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おはよう世界、さよなら異世界  作者: キャピキャピ次郎☆珍矛
矛盾なる異邦者
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第55話 炎の化身


 カツッ、カツッ。フローリングの床を静かに冷たく歩く音が聞こえてきた。

 この足音は、誰だろう――――――――――――――。




 少年は不思議に思う。さっきエレベーターに乗って最上階に行った際に窓から見た外の様子は地獄そのものだった。

 何故こんな事になってしまったんだろうと思う。外の人たちは皆、惨く死んでしまった。

 僕たちは、何か悪い事でもしたのだろうか?ただ今日は、出張から帰って来たお父さんと久しぶりに会った記念に、家族で外食する為に市街へ出てきたのに。

そのお父さんも、きっと今はあの炎に包まれて―――――――


 いや、助かっているに違いない・・・でもその場合、どうやって助かる?

 このホテルだけに《結界》のようなモノが張られているのが目視で確認出来ている。

 他にも、こんな《結界》が張られた避難所がある筈だ。そうだ、あのお姉ちゃんがいるじゃないか。あんな不思議な力が使えるなら、まだ可能性はある。


 だが、少年は状況も分からないまま、自分達だけが助かってしまっている状況に罪悪感を抱いた。自分が生き残ったのは、あの女の人に助けられただけで、運がいいだけだった。


 今こうして、ホテルにいた人たちがエントランスに集まって避難している状況も、いよいよ佳境を迎えていた。


 「――――私達、死ぬのかな。」

 このホテルに泊まっていたのであろう、バックパッカーの派手髪女性が呟く。歯をガタガタと震わせ、恐怖におびえている。

 その言葉は重力を帯びてエントランスに冷たく響き渡った。余りにも非現実的な状況。

 予兆はあった。蔓延する《虚無病》と呼ばれし原因不明の病。

 体感時間のズレ。そして、降って来た隕石。


 だが、まさかこんなことになるなんて、この場にいる人たちは誰も思ってもいなかった筈だ。

 当たり前に続く筈だった日常が、一瞬にして奪われた。


 この空白は何で埋めればいいのだろう。

 ただ、また新たな悲劇の火の粉が自分たちに降りかかってこないように、祈る事しか出来ない。



 ――――――カツッ、カツッ。



 冷たく響く足跡は、非常階段から聞こえてきた。

 何故だろう。何故か、この足音は、異質な感じがする。


 少年は不気味に思った。ホテルの館内放送で生存者を確認する為に、エントランスに集まるよう指示があった筈だった。そして、従業員の人が一つ一つ部屋を確かめ、延焼が起こっていないか、危険物が無いかのチェックがあった。


 上階に人なんていない筈。何か、おかしい。

 他の宿泊客も、違和感を抱き始めていた。


 だが、少年は、その足跡が誰によるモノなのかすぐに分かった。

 さっき、手品を見せてくれた力の強いお姉ちゃん。そうじゃないと説明がつかない。


 少年は、非常階段が続く扉に向かった。

 自分でも不思議だった。勝手に身体が動いていた。

 救いを求める虫が、安らぎを与える光の元へ寄っていくように。

 夏、コンビニエンスストアに寄ってくる大量の虫たちを殺す為に設置された電撃殺虫器に寄っていくのと同じように。


 少年は疑いすら抱かなかった。

 この全てを燃やし尽くした炎の主がその女の人であり、今まさに少年は、その可能性を少しでも潰す為に、殺されようとしている事すら知らずに。



 扉を開けた瞬間、少年は高い金切り声を上げた。


 ――――――――影に包まれた亡霊の如き、騎士がそこに立っていた。


 その姿は、心霊そのものだった。よくテレビで見るような、心霊番組の映像に出てくる人型の黒い影。デジタル化が進んだ現代ではもはやフィクション世界の住人であり、今や信じる者は誰もいない霊的存在。


 ―――――――だが。

 少年が怯えていると、その影の一部が、剥がれた。そして、顔だけが露わになる。


 その顔は、さっき自分を助けてくれた、お姉ちゃんそのものだった。


 「――――大丈夫?」心配そうな表情で、少年に近寄る。


 少年は安堵する。そうだ、炎を自在に使える力を持つあのお姉ちゃんの事だ。

 黒くなる魔法みたいな力を使えても、何らおかしくはない。


 「・・・う、うん、大丈夫だけど!!外の人たちは!?」

 「・・・・・・残念だけど、私じゃ無理。あの炎の中で、生きられる人間はいない。このホテルに居る人以外は、皆亡くなってしまったでしょう。」

 「・・・そんな・・・・・・。」


 少年は、項垂れてしまう。お父さん、お母さん。まさか、本当に・・・。


 「でも、大丈夫。君は助かった。」

 「・・・・・・。」

 「もし君に私のような力があったら、こうはならずに済んだかもね。」

 「・・・・・・へ・・・・・・・・・?」

 「君があの《龍星群》で目覚めた適正者だって事は分かっている。これから、この世界は滅びを迎えるだろう。もし、この地獄に変わりゆく世界の中で、自由を得る力が欲しいのなら、これを飲んで。」


 ―――――そう言って、そのお姉ちゃんは、僕に、小さなカプセルを渡してきた。


 「私はあの勇者とは違う。本当の弱者には救いを与える。それが本来、あるべきだった姿。」

 「・・・それは、どういう・・・?」

 「気まぐれだ。私は好きなように人を救い、好きなように蹂躙する。力無き者は淘汰されるべきだが、資質がある弱者は報われるべき。神だって平等ではない。喜べ少年、君は私に選ばれた。」


 ―――――そう言って、その影を纏った何者かは、また歩き始めた。非常階段の扉を開けて、エントランスにまとまっている人々の前に現れる。


 ――――――そして、何処からともなく剣を出現させ、空間を一振りした。


 ――――――――空間が、歪んだような衝撃。

 その剣は余りにも非情であった。その剣からは、歪みが生じる程の混沌が溢れ出していた。全てを捻じ曲げかねない力の奔流が、空間を裂くように剣先から溢れ出す。

 光にも闇にも感じる、清濁合わさった混沌の渦が剣から放たれた。魔力が極限に練られ、希望と絶望という正反対の祈りが混ざり合い、放出されたそれは剣の鋭さを残し、そのまま衝撃波と化し、振った先の人間を真っ二つに切り裂いた。


 ―――――――少年の目の前で、一瞬で残りの僅かな生存者が、いとも容易く殺された。


 ―――――――嘘だ。


 少年は思う。さっき助けてくれたあのお姉ちゃんは、何だったんだ。

 自分は幻覚でも見ているのかと疑った。だが、それはあり得ない。


 横たわる大人達の胴体から、余りにもリアルな内臓が飛び出ている。


 「―――――さて。そろそろ矛盾なる異邦者も殺されるかもしれん。アポリオン、早くお前たちの母の元へ、その姫様を連れて行け。その後は、共にひたすら悪逆を尽くそう。ヒタの地で待っている。」

 影の者は笑いながら、突如として現れ、アポリオンと呼ばれた不気味な怪物に話しかけた。


 「――――そうだなぁ!だが俺様が竜でいられるのも時間の問題。俺様は蝗王。飛蝗は頭が消えても生き続ける厄災だ。姫様の移動くらいは手下の者に任せる。」

 「駄目だ。その姫は《偽創具顕現》が使えるのだぞ。飛蝗に任せる訳にはいかない。」

 「この俺様はここで死にてぇんだよ。どうせ母上がいればどうにでもなるからよ!」

 「会話が出来ないな・・・。龍王の尊厳は欠片も残っちゃいないか・・・。・・・まぁいい、それじゃあ私が連れていく。生き残ったらヒタで会おう。」

 「おう!夢幻なる無法者、お前はどう考えてるかは知らねえけど、俺は人殺し、最高に楽しかったぜ!!」

 「・・・・・・そうか。それは良かったな。じゃあな。」


 ―――――そう言って、その影の者は意識を失っている高貴な女性を抱え、ホテルを飛び去って行った。



 ・・・かに、思えた。


 突如、轟音が鳴り響いた。

 黒く炭化した外の世界に出て、少年は驚いた。焼き焦げたコンクリブロックで舗装された地面に、穴が空いたからだ。

 まるで、隕石が降って来たみたいに、さっきの影の者が地面に叩きつけられたのだ。


 「――――・・・ぐっ、この、馬鹿力がァ・・・!!!」


 その視線の先には、炎を纏った紅蓮の鎧を被り、獣のような姿をした怪物が、空に浮いて睨みつけていた。

 先程抱きかかえていた女性を奪い、背中におぶりながら。


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