第40話 帰還
「・・・・・・あれ・・・・・・・?」
蒼色に染まった髪、緑に変わった瞳となった小春は、目を醒ました。
目の前には、やけに整った顔をした黒髪イケメンの男性と、セトラと、薬屋の前にいた娘が、私を見ていた。
――――――あれから、私は・・・・あれ、何をしたんだっけ・・・・?
記憶が無い。確か、幻獣の力を借りようとして――――――――――
「――――お前はアカシクの民の鍵となる存在。呪いのせいで、死ねなくて残念だったな。」
頭の中で、そんな声がした。
そうだ。私は、暴走して、それで、セトラさんに殺して欲しかったんだ。
あのよく分からない幻獣の力を借りた時に、変な記憶が混ざって、それで――――――
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
そうだ、全てを思い出した。
私はアカシクの民。いずれ文明の復興の為に、死ぬ為に生まれた鍵だ。
名前は、マキア。そう、私は、日本人でも何でもなくて、忌むべき存在。
世界を破滅に導いてしまう、存在自体が悪で――――――――――――
「・・・セトラさん!!今すぐ私を、殺して下さい――――――!!!!」
マキアは叫ぶ。願うは死による救済。
だが、それさえ叶わない事は、マキアも、そしてセトラも知っている。
3年前、アイナ姫は城から飛び降り、自殺を図った。
それは皆が寝静まった夜に、衝動的に、そして計画的に行われた。
幸助が異世界から姿を消し、失恋と罪悪感の行き場を無くした果てに、幸助を真似ての行為だった。無意識に身体を魔力強化しないように、開発した自分自身だけの魔力を無効にするネックレスをつけて、確実に死ねるように、頭から飛び込んだ。
――――――結果、アイナは死ねなかった。
いや、死んだのは事実だ。だが、すぐに負傷部分の身体が再生し、元に戻ったのだ。
―――――そう、アカシクの民に刻まれた紋章は、無駄な死を許さない。
それは、アカシクの民の呪いでもあり、生存戦略の一つでもあった。
彼らは子を産むと、死ぬ。それはアイナの母親が証明している。
次の世代に受け継ぐまでは、死ねない。
「・・・・・・落ち着け、小春。」
「落ち着けられないです!!私は、生きてちゃ駄目なんです!!!今回の事態も、全部私のせいです!!」
「死んだら、コースケが悲しむ。死にたいなんて言っちゃ駄目だ。暴走したお前を殺そうとした私が言うのも何だけど、自分から死にたいなんて言わないで欲しい。」
「・・・・・・分かりました。落ち着きます。」
過呼吸になり、頭が真っ白になっていたが、頭の中に幸助を思い浮かべると、死にたいという気持ちが一瞬、消えた。
自分がもう、小春なのかマキアなのかも分からない。ただ、どちらの自分も、幸助の事を思うと、不思議と心が軽くなった。
「・・・似てるよ、やっぱり。アイナと小春は、似ている。」
セトラが呟く。アカシクの民という共通点が無くても、一人の男を思うだけで心が乱れたり、落ち着いたりする様子は一緒だ。そんなところは変に年頃の少女らしい。
「・・・・・・私は、失敗しました。ごめんなさい。皆様に、迷惑を掛けました。」
小春は立ち上がり、深々と頭を下げた。
力を扱いきれなかったのは事実だ。私は何も、出来なかった。
「いいんだよ、小春。こういうのは少しずつ強くなる方がいいんだ。焦らなくていい。」
セトラの励ましの言葉に耐えられなくなって、小春は涙を浮かべた。
震える小春の身体を、セトラは抱きかかえて慰める。
「・・・焦りますよ。私、皆の役に立ちたくて・・・。」
「無理するとロクな事にならない。それが分かればいい。」
「・・・強いですね、セトラさんは・・・。」
「まずは段階を踏もう。私が練習に付きあってやるから、今度はいきなり無茶するな。」
「・・・・・・はい・・・・・・。」
―――――――強くあろうとするのは、正しい。
いずれ魔眼王と呼ばれる者の勢力が増せば増すほど、戦いは免れられない。いずれ小春もこうなる事ぐらいは、セトラも分かってはいた。
強さへの渇望を望む人間は少なくない。それは適者生存が当たり前の世界では当然の思想だ。弱者を蹴落とさなければ成り立たない世界において、強さとは生きる力なのだ。
やがて、その血にまみれた循環の中で、道を踏み外す者も少なくない。
幸助だってそうだし、アイナ姫だってそうなろうとした。
だが、人外に身を落とす事は、同時に何かを失うという事でもある。
それをよく、セトラは知っている。
今回は、運よく何も失わずに済んだだけで、全てが上手く嚙み合っていなければ、誰かが命を落としていた。そんな危険な状態だった。
しかも、知らなくていい事まで、小春は思い出してしまった。
無力は罪だ、と、幸助の師匠であるスレイヤーはよく言っていた。言葉は確かにその通りなのかもしれないが、そんな割り切った思想で甘えの余白すら許さないのは、余りにも救いが無さすぎるように思う。
これは、小春にとって本当に正しい選択だったのだろうか。
もっと他の道があったのでは?
それは、これからずっと後悔しなければならない一生の課題だろう。
「・・・・・・小春、色々分かった事がある。一刻も早く、向こうの世界に行こう。」
「・・・札幌に行くのね?」
「ああ。やりたくは無いが、レーヴを見張らなければいけない。」
「・・・・・・え?」
「敵の実態が分からなすぎるんだ。絶対に違うとは言い切れない。早く戻ろう。」
――――――そして、セトラは外に出て、龍の姿に戻り、小春を背に乗せる。
「じゃあなゼノン。次は殺されんなよ。」
セトラは、最後に悪態をついた。
「お前こそ。俺のような影には気を付けろ。」
「てめーはハナから敵じゃねーよ。グレイシア、またな。」
そう言って、セトラは、黄色い龍グレイシアの頭を撫でた後、飛び立った。
2人の異世界の旅は、新たな謎を残したまま終わりを迎えた。
小春はマキアとしての人格が芽生え、記憶を取り戻し、アカシクの民となった。
宵闇龍ゼノンの襲撃、勇者剣ガイアに似た魔装具を扱う影の者、黒騎士の暴走。
そのどれもが、魔眼王と呼ばれる存在に関連した事項とは言い難かった。
何故、全てが終わった後の平和が約束された筈の世界で、こんな事が起きてしまうのかが、セトラは不思議でならなかった。
次、札幌に戻ります。




