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おはよう世界、さよなら異世界  作者: キャピキャピ次郎☆珍矛
矛盾なる異邦者
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第54話 皆殺し

 勇者は、《極炎斬刃レーヴァテイン》を振るい、その限りない炎熱で竜の身を焼いていた。

 恐ろしい程の火力だ、とレーヴは思った。《箱庭》の特性をそのまま引き継いだかのような威力に、若干の恐ろしさを感じていた。勇者剣ガイアよりも馴染み、使いやすいと思ってしまったからだ。魔力ある限り、その炎は絶える事無く燃え続ける。

 この魔装具を使う度に、彼が魔王を女帝デスペラードや、魔王を倒せた理由が痛い程に突きつけられている気がした。彼は即席でこれほどの威力を生み出す魔装具を創る事が出来るのだ。幾ら生成物にランダム要素が発生するとはいえ、馬鹿げている。本来なら封印されていてもおかしくない、世界のバランスさえ崩しかねない能力だ。


 更に、あの《箱庭》だ。正直、狂っているとしか思えない。

 どうすれば、あんな《箱庭》を生み出せてしまうのか。表向きは明るく見せる彼の本性が余りにも乖離していて、彼を知れば知る程戸惑ってしまう。

 まぁ、私も人の事を言えないか。これから迷いなく、やろうとしているのだから。

 ――――勇者がこうして、竜を倒している最中にも、各地で悲鳴が溢れていた。

 共喰いする竜と人。《虚無病》にしていく飛蝗の群れ。火の粉が舞うオフィス街。

 防災は機能しておらず、人々は竜の群れに、無残に殺されていく。


 勇者は、割り切っていた。というより、最初から諦めがついていた。

 助けられる人間の数には限りがある。場合によっては、限りさえない事もある。


 幸助の前で、ホテルまで人々を担いで助けたのも、レーヴにとっては勇者を《演じる》上での演技に過ぎなかった。幸助なら助けるだろうという判断に従い、そうしたまでであった。


 ――――――だから、仲間が誰も見ていないのなら、全力を出し切っても、何の良心も傷まない。こうする事は、慣れている。


 「――――――《極炎斬刃レーヴァテイン》、全開放――――。」


 空を駆けるレーヴの周囲に、全てを燃やし尽くす極大の炎熱が舞い上がる。

 その中には、その様子を見ていた人々も含まれていた。


 竜も、人も、関係なく炎上していく。息をする暇さえ与えず、極楽へと導く祈りの炎が、竜の群れを焼き払っていく。


 コースケの居ない内に、なるべく竜の数を減らしたかった。

 でも、これ以上の被害を抑えるのであれば、この札幌内で完全に竜を殺しきらなければならない。この選択は、この世界出身のコースケには、荷が重い筈だ。

 だから、勇者として、正義を執行するしかない。もっとだ、もっと、炎で焼き尽くす。


 「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 「きゃあああああああああああああああああああああ!!!!」

 「お母さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」


 絶叫が響き渡る。アイナは、潔く汚れ仕事を引き受けた。

 なら自分も、本来の勇者としての仕事を全うしなければならない。

 多の為に小を切り捨てるという正義は、人でなしの自分にしか為しえない。


 世界が、炎上する。視界は蒼炎に染まり、木々はその熱で、一瞬で灰と化していく。

 人も竜も、関係ない。札幌内にいる人間、竜、全てを焼き尽くす。


 黒い影に覆われた飛蝗も熱で消滅していく。逃げ場の無い身を焼く炎熱に耐えられる者はいない。極炎斬刃レーヴァテインは、全てを関係なく、燃やし尽くす。

 ――――――勇者は、この光景が懐かしかった。

 勇者というだけで、自分は意味の無い戦争や紛争まで駆り出され、散々正義となるべき弱者の反乱を抑え、殺し尽くしてきた。正義の象徴は、ただの兵力であり、面倒事の雑用に過ぎなかった。

 力無き者を、圧倒的な、選ばれた力によりねじ伏せる。そうして、憎しみの元を完全に漂泊する。正義か悪かと問われれば、その行いは悪である圧政そのもの。弱者に寄り添うべき、正義の要素は一つも無い。


 「―――――この、化物がぁぁぁぁ!」


 身を焼かれながら、警察官が空に浮くレーヴに発砲する。が、レーヴはその弾丸を視認し難なく手のひらでキャッチしてみせた。絶望の表情に変わりゆく警察官を見て、レーヴは極炎斬刃レーヴァテインの火力を上げていく。そして、炎上するスピードは、どんどん範囲を広げ、火力を増していった。

 その範囲、実に500k㎡。《龍世界》の中の全てを、炎上させていく。


 それは、まさに地獄の再現だった。

 希望の象徴と呼ばれた存在が、無辜の人々もろとも全てを燃やし尽くしているのだ。

 それも、彼女の中では救済の技法だった。

 逃げ場を失くす熱の海は、誰にも逃れる事は出来ない。


 無情なる叫び声。神に情けをこう老婆。母を呼ぶ子供の声。

 建物の中に避難する事さえ不可能。その炎熱は、人間が耐えられる温度を遥かに超え、有機物を一瞬で灰にしていくのだ。竜も人も、等しく死んでいく。


 ――――――全てが灰と化していく世界で、レーヴは笑っていた。

 札幌内の人間は全て殺し尽くしてしまっている。竜も人も、飛蝗も、全ては自らの炎熱で焼き払っている。


 ―――――はははははは!!!私は、何も・・・変わっていない!!!どれだけ強くなろうと、何も守れてなんかいないじゃないか!!!!


 レーヴは、笑っていた。余りにも理不尽極まりない自らの行いに笑うしかない。

 一体、誰を救おうとした?皆、自分が殺してしまったじゃないか。

 私は、こんな事をする為に、今まで生きてきたのか・・・?


 そんな逡巡を、まだ短い人生の中で勇者は幾度となく繰り返してきた。

 全ての功罪は一人の象徴に集約される。自らが犠牲になってまで傷つきたくない弱い人間達が、責任の所在を押し付ける為に生まれた存在。

 それが、勇者。他責思考の究極であり、救世主として崇められる穢れた英雄。


 もはや今更、ただの少女に戻れる訳が無い。自分という存在は、自分が一番嫌いで、穢れているのを知っている。少年少女が淡く抱いた理想の勇者なんてどこにもいなかった。

 とんだ貧乏籤だと思う。この世界に神様何て、本当はいないんじゃないかと何度も思えた。何故、人を殺す事を、理論武装して正当化しなきゃ、生きていけないのだろう。


 でも、その歪みが、既に自分の一部である事を、勇者レーヴはよく知っている。

 染みついた罪は払えない。今更生き方を変えられる訳が無い。

 ほとほと、自分が如何に人間から逸脱していて、化物であるかを思い知らされる。


 世界を焼き払うに等しいこの炎熱が、自分が保有する魔力から放たれていると思うと恐ろしい。これでも、魔力はまだ余裕があるのだから呆れてしまう。


 何故、またこんな事をする為に、この世界アルファにやって来たのかを、ふと考えた。


 ―――――――ああ、そうか、とレーヴは気付いてしまう。


 私は、コースケに、殺して欲しかったのかもしれない。


 ―――――でも、彼はそんな自分にも優しいから、《箱庭》も使わずに、勇者剣と共に私を打ち砕いてくれた。夢を終わらせてくれた。

 まだ、数日しか過ごしていないが、普段の彼と一緒にいるのが楽しかった。


 でも、結局、ただの少女には戻れなかった。

 何も変わっていない。こんな選択をしたのだから、彼に嫌われるに決まっている。


 箱庭内の酸素が尽きたのか、延焼は終わりつつあった。建物は崩落し、窓ガラスは溶け落ちて、人や竜は骨さえ残さず、跡形も無く消滅した。道路に黒焦げとなった跡が煤けて残るのみで、生きた証さえ消滅させてしまった。


 確かに竜は全員、跡形も無く殺せた。そして、この《箱庭》が解かれないでいる以上、竜が増殖する事も無い筈だ。


 ―――――目の前の、《防壁陣》が張られたホテルを除いては。


 レーヴは、再び笑う。限りなく、可能性を潰すのが勇者の役目。

 偽善の象徴は涙を流しながら、笑う。

 心はもうとっくの昔に壊れていた筈なのに、まだ涙を流す事が出来る自分に驚き、笑っていた。


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