第36話 黒騎士の暴走
――――――幻獣・ブラックナイト。
黒い水晶のような形をしたその怪物は、生物的な要素が一つも見当たらない外見をしていた。宙に浮き、《箱庭》を展開するその存在は、異世界では未来の使者とも呼ばれており、発見報告すらロクに無いので、まさに幻の存在だった。
だがある時、ブラックナイトの死骸がエーレ海岸沿いで発見され、回収された際に成分分析・および因子解析をした所、幻獣因子が組み込まれた生物である事が判明した。
口も無く、耳も無く、目も無いし鼻も無い。何を食べて、エネルギーを得ているのかも分からないそれは、生物と判定するにはあまりにも機械的で、理に反していた。よって、学者たちはこれを半生命として分類し、幻獣として登録した。
一部では、この幻獣はアカシクの民が遺したモノでは無いかという議論が巻き起こる程、ブラックナイトと呼ばれる存在は未知の生命であった。
体長は小さく、30cmと小柄ながらに、その身体には膨大な魔力を有しており、幻獣が持つ《箱庭》を常に展開しており、捕獲する事は不可能とされている。水晶の如き身体は世界にあるどの鉱物よりも硬いと言われており、傷をつける事すら困難だった。
そんな異世界でも不可解な存在として認知されているブラックナイトと、小春は境目の存在となってしまった。
―――――数ある幻獣の中でも、この幻獣と適合してしまったのは奇跡としか、言い難かった。
小春の魔装防具の上を覆うように、更に黒い外殻が形成されていく。漆黒のように吸い込まれそうな色をしたそれは、物理的な攻撃を一切受け付けないような、機械的なデザインになっていく。力に呑み込まれていくように、小春の身体を覆い、蝕んでいく―――――。
「――――避けろォッ!!!」
セトラは、小春では無く、突進してくる龍に向けて言い放った。
小春の尋常では無い様子に、かつての龍王アークの子供かもしれない龍に危険が及ぶ可能性が高いと感じたのだ。
幻獣・ブラックナイトは、悠久を生きる龍のセトラでさえ、訳の分からない生物だった。
よりにもよって、こいつを引き当てるなんて、とセトラは思った。
小春の周囲に、半径10メートルに掛けて円状の空間が形成される。世界さえも塗り替える《箱庭》だ。ブラックナイトが《箱庭》にもたらす概念は、停滞。ブラックナイトが展開する《箱庭》内の空間は全て、動きが極端に遅く設定される。つまり、それは、あの《箱庭》に入った途端、速度が落ちる事を意味する。
ブラックナイトを捕獲するために挑んだ冒険者の死因の多くが、餓死だった。
理由は、ブラックナイトに近づけば近付く程、時間が停止するように身体が全く動かなくなるからだ。《箱庭》内のブラックナイトに近ければ近い程、身体が《固定》されてしまうのだ。そのまま、何も動く事すら出来なくなり、完全に《固定》されてしまえば、その効果は《箱庭》外にブラックナイトが移動しても、死ぬまで持続する。結果、捕獲はおろか触れる事すら敵わず死に至るケースが多発した。
なので、ブラックナイトを見たら、まず逃げる。これが異世界の常識だった。
だがセトラの叫びは虚しく、龍には届かない。そのまま、変わり果てた黒騎士に突っ込んだ。
セトラは、初めてブラックナイトの《箱庭》に突入し、生物の動きが次第に停滞していく様子を目撃した。
音速を越えていた速さの龍が、ゆっくりと、黒騎士に近づくにつれ、遅くなっていく。
《箱庭》は、物理法則といった概念を超越した世界。《反転鏡界》内では色を失っているように、黒騎士が展開するそれは重力すら無視していた。
――――――そして、黒騎士に触れる1m程前方で、完全に動きが止まった。
恐るべき力だ。セトラは戦慄する。
幾ら《箱庭》が概念さえ歪む領域だとしても、他者を侵食する能力が余りにも強過ぎる。
人と幻獣の混ざり物ならまだしも、実態も不明なブラックナイトと人間が融合してしまえばこんなにも恐ろしい力になるのかと、セトラは思った。
黒騎士の《箱庭》は、幻獣が有する《箱庭》の中でも直接攻撃を示す能力では無い。
自衛する為の能力にしては、やっている事が凶悪過ぎる。
「―――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
黒騎士が雄叫びを上げる。頭を抱えて泣き叫び、獣欲に呑み込まれた小春に、正気は既に無いように思えた。
もはや完全に停止したその龍に近づいていく。幻獣と人との怪物になった彼女を見て、黄色の龍は表情に恐怖の色を浮かべた。
黄色の龍の頭に過ったのは、死のイメージだった。己の残酷な最期が頭に浮かぶ。
黒騎士は、時間が経つに連れて変化していった。身体を覆っていた黒い外殻が、まるで意思を持ったように、形を変えていく。身体を覆うかぎ爪のような形になり、明らかな殺意を伴った外見に成り果てていった。
――――――セトラは、覚悟を決めた。小春はもう、駄目だ。
セトラは、黒騎士から感じる混沌とした精神に、小春がいない事に気付いたのだ。
もう完全に、力に呑み込まれてしまっている。
・・・・・・すまん、コースケ。これはもう、生かしておけない。
セトラは、龍の姿のまま、体表の鱗を剝ぎ始めた。すると、その鱗が形を変え、竜へと姿を変える。
一瞬の内に、セトラは15体の竜を生成した。そして、龍を黒騎士の元へと一斉に飛ばす。
《箱庭》の中に、竜を詰め込んでいく。
更にセトラは竜を生成しながら、攻撃準備の為に、共に上空へ飛び上がった。
《箱庭》で次第に停滞していく竜が最初にした行動は、黒騎士の近くへ行き、止まってしまった黄色の龍を引きずり出す事だった。竜が龍の尻尾を噛んで連結し、全員で《箱庭》の外に出すように協力する。
――――一方、セトラが高度1000メートル付近に到達した所で、黒騎士の叫び声が止んだのが分かった。
――――――閃光が走った。それはさっき見た、《煌星夢幻弓》の矢の光だった。
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