第41話 詩
――――――札幌、到着。
山に囲まれた中にある街は都市と言っても差支えが無い程に栄えていた。
人は多いのに長閑である。自然と人との暮らしが両立しているように見え、まさかここで《虚無病》なるモノが発生しているとは思えなかった。
街中は当たり前にスーツ姿の大人が歩いており、ビル街は盛況している。
上空から見ても、何ら変哲の無い人の営みが展開されており、違和感があった。
本当にここで、隕石が飛来して病気が蔓延しているとでもいうのだろうか。
「――――コースケ。何処から降りる?」
レーヴが、竜の上から心配そうに下を見下ろしていた。
「・・・ああ、それ考えて無かったな。着地する場所がねーな。適当に降下するって訳にもいかないか。空に対する警戒は強いだろうし。・・・《箱庭》でも展開するか?」
「バーカ。そんな事したら敵に見つかっちゃうでしょ。一般人の眼は欺けても、吸血鬼の《箱庭》なんてすぐにバレルわよ。まぁ、もし相手が先に《箱庭》を張っていた場合は話が変わるわね。」
アイナが突っ込みを入れながら、続けて言う。
「既に《箱庭》が張られているとしたら、外からの干渉は可能って事よ。でも中から出るのは多分不可能ね。札幌に入った取材陣が揃って行方不明になったってニュースも見たわ。その線も踏まえた上で、視覚的にばれないように着地する必要がある。まぁ、《箱庭》で魔力感知されたら意味無いんだけど。」
「じゃあどうするんだアイナ。竜借りてまで空から行くって言ったのアイナだろ?」
「私は、アカシクの民よ?そんな事も想定済みよ。」
「じゃあ早く、出し惜しみすんな。さっきからこの竜、どうしたらいいか分からずにずっと雲の上旋回してんだぞ。いい加減休ませてやれよ可哀想に。」
「今日のコースケは私に当たり強いわね。」
「強くねーよつーかそろそろもう夕方じゃねーか。早くしないとホテルにチェックイン出来ねーだろ。このままじゃ野宿だ、それだけは勘弁だろ?」
「私はコースケの身体の上なら何処でも寝られるけどね?」
「何でそれを自慢げに言うんだよお前は。つーかその場合俺は地面の上で寝るハメになるじゃねーか。お前ノーダメージじゃん。ていうか、いい加減一緒に寝ようとすんな。もう俺はアイナの召使いでも何でもねーだろ。」
「頭痛、起こされたいの?」
「だからぁ――――痛ってぇ!!解決策を早く提示してくれって言ってるだけじゃねーか!!」
「そうなのね、コースケはこの豊満な身体を持つ私と一緒に寝たくないのね。はぁ~あ、こうして歳を取って、女として枯れていくのね・・・。」
「寝る寝ないの話に発展させんな。早くしろぁ痛ってぇ!!!」
「・・・はぁ・・・。何でこんな事で言い争うんだ・・・。」
レーヴは溜息をついた。
セトラと小春がいないという事は、この2人がずっと一緒にいるという事になる。
そうなれば、当然発生するしょうもない言い争い。しかもお互いが真剣に言い争うものだから、放っておけばヒートアップする。で、最後にコースケが頭痛でダウンする。
もうこの下りを、札幌につくまで100万回見た気がするのだ。
本人たちにとってはこの言い争いが死活問題のようで、お互いが頑なに譲ろうとしない。
空白の3年間を埋めるように、こんなやり取りをしているように思えると可愛いが、端から見れば物凄くしんどかった。一種のプレイをずーっと見せつけられている気分だった。
「じゃじゃーん!私の特性便利アイテム~!!」
そう言って、アイナが服のポケットからシールのような、お札のようなものを取り出した。
幾何学模様の訳の分からない模様が掛かれたお札だ。
「おっ!!待ってました姫様!!」
急に太鼓持ちを始める幸助。様子が余りにも馬鹿馬鹿しかった。
「各自、これを貼るが宜しい。」
アイナがそう言って、そのお札を配った。そして、そのお札を貼ると―――――
アイナの姿が、消えて無くなった。
「ふっふっふ。これが《透明化》する魔具よ。これでしれっと飛び降りればいいわ。」
アイナの声だけが聞こえた。
「成程。竜に貼るわけにはいかないか。帰って来たセトラを困惑させる。」
「そういう事。私達だけで、札幌に降り立つのよ。という訳で、コースケ、おぶって♡」
「て事は、《箱庭》が張られていた際のバレずに侵入ってやり方は、諦めるんだな。」
「何言ってんのよ、この魔具は魔力探知も出来なくする優れものよ。」
「さすがアイナ様天才です!出来ればもっと早くその魔具の存在を教えて欲しかったですバーカ!!じゃあ今までの会話何だったんだよオラァ!!!」
幸助がアイナの胸ぐらを掴んだ。でもその持ち方が優しかったので、アイナが幸助の手を掴み、もっと激しく掴んでいるように持ち替えさせて演技を始める。
「あぁん♡やめてぇコースケ!そんな乙女に近付いて荒い口調で責め立てるのは…ダメェ…」
「・・・近くで見ると、意外と肌荒れてんな。」
「あ?殺すぞ?」
「じゃあ、先に私は飛び降りておく。――――そうだな、あの公園で落ち合わせよう。」
一連のやりとりを見て呆れ果て、既に透明になったレーヴが、先に飛び降りた。
「――――今までありがとうな、竜。よし、行くぞ姫様。って、何処にいるんだ?」
幸助も透明になり、竜の頭を撫でた後、アイナに声を掛けた。
「ここよ。ここ。」
「うーん、この辺か?」
声の方に向かい、慎重に抱きかかえようとした。
もにゅっ。
手に変な感覚がした。掴んだ部分が、やけにやわらかい。あれ俺、今何触った?
「・・・おォん♡」
「・・・・・・うーん、まぁいいか。」
「良くないわよ!!何で触ってない事にしようとしてんのよ!!!」
「しっかり捕まってろよ!!」
幸助は、しっかりと透明なアイナを抱きかかえて、ダイブした。
「ちょ、そこ、駄目、――――――あぁぁぁぁぁん♡」
落ちながら、アイナは嬌声を上げる。
「嘘つけ!!今絶対変なとこ触ってねーだろ!!今腹辺り抱えてる筈だ!!!」
「・・・・・・そんなに私に興味ない?」
「あるわボケ!!思春期舐めんな!!!」
――――――そうして、札幌の大地に足を踏み入れたのだった。
札幌市中央区。
都会ナイズされた公園は自然と周囲のビル街と妙な調和を作っていた。
交通の便は整っており、至る所に電車の路線がある。北に行けば有名な国立大学も存在する。ここで生まれ育ち、その大学に入って就職でもすれば一生、この街から出なくても成立するんだろうなぁと思うと、少し悲しくなった。
自分達のような中途半端な地方都市では、都会に行くしか、大学生活を歩めないからだ。
確かに、木々が至る所に生えているので、自然と一体になっているといえばその通りの街なのだが、札幌は幸助が思うより人通りも多く、都会だった。まぁそれも仕方ない。
ここは、夜は別の姿があるのだ。
近くにすすきのと呼ばれる、男なら人生で1回は行ってみたい場所がある。
ぶっちゃけ、魔眼王がどうのとかより、すすきのがいったいどんな場所なのか知りたい自分が居た。異世界でも大人の世界は存在したが、そこに行く事を、師匠含め、色んな人から禁止されていて、結局行けず終いだった。
だが、今回は違う。アイナとレーヴ、彼女たちがすすきのがどんな場所なのか知る由も無い。何故なら彼女たちはこの世界をよく知らないのだ。
確か、キャバクラの意味が違うんだっけか・・・?わかんねぇ、あとでググろう。
「予定通り、中島公園に着いたわね。こっから南北線に乗れば札幌駅まで行けるけど、まぁ歩いて行けるからいいでしょ。さ、コースケ、おんぶして♡」
「・・・分かった分かった。」
「・・・あ、急いでコースケ。やっぱり走ってホテルまで行きましょう?時間の流れ的に、間にあわないかもしれないわ。」
「何でだよ。分かった分かった。」
アイナの要望に、脊髄反射でコースケがしゃがみ、アイナを背中に乗せた所で、気付く。
―――――あれ?俺より地理に詳しくない・・・?
見ると、アイナはスマホを片手に持っていた。
はーん、成程ね。流石はアカシクの民。文明の利器への適応力が高すぎる。
「・・・なぁ、アイナ。」
「なに?コースケ?」
「・・・俺が予約したホテルの場所、分かるか?」
「そんなのアプリ使えば楽勝じゃない。ていうか、アプリ無くても大丈夫よ。土地勘なら任せなさい。昨日地図そのまま暗記してきたから、今何処にいるのかとか大体分かるわ。」
「・・・・・・マジで?」
「ていうのは流石に嘘だけど。」
「嘘なんかい。」
「下調べはある程度してきたわ。暗記してきたってのは本当よ。方向音痴のコースケは、私の指示に従いなさい?そして背中で私の胸の感触を確かめて、それを活力としてこれからも生きていくのよ。」
これ無理そーだわ。多分、いや絶対無理だ。この天才を欺く方法が思い浮かばねぇ・・・。
「おっ、いたいた。やっと見つけた。この公園も広いものだな。」
そんなこんなしていると、ようやくレーヴと落ち合う事が出来た。
一方のレーヴは、世間知らずの少女然としていて、アイナのような老獪な知性を感じる事は無かった。昨日一緒に買ったピンク色の可愛らしい服を着て、きゃぴきゃぴしていた。
何だこいつ、冷静に見たらすげぇ可愛いな。かつて敵対していたとは思えねぇ・・・。
「・・・な、何だよ。ジロジロ人を見て。」レーヴが恥ずかしそうに言う。
「――――いや、ナンパとか気を付けとけよ。」
「ナンパ?」
「知らない男の人から声を掛けられて、ついていっちゃ駄目だぞ。」
「・・・ああ、そういう事か。安心しろ、私はこれでもそういう手合いは全員、力づくで突破してきた。」
「脳筋過ぎるわ。うん心配して損したわ。そういやお前は、ベンチ300難なく上げる奴だったわ。マジで心配して損した。返してくれ。」
「何をだ!?」
「さ、行くか。――――――って、久しぶりだな。って言っても、昨日だけど。」
そいつは、またも急に現れた。
魔力の風を感じて、その方向へ顔を向ける。
昨日感じたものと同じだった。
突然現れ、魔眼王がどうたら講釈を垂れてきた意味不明の権化。
黒い外套を羽織り、黒タイツを顔以外の全身に着けた、金髪と蒼髪が入り混じったような外見をした、緑色と青色のオッドアイをした少女。
「――――どうも、幸助さん。抗生なる大地の英雄、マクガフィンと申します。」
「何だその厨二臭い二つ名は。カッケーじゃねーか。で、何のようだ?」
「私に敵意を向けないんですね。意外です。」
「俺は平和主義だからな。無益な殺傷は好まない。」
「どこがよ。」レーヴが小声で突っ込んだ。
「ていうか、私は敵意むき出しなんですけど。ていうか、急いでいるから早くして頂戴。」幸助の背中からアイナが威嚇する。
「・・・まぁいいです。今日は伝えたい事があってきました。」
「伝えたい事?いっそ全部色々話してくれたら助かるんだが。」
「段階を踏まなければ、貴方は魔眼王様に勝てません。」
「あ?」
「これは試練だと思ってください。貴方が過去に命がけで相手した魔王や女帝、それら以上の力を、魔眼王様は持っています。」
「・・・お前が何でそれを知っているんだ。異世界出身じゃないだろ?」
「それはどうでしょうね。そうあなたが思っているだけでは?」
「・・・要領を得ないな。結局、何しに来たんだ。伝えたい事があるなら早く教えてくれ。早くホテル行ってチェックイン済ましたいんだ。」
「・・・・・・呑気ですねー・・・。本当に、私を警戒しないんですね。」
マクガフィンが、呆れたような表情で言う。
「セトラが言えば断言出来たんだろうが、多分お前は嘘をついていない。それは俺にも分かる。だから、言いたい事があるなら聞く。敵意を感じないから攻撃しない。ただそれだけだ。」
幸助からすれば、目を視れば明らかだった。
マクガフィンは、本気で魔眼王を殺して欲しいと思っているのだ。
理由は分からない。何故、わざわざ相手を様付けするような人物の死を願うようになったのか、想像もつかない。だが、彼女の想いや祈りは本物だ。
それで正気なのだから一層気味が悪い。アカシクの民なのだから、何かしらの面倒な事情があるに違いないと思った。
「・・・・・・ありがとうございます。」マクガフィンが頭を下げた。
「いいって。でも、寝起き襲ったりすんなよ!」
「分かってますって。そこのお姫様じゃあるまいし、幸助さんが寝る際に張る《防壁陣》を解読してまで、夜這い紛いをするつもりはありません。」
「あんた何でそれを知ってんのよ・・・!!!」アイナが図星を突かれて、憤慨した。
アイナの奇行がさらっとバラされた。本当に何者なんだ、こいつ・・・?
「だから、貴方に私の詩を捧げます。」マクガフィンが、恥ずかしそうに言う。
「・・・詩・・・?」
「私の渾身の詩です。聞いてください。」
そう言って、マクガフィンは、意味深な言葉を並べた詩を歌った。
置いていくなよ、我々を。
去っていくなよ、永遠に。
我らは君たちの罪。
君たちは我らの夢。
泡沫に消えゆく慕情は捨てて行け。
跡さえ消えゆく使者に祈りと鮮血を。
「・・・それじゃあ、矛盾なる異邦者を見事、打倒して下さいませ。今度は、期待していますよ。」
―――――そう言って、マクガフィンは、黒い外套を羽織ると同時に、一瞬で消えていった。




