第42話 異常者達
札幌駅付近のビジネスホテルのチェックインをギリギリで済ませると、幸助は早速シャワーを浴びた。温水を浴びながら、先程の事を思い出していた。
マクガフィンに会った後、3人はホテルを目指して歩き始めた。
3人は、最後に歌われた詩を通して、マクガフィンに対する様々な考察を行った。だがどれも見当外れで、的を射ないものばかりだった。
俺とレーヴの推測は、本気だった。だが、一方のアイナは、何やら思い詰めたような表情で、どれも上の空の回答だったのだ。
もしかしたら、核心に迫っているのかもしれない。長年一緒に居たせいか、幸助はアイナが何かを掴んだのを直感的に理解していた。
だが、アイナがそれを教えてくれたりはしない事を、幸助は分かっていた。
多分、確実性のある証拠を掴まない限りは、その予想を喋ると混乱を招くかもしれないだろう、みたいな余計な事を考えているに違いない。周囲への影響を考えて、黙秘する選択を取ったのだ。それは、アイナの想いを尊重しようと、幸助は思った。
――――――だが、それよりも幸助は、街中の異様さが気になった。
すれ違う人の中で、生気を感じない人を結構な頻度で見た。今メディアで騒がれている《虚無病》と呼ばれるものの症状そのものだった。突然、意識を失ったように倒れた後、眠り続け二度と覚める事は無いとされる、原因不明の病だ。
この場にセトラがいない事が、とても残念だった。
何故なら、彼女は人の心を読む事が出来る。もし、《虚無病》患者を診た場合、どんな感想を抱くかで、相手の能力を分析出来るかもしれなかったからだ。
今考えると、昔から何か事あるごとに、自分はセトラに頼り過ぎている。
セトラは元々、鬼神の如く強力でありながら、《洗脳》といった搦め手も使う事が出来るし、万能過ぎたのだ。異世界では、宵闇龍ゼノンと対を為す存在として、爆撃竜セトラと呼ばれて、人々からとんでもなく恐れられていた存在だった。
・・・・・・ちょっと、依存し過ぎたかな。反省しよう。でも仕方ないって。ありゃ味方にしては強過ぎるもん。適当に戦っても強いし飛べるし龍だし心が読めるし。冷静に考えたら、何なんだあいつ。俺が霞むレベルのチート持ちじゃん。
それに比べて俺は―――――と思い始めた所で、考えるのを止めた。
師匠スレイヤーの言葉を思い出したのだ。
「卑屈になった所で誰も哀れみはしない。」
「コウスケはいずれ最強になる。私が保証するからドンと構えとけ!」
思い出がフラッシュバックする。懐かしい記憶が蘇り、少し口元が緩む。
―――――だが。すぐに胸を虚無が満たす。
次に映像として頭に浮かんできたのは、血だまりの中、自分の腕の中で息絶える、スレイヤーの姿だった。
「・・・・・・ああああッ!!クソが・・・・・・!!」
シャワーの水が、冷水に変わる。身体も心も冷えていく中で、風呂場の鏡に映る自分を見つけた。
歴戦をかいくぐり、努力した後を印象付ける筋肉まみれの傷だらけの肉体が、とても醜く感じた。
鏡を睨めつけ、顔を近づける。
「いいか、お前が殺したんだ、お前が殺したんだ、出来損ないのお前が殺したんだ、回復しか能の無いお前が助けられなかった、全てお前が悪い、お前が悪いんだ、いっそあの場で死ねば良かったんだ・・・・・・。」
自分を睨みつけながら、幸助は呪いのように呟く。
気分は一気に最悪になった。自己嫌悪に駆られたのでシャワーを終えて、バスタオルで身体を拭きながらベッドに横たわる。
・・・・・・また、やってしまった。
魔王を倒して、それで終わりの筈だった。
全てを捨てて、この世界に戻って来た筈だった。
なのに、彼女たちは俺に会いに来てくれた。
それは、とても嬉しかった。自分が人から愛されている実感が湧いた。
――――――でも、俺は以前、空っぽのままだ。
本当は、異世界の人々に再会なんてしたくなかった。
あの場で死ぬべきだったという思いは、今も変わらない。
そんな自分にも嫌気が差す。そろそろ、俺も、前を向いて生きなきゃいけないのに。
俺は一体、どうすればいい――――――?
・
「―――――そう。結局、コースケは貴方に《箱庭》は使ってこなかったのね。」
アイナが、レーヴの部屋に入り浸りながら、談笑をしていた。
話題は、レーヴとコースケがグランドキャニオンで戦った時の話を遡っていた。
「勇者剣は勇者剣にしか壊せない。でも、コースケの《箱庭》ってそれすら関係無い特性ばかりだもの。ていう事は・・・レーヴ、貴方手加減されたわね。どんまい。」
「・・・・・・あれは、本気じゃなかったというのか・・・?」
女勇者レーヴは驚いていた。
確かに、レーヴはコースケの《箱庭》を間近で見た事はあった。だが、それらの対策は講じた上で、あの時は戦っていた筈だった。
だから、コースケの《箱庭》は封殺したまま、戦っていたと思い込んでいた。
「本気と言うか、コースケのメンヘラが発動しなかっただけだから気にする事は無いだろうけど・・・。」
「メンヘラ?何を言っているんだ、アイナ。」
「・・・これ、もう隠す必要も無さそうだし、言っておくわ。コースケはね、とても気持ち悪いのよ。」
「・・・それを貴方が言うの・・・?」
「好きだし恩人だし、言いたくないんだけどね。」
「じゃあ言ってやるなよ・・・。」
「でも、貴方は知っておかなきゃと思ってね。これから何があるかは分からないけど、現状最高戦力であるコースケ次第では、バッドエンドになりかねない。悔しいけど、マクガフィンの言っていた事は正しいわ。このままじゃ、恐らく魔眼王とやらには勝てない。ならせめて、私達に出来る事は何かを考えた時に、コースケの情報共有はしておかなければと思ったの。」
「・・・・・・訳が分からないな。やっぱり、アカシクの民だから、ある程度今回の事態も予想がついているとでも言うのか?」
「ええ、大方ね。でも今それを言う訳にもいかないわ。これは段階を踏まなければいけない。オープンワールドでも、予め道筋が決まっているロールプレイングのようなもの。忌々しい運命だけど、仕方ないわよね。」
「相変わらず客観的で、俯瞰しているな。」
「そういう存在なのよ、私達って。本当に嫌だわ。まぁ、話を戻しましょう。
コースケの情報について、貴方には知って欲しい事があるわ。これをどう感じるかは貴方次第よ。」
――――――そう言って、アイナは深く深呼吸をした後、言った。
「死を衒う吸血鬼、コースケ。彼が《箱庭》で扱う事象は、自殺。自殺経験の数だけ、扱う《箱庭》の種類も増える。そして、吸血鬼として取り込んだ相手の《箱庭》さえ再現出来る異常者なのよ。」
「・・・・・・は?《箱庭》を、複数所持していると言うのか・・・・・・?」
レーヴには、信じがたかった。
《箱庭》と呼ばれる結界術は、地上の概念さえ捻じ曲げる。
そんな違法な力を使えるのは、魔法を極めた者か、幻獣因子を持つ者に限られる。
だがその力の本質は、自分自身の能力や世界の発露に過ぎない。
つまり、普通は、《箱庭》と呼ばれるモノは、一人一つが原則なのだ。
2つ以上の《箱庭》を再現出来る人間や幻獣はいないとされている。というか、原理上不可能なのだ。
そんなの、幻獣の最上位種である、龍でも不可能だ。
「――――――コースケ、戦っている時、多分だけど、嗤ってたでしょ?」
アイナが、声のトーンを落としながら、言う。
「・・・・・・確かに、嗤っていたな。」
レーヴは、戦っていた時を思い出した。
コースケは、いつ死ぬかも分からない戦闘時、嗤う癖があると、本人がそう言っていた。
「正直、貴方に嫉妬していたわ。」アイナが言う。
「・・・え?」
「もしかしたら、コースケは貴方に殺されたがっているんじゃないかと思ったのよ。」
「・・・・・・。」
「でも、《箱庭》を使わずして貴方に勝った。これはとんでもなく大きな成長よ。」
「私は全く納得いってない。」
「いや、もし《箱庭》を使われていたら、貴方確実に死んでいたわよ?」
「・・・・・・本当に?」
「あれに1対1挑む馬鹿、他にいないわよ。正直、貴方が勇者剣を失っただけで済んだと思えば安いわよ。容赦ない時は本当に容赦ないんだから。それ、貴方も見ていたから知っている筈でしょ?」
・・・・・・そう言われると、レーヴは返す言葉が無かった。
女帝デスペラードとの一戦。あの日から全ての運命は変わった。
「・・・・・・なぁ、俺を・・・殺してくれないか・・・?」
全てを終わらせた一人の吸血鬼が、亡骸を抱えながら救いを求めてきた事を、思い出した。
まだ11歳の私には、彼を殺せるだけの正しさも、強さも無かった。
――――――――ああ、確かに、あの日、全てが終わったんだった。
「元々気弱な少年に強さという指針を与えた吸血鬼、スレイヤー。彼女の情報は未だによく分かっていないし、コースケもあまり語りたがらないから人となりがいまいち掴めないのよね。どんな人だったか、レーヴは覚えている?」
「・・・・・・いや、よく分からないな。」
「だよねー。どうにかして知れたらいいんだけど。セトラもあんまり接点無かったって言うし、現状コースケくらいしかスレイヤーの情報握っていないってのは、かなり不利な情報アドバンテージなのよね。」
「・・・・・・今更、スレイヤーの情報が必要なの?」
レーヴは疑問に思った。今更、何故コースケの師匠の情報が必要なのだと。
アイナは、見透かしたような態度で応える。
「そりゃあ、唯一のコースケの弱点だし。もし仮に敵が手段を選ばずにコースケを殺してくるような奴だったら、これを利用しない手は無いでしょう。」
「・・・まさか、前言っていた死体を操るって事か?」
「そういう事。死んだ筈のスレイヤーがもし、敵として出てきたら、私たちはどうするべきなのか考えなきゃいけない。もしかしたらコースケのメンヘラが発動するかもしれないじゃない?」
「メンヘラは姫様の方だろ・・・。」
「あら、そう見える?共依存関係なのは否定しないけど、嬉しいわねぇ。」
「何で喜んでいるんだ・・・。」
「それと、何故札幌が侵略先として選ばれたのか知らなきゃいけないわよね。敵に有利な地形なのか、土壌や風土が合っているのか。とにかく、目的が何なのかハッキリしたいと、《虚無病》とやらを蔓延させている原因を突き止められないし、正体を暴こうなんて不可能よ。
私もちょっと札幌というか北海道の歴史を調べてみたけど、特に土壌的に有利な条件が発生する風聞はあんまり無かったのよね。侵略の場所としての関連は見いだせないわ。」
「・・・たまたま、札幌に根を張っただけでは?」
「さぁ、どうだろ?敵もそこまで無計画とは思えないのよね。そもそも、何故狙うのは日本なのかしらね。世界中に分散すれば、私達もなかなか面倒だったのに。日本社会の構造に恨みでもあるのかしら?」
「それは、今考える段階なのか・・・?情報が少なすぎて、結論を出す必要性が思い浮かばないんだが。」
「何か世間を注目させる強いニュースがあると、他の報道は疎かになるでしょ。今、札幌は注目されている状態よ。この期間に何か別の事が起きてもおかしくないでしょ?だって、同時多発的に事件が起こると、私達も対応しようがないじゃない。札幌にいる私たちは、時間稼ぎに過ぎないのかもしれないって事よ。まんまとおびき寄せられた可能性すらある。」
「・・・・・・だから、ロールプレイングと?」
「そう。この事件が解決すれば、また別の所で事件が起きて・・・の繰り返し。その間に大勢の人々が犠牲になるでしょうね。本当についてないわよね、コースケ。まーた面倒な目に遭わされて。本当、私という美少女がいなければとても釣り合いの取れない最悪な人生よね。」
「本当に、自己肯定感高いなぁ・・・。」
「だから、今回の汚れ仕事は私の役目。」
そう言って、アイナは隣のベッドに横たわり、拘束されている中年男性を眺めた。
目には生気が籠っておらず、抵抗する素振りも見せない。
生きている死体、そのものだった。
「本当、《透明化》の魔具作っておいたお陰で、コースケにもバレずに拉致出来て良かったわね。」
にやけながらアイナは言う。
彼女の本質は、マッド・サイエンティスト。真実の探求の為ならば、倫理という枷すら解き放つ魔性の女である。
「―――――ここからは私の仕事よ、レーヴ。今日だけはコースケとのデートを許すわ。」
見た事も無いような、物騒な工具を取り出して、アイナは嗤う。
彼女もまた、普通の人間の枠から外れた人間の一人。目的の為ならば、手段は選ばない。
「《虚無病》って、痛みはどれくらい感じたりするのかしらね?ふふふふふ、楽しみね・・・。あーでも、コースケみたく乱暴に扱っちゃ死んじゃうし、ギリギリを責めなきゃねぇ・・・。」
レーヴは、興奮し目の色が変わったアイナに耐えきれず、部屋を出た。
勇者である経歴を除けば、価値観は何ら普通の少女と変わらないレーヴには、アイナはまごう事無き、人の理から外れた獣なのだ。
彼女もかつては、人の痛みが分からない人間だったからだ。




