第52話 XX龍コンフリクト
―――――――天蓋が開き、あたりを眩しく照らす《自殺》の太陽が現れる。闇が晴れ、そこには何もない空間が広がっていた。
そしてようやく、吸血鬼の姿が露わになった。太陽の光に身を焼かれながら、嗤っている。身体から焼煙がのぼり、肉が焦げたような臭いが《箱庭》内に充満していた。
一方的な自殺が、今まさに起こっていた。何の為に自分を傷つけているのか、影の者には全く、理解が出来なかった。これが、心象を顕した世界であるというのなら、常軌を逸しているとしか思えない。ましてや、こんな《自殺》行為じみた事をやるなんて、頭がおかしいとしか思えなかった。
「棺を開け、太陽が身を焼く。これが吸血鬼の理想の死に方。反自然的な存在が、自然へと無に還る唯一の方法。いや本当に、何なんだろうね、この安らかな気持ちは。太陽を信仰する師匠の気持ちも、今なら分かる。君も、そう思わないかい?」
太陽を直視し、眺めながら、吸血鬼は手を合わせ、祈りを捧げる。
――――――瞬間、強烈な痛みが、眼に走った。
「うっ、ぐっ、があああああああああああああああ!!!!!!」
何が起きているのか、影の者には理解が出来なかった。ただ、眼が焼けるように痛い。
吸血鬼の奴が太陽を眺めた途端に、この痛みが走った。
まさか、これは、《心中》――――――――!!
吸血鬼に掛かる負荷を、そのまま共有させ、強制的に心中を図る《自殺》の《箱庭》!?
焦げたような臭いもまさか、自分の身体が発していた――――――?
こんな《箱庭》、一刻も早く出なければ、と思った。
が、おかしい。この《箱庭》、際限が無い。果てしなく広い。《龍世界》とは比べ物にならない広さ。
「出ようと思っても無駄だ。俺が死ぬまでは、君も出られない。そういう制約なんだ。ここには壁も何も無い。一緒に、死を共有しよう。」
――――――――――絶望。
《自殺》の吸血鬼が恐れられる所以は、自らを省みない一方的な自殺を、規則として発動する点にあった。どちらかが死ぬまでは出られないという馬鹿げた制約と、吸血鬼の不死に近いしぶとさに加え、どんな痛みをも耐え抜く狂気的な精神性が、彼の真骨頂であった。
無理矢理、相手を心中させ、一緒に死を迎えようとするメンヘラ特有の異常思考を正当化する手段を持っており、必ず深淵へと引きずり込む。彼の《自殺》の《箱庭》は、総じてそのような特性ばかりを持っており、彼を傷つける事は、自分を傷つける事を意味している。
つまり、この《箱庭》下では、出る事も敵わず、傷つける事も出来ない。
詰みを作り上げる最悪の《箱庭》なのだ。
彼を殺せば、自分もその痛みを共有しこの《箱庭》に殺される。
だが、彼を殺さなければ、自分だけがその苦痛に耐えきれず死ぬ。
「―――――ま、ゆっくり話そうぜ。こんな痛みなんてすぐ慣れる。太陽の光って、痛いだろ?ほら、生きているって感じがしないか?」
身を焼かれ、灰になりながら、吸血鬼は快活に笑った。先程見せていた嗤いとは違い、心から安らかに笑っている。目は相変わらず虚ろであり、吸い込まれるような闇で満たされている。
「ぐっ!うぅ・・・頭、おかしいんじゃねぇのか・・・・?」
「よく言われる。でも思うんだよ。一緒に死ぬってのは、最大の愛なんじゃねぇかなと。皆、当たり前にやってくる終わりについて、何も考えてなさすぎる。死はいつでも隣人だよ。死が最後に、怪物を人にすると思っている。だから、今は心から笑える。」
「贅沢な悩みだな。」
「ああ、本当にそう思う。死を望むなんて贅沢な悩みだ。恵まれていて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。でも、これはどうする事も出来ない答えだ。やっぱり俺は、あの日死ぬべきだったって後悔している。」
「・・・死者にも同じ事が言えるか?」
「ああ。生きるのは余りに辛い。自分の引き際は間違いなくあそこだった。正直、姫様との生活や仲間達との暮らしは、自分にとって重荷でしか無かった。それなりに平穏は楽しかったけど、自分には身の過ぎた必要のないモノだった。この世界に帰って来た理由も、死ねなかったから作った適当な理由に過ぎない。それくらい、俺は終わってんだよ。」
吸血鬼は、自嘲しつつも乾いた笑い声を出した。
その言葉は、普段こそ隠しているが全てが本心だった。
この吸血鬼にとって、本当に大事な人は全て過去に生きている。
初めて出来た親友は無残に殺され、初めて出来た最愛の師匠は、自分の力不足で死に絶えた。その時点で、この吸血鬼は、現状、惰性で生きているに過ぎない。
未来を生きようと願う泥臭い感情は、とうの昔に消え失せた。虐められて自殺を決意したか弱い心の少年が経験するには刺激の強過ぎる異世界での日々は、鮮烈でありながらその心をぐちゃぐちゃに踏み躙ってしまった。
せめて、自殺を願うくらいは許してくれよと、そう言っているように見えた。
――――――影の者は、その身体に纏わりつく影を解いた。
理由は分からなかった。自分の中にもかつてあった感情や記憶が蘇ったのかもしれない。だがその決意の発端は、同情では無かった。
グロテスクに糸で縫い合わされた身体の跡が、その人型の龍にはあった。右眼は深淵を覗くように黒く、左眼が獄火のように紅い。
自分のよく知る、対となった最上位種の龍が無理矢理合成させられたような、性別もよく分からない姿に変えられ、原型を留めていない継ぎ接ぎの姿で、身を焼かれながら、その龍は言った。
「――――――我が名は、宵撃龍コンフリクト。思い出話に付き合う理由は無い。」
「私は、いや、我々は魔眼王に創られた侵略兵器。お前の想像する通り、我々魔眼軍は、失敗した世界線からやってきた、アカシクの先兵。」
「だから、お前を何としてでも殺さなければならない。」
「お前の心中に付き合う道理はない。」
「《龍世界》展開―――――。《炎延地獄》―――――。」
龍王として恐れられた爆撃龍セトラの《箱庭》が、展開される―――――――!!!
矛盾なる異邦者という意味について
矛盾・・・アキレスと亀で有名なゼノンのパラドックスから。パラドックス=矛盾。
異邦者・・・英語のsettler (開拓者、移民)から。
これらの名付けは魔眼王のセンスによるもの。
宵撃・・・黒や影といった対象を爆発させる能力。《爆撃》と《宵闇》が組み合わさったコンフリクトの固有スキル。
それと、ブクマお願いします。




