第35話 そして小春は人間を辞めた
「よし!!上出来だ小春!!このまま気を抜くな!!まだ何かあるかもしれない!!」
「い、今のはたまたま上手くいっただけだって!!2回も出来ないって!!」
「いーやお前は出来るね。」
「もう!!それより何でワイバーンが!?」
「・・・2体しか出せない程弱ってるって事だ。本来なら束になって襲い掛かってくるところが、これで最後か・・・。・・・ん?掴まれ小春ッ!!!」
セトラが前方から、途轍もない速度で何かが迫っているのを感じた。
まるでステルス戦闘機。音を置き去りにした何かが、来ている。
セトラは即座に上昇する。一直線にやってきた何かを避ける。
―――――それは、龍だった。まだ子供だが、その風貌は紛れも無く、龍そのものだった。
体表が黄色いその龍は、かつての龍王の面影を残していた。
―――――そう、薬屋にいた女の子だ。
龍王アークは、龍の中でも飛行速度が群を抜いていた。自らを硬化し突進するだけで、地面にクレーターが空いて衝撃波を起こす威力を持っていた。それに加えて、自らの眷属である竜にも同様の措置を施して、集団で突進する技等、多種多芸な力の持ち主だった。
やはり特筆すべきはその速度だ。誰よりも早く、彼に攻撃を当てた者はいないとも言われている。
「・・・アブねぇっ!!!」
間一髪でセトラは避ける事に成功した。
「ねぇ、セトラ今の!?」
必死に背中にしがみつく小春が、体勢を立て直しながら、言った。
「・・・弓、引いていいの?」
「駄目だ!!」
《煌星夢幻弓》は、狙ったモノに必中する最強の弓だ。加えて、その矢は対象の命を奪うまで貫き続ける。まだ幼い龍に撃つにしては危険すぎた。
「あれは殺せない!!何とか、話し合わないと―――――!!」
「・・・そうだ、セトラ、《洗脳》よ!!今こそ使うべきだって!!」
「分かってる、けど――――アブねぇっ!!!」
再度突っ込んできた黄色の龍を避ける。流石にセトラは歴戦の戦士であり、2度同じ攻撃は通じない。
「龍の魔力耐性なら《洗脳》は無理だ!!せめて触れて、眠らせるぐらいしか――――!!」
「・・・・・・ねぇセトラ。私足手まといになる気は無いの。」
「はぁ!?何言って――――」
「私が囮になるわ。触れたら、いけるんでしょ?」
「危険だ!!幾らその魔装具が丈夫だからって―――――」
「・・・昨日ね、アイナさんに薬を貰ったの。身体が強化される薬。幸助君程じゃないけど、頑丈になれるんだって。」
「は?」
「だから、大丈夫。私はもう、守られるだけじゃない。」
セトラは、それを聞いて、嫌な予感がした。
アイナ姫はアカシクの民の末裔。常軌を逸した天才である。だが同時に、危険人物でもある。
幸助を人間に戻したのは他でもない彼女の功績だ。しかし、その過程でとんでもない代物を作っていたのを知っている。
一時期、アイナは、幸助と同じく、吸血鬼になろうとしていた。冗談では無く本気で、人間をやめようとしていた時期があった。
その原因は、自らの実力不足と、幸助に対する罪悪感だった。
力を求めて強くなろうとすると、必ず代償が伴う。それをよく、セトラは知っている。
「絶対使うな。」
「ごめん、もう使ったの。」
「はぁ!?」
「・・・ふふっ、思わなかった?昨日までちょっとした光しか放てなかったのに、今日は完璧に成功したでしょ?」
「・・・ズルしてたってのか。」
「ごめんセトラ、私はもう間違えたくないのよ。」
「もう間違えてんだよ馬鹿・・・。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――――――小春は、昨日の会話を思い出す。
「――――え?本気で言ってるのかしら、小春さん?」
「はい。私を、幸助君やレーヴさんみたいに出来ないですか?」
アイナは、小春の眼を見て、恐怖を覚えた。
瞳孔が開き、深く黒い吸い込まれるような瞳で、小春はアイナを見ていた。アイナからすれば、その眼は狂気さえ感じた。遊び半分の提案ではなく、覚悟が決まっている。
「これでも私、結構合理的に考えて出した結論として、お願いしています。アイナさんなら、この無理難題が可能なんじゃないかって。」
「ちょ、ちょっと待って。よりにもよって、貴方みたいな娘が言うの!?」
「力を持った存在に対抗出来る力が欲しいんです。恐らく、このままじゃ私は皆の足を引っ張って、死にます。それに、この先何があるか分かりません。」
「・・・・・・いやいや。無理よ無理。私にこれ以上罪を重ねさせないで。」
「罪?」
「・・・ほら、私がコースケを・・・。」
「好きな人の為なら何でもしたいって、そんなに変ですか?」
「変よ。受け入れがたい価値観だわ。この世界の人間がわざわざ道を踏み外してまでやる事じゃない。そもそも、私のようにコースケみたいな化物に魅入られたらお終いよ。」
「彼は何も変わっていません。そういう所が、好きなんです。」
「・・・・・・本気の本気で言ってるの?」
「はい。私を、化物みたいに強くして下さい。手段は選びません。お願いします。」
小春のあまりにも真っすぐな思いに、アイナは折れた。
「―――――はい。このカプセルを飲むだけで、貴方はもう立派な化物よ。」
アイナは、小春にカプセルを渡した。
何ら変哲の無い薬に見えた。
「これはね、幻獣の因子が詰まったカプセルよ。」
「・・・幻獣・・・?」小春は、頭にはてなマークが浮かんだ。
「幻獣っていうのは、異世界で恐れられた化物の事よ。例えば、セトラの龍や、まぁあれは正確には魔族だけど、コースケの吸血鬼も、広義的な意味での幻獣よ。幻獣には、特有の因子があって、その因子が人間と適合すると、幻獣と人の境目の存在に変異する可能性がある。ただし、これには適正があるから、飲んでも何もならない可能性もある。私は以前、自分に試したけど何にもならなかったわ。現状、ただの人間が化物になる方法はこれしかない。ぶっちゃけ、才能がいるわ。」
「いただきます。」
小春は即座に呑み込んだ。
「うわぁまだ完全に説明出来て無いのに!!この因子を取り込んで成功した場合は意識が無くなって、マウス実験では5時間ほどの昏睡状態に――――――」
――――――そこで、小春の意識は途絶えたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
小春は迷いなく、装備している魔装防具を展開する。
身体が幻獣に近くなった事で、魔力の扱いも格段に上昇した実感があった。身体の中に新たな回路が巡った感覚がある。隅々に燃料が行渡る感じが身体にあった。
小春は、セトラの背を離れ、脚部の噴出機構に魔力を流した。少し制御が拙いが、空中に浮き、飛ぶ事に成功する。以前では考えられなかった事が簡単に出来ている。
「おい!!やめとけ!!」セトラが警告した。
黄色に輝く龍が迫る。それは小春に目掛けて突進していた。喰らえば一たまりも無い。
・・・・・・が、小春にはもう恐怖心は無かった。
思えば、守られてばかりだった。ここ数日の濃密な日々は、自分の力不足を痛感させられた。
異世界の色んな違法な力は、小春の眼に眩しく映った。
このまま一生、誰かに守られて死んでいくのは、嫌だった。
混沌としていく世界の中で、何も決断出来ずに死ぬのは、もっと嫌だった。
簡単に人間を辞める決断をした少女の覚悟は、誰よりも重かった。
無力な自分をこれ以上呪うのなら、人としての尊厳は必要無いとまで感じた。
そう感じさせたのは、自分が自殺を助けられなかった、幸助の存在が大きかった。
いつも脳裏に浮かんだのは、夜の教室から見た、学校の屋上から落ちていくあの人の姿だった。
あんな悪夢はもう見たくも無い。彼をもっと早く助けられたら、こんな事態にならずに済んだのかもしれないのに。
―――――少しでいい。人を守れる位の力が欲しかった。心で思うだけじゃ正義は為されない。時には暴力的な力も行使出来る位の力が無いと、現実には抗えない。
だから、私はもう、人じゃなくてもいい。
お父さんお母さん、ごめんなさい。
――――――次の瞬間、小春は、光に包まれた。身体が変容していく。
人と幻獣の狭間の存在となった彼女が望んだのは、異世界の彼らと同じく違法な力だった。




