第46話 竜化
「・・・・・・は?」
「つまり、敵はこの札幌に巨大な《箱庭》を張って、人工の竜を製造しているって訳。このおっちゃんはもう手遅れだわ。いずれ何かの拍子で竜になる。だって、意識も魂も無いもの。死人と何ら変わらないわ。」
「・・・・・・それ、本気で言っているのか・・・?」
「本気よ、本気。」
「・・・・・・何故、そんなむごい事を・・・・・・。」
「これは恐らくだけど、あのアカシクの民の面汚し、マクガフィンが言っていたじゃない。『魔眼王様を殺して下さい。』だっけ?推測するに、その魔眼王の部下とやらは、全員そいつの事が嫌いで、殺したいんじゃないかしら。だから、戦力増強として、兵隊を製造しているって考え方は出来ないかしら?」
―――――――そんな会話を引っ張り出してくるなんて、とレーヴは戦慄した。
確かに、ロジックは完璧だ。その可能性は十分に考えられる。というか、それを聞くと、そうとしか考えられなくなる。
「でも飛蝗ってのがよく分からないわ。風土的な意味合い?それとも、最初からそういう能力?飛蝗が魂を奪い、竜の因子を埋め込む作業をするのかしら?そもそも、魔眼王の部下にある共通のルールから能力的に掛け離れているし、もしそうだとしたら存在が捻じ曲げられている。あ、でも飛蝗が黒いから…あぁなるほど、そういう事ね、影と飛蝗は別と考えたらいい訳か。でも、そんな能力者、過去を遡っても―――――――」
レーヴは、アイナが言っている事が何一つ分からなかった。
魔眼王の部下にある共通ルール?何処からその情報を仕入れてきたのだ?
もしかして、アイナは敵が本当に何者なのか、既にある程度の目星がついているとでも言うのか?
「うーん、もしそうならって言うか絶対そうね、なんて最悪なのかしら。・・・ま、いいわ。こればっかりは推測の域を出ないからやめておくわ。外した時恥ずかしいし。論理も思えばぐちゃぐちゃよね。うん、うん。とにかく、《虚無病》はもう助からないのは確実よ。元に戻す方法が無い。勇者様、これからどうする?」
アイナが、刃物を持ち、血塗れの状態で、あくどくレーヴに笑いかけた。
月光に照らされた道徳無き姫様は、まるで吸血鬼のような妖艶さを感じた。
「・・・・・・早く、大本を断たないと。」
「同意ね。目星はあるかしら?」
「南側の山に、《龍星群》のようなモノが落ちていったのを見た。」
「ニュースであったやつね。じゃあその《龍星群》は儀式確定ね。時間加速の副作用で止まった人々に魔力と強烈な光で気付きを与えて、その間に完全犯罪を為す。そうやって、《虚無病》を増やし、兵を増やす。その龍が大方の犯人と見ていいのかもしれない―――――。」
姫様が言い終わった位のタイミングで、辺りに轟音が鳴り響いた。
味わった事のない感覚だった。相克する概念が重なり、弾けた様な。
セトラの十八番である《爆撃》とはまた違う、純粋な破壊の衝撃を感じた。
「――――なんだ今のは。」
レーヴには信じがたい魔力の放出だった。勇者剣ガイアのアポカリプス・モード時に放つ爆発よりも、破壊力が強いのはすぐに分かった。爆風とはまた違う魔力の残滓が吹き付け、ホテルの建物全体が揺れている。
「――――やっぱりあいつ一人でいいんじゃないかしら・・・・。」
アイナが呆れながら呟く。
「でも今のはまずいわね。魔力で人々が覚醒するとなると、今ので札幌中の大半の人間は覚醒したんじゃないかしら。ここまでしなきゃいけない位に飛蝗の数も多かったって事なら、仕方ないけど。」
「もう、交戦しているんじゃ。」レーヴが不安げに呟く。
「そうかも。うーん・・・今の状況的には、詰んでいるのよね・・・・・・。」
「・・・・・・どういう事だ?」
「《箱庭》が張られている時点で、単純に不利なのよね。何故なら基本的に相手の思うがままだから。一方的な自分ルールを押し付けている時点で、手段さえ選ばなければ何でもすると言っているようなものじゃない。つまり・・・・・・もう、札幌の人々は助からないと思った方がいいかも。初めから、《箱庭》を張られた時点で終わりっちゃ終わりなのよね。諦めた方がきっと、うまくいくわ。」
「・・・。」
「いいじゃない、私達は元々人殺しよ。」
「・・・コースケの、世界だろ、ここは・・・?」
「そうね。」
「何故、こんな事が起こるんだ・・・?」
「それは・・・」
アイナが言い淀んだ瞬間、ベッドに横たわっていた血塗れの中年男性から異臭がした。
振り返ると、見るも無残な変容を遂げていた。
身体の肉と骨が無作為に、無作法に折りたたまれては膨張し、流血しながら形を変えていく。胚葉が細胞分裂するように、0から存在を作り替えられていく。
それは余りにも、生命を冒涜する行為だった。人としての尊厳も何もかもが変えられ、不可逆の変容を起こしたそれは、気付けば、竜に成り果てていた。その竜の右眼は深淵を覗くように黒く、左眼が獄火のように紅い。アシメトリーな配色の眼をしていたのに気付いた。
―――――――これはまるで、マクガフィンのようじゃないか。
「――――――《極炎斬刃》、解放――――!!」
即座にレーヴは反応し、襲い掛かろうとする竜を真っ二つに切り裂いた。
紅い血が噴き出し、倒れる竜の中身は、非常にショッキングなものだった。
切り裂いた箇所から飛び出た臓器は、人間の臓器と何ら変わらなかったからだ。
竜も、人とあまり大きさは変わらない小型だった。
―――――マズイと、レーヴはすぐに直感した。
もう、《虚無病》患者が竜化してきている。
という事は、街中に残る患者が一斉に覚醒すれば、確実に街はパニックになる。
ニュースで見た《虚無病》の推定人数は、1万6000千人とされていた。
もし、全てが竜になってしまえば、地獄が再現されてしまう。それはもう、災害を超えた何かだ。
それに、飛蝗がまだどれだけ残存しているのかも気になる。
今日中に全ての人間が竜になってもおかしくない。
「―――――姫様!!龍の落ちた先に行って、確かめ―――――」
窓に身を乗り出し、アイナの居た方をレーヴは振り返った。が―――――――
アイナの姿は既に、そこには無かった。
「・・・・・・は?姫様・・・・・・・・・?」
頭の整理が追い付かなかった。あの一瞬の間に、何が起きた――――――!!
アイナ姫が何も言わずに、無断で何か行動を起こしたとは考え辛い。姫は不死なだけで、そんなに力自体は無いのだ。ならば、考えられる事は一つ。
今の一瞬の隙に、誘拐された。
いつだ?一瞬過ぎて、何も理解が出来ない。
どんな手を使った?どうすれば、そんな事が出来るのだ?
窓の外を見る。《防壁陣》が張られた外の様子は、次第に地獄へと変わっていた。
数えきれない幾つもの無数の竜が、札幌の空を覆っている。空は赤く染まり、この世の終わりを彷彿とさせた。
目下の人間の集団が、竜に襲われようとしていた。火を噴かれてしまえば、もう助からないのは明白だった。
――――――だが、勇者の身体は、考えるよりも先に動いた。
アイナ姫が急にいなくなった。
今は何も分からない。でも、とにかく、たとえ助からないとしても、助けようとしなければ、自分を保てそうになかった。
竜を殺す事くらいは簡単だ。早く、大本を殺し、《箱庭》を解除させなければいけない。
勇者は走る。その身に託されたかつての使命を思い出すかのように。




