼き尽くし、滅する最悪の一撃。勇者の目の前にあったホテルの《防壁陣》を貫通し、地面を抉り取っていき、そのまま直進し、札幌全体に及んでいた《箱庭》すら貫通して、空に消えていった。
魔弾が通った箇所は、川を作るような形で地面を削っており、それが視界に映る範囲まで、何キロ先にも続いていた。
――――インフェルノは、勇帝剣もろとも、右半身を抉り取られて、力無く倒れた。




