第3話 遅刻を恐れた結果
―――――――――次の日。
俺は何事も無かったかのように家を出た。
「行ってきまーす!」
「はーい、行ってらっしゃいー。」
「やべぇ、遅刻するかも・・・・。」
何年間も異世界にいたせいで、学校の授業についていけるか不安だった俺は、夜遅くまで復習をしていた。幸い学力がそんなに低い方では無かったのだが、何年と過ごした異世界生活のせいで勉強していた科目の知識を完全に忘却してしまっていた。数学の公式、英単語、その他諸々の事前知識を必要とする科目がごっそり頭から抜け落ちていたのだ。
その結果、寝坊する羽目になってしまった。
「マジで間に合うかな・・・。」
時速50キロのスピードで走る。自転車を追い越し、車と同じ速度になる。安全を考慮して、いつでもストップできる速さの限度がこれくらいだ。それ以上は止まる時に慣性が働いてしまう。いや別に50キロで走っても止まる時は慣性が働くのだが、自力で急停止出来るのがこの速度なのだ。流石に魔法を使って空を飛ぶ訳にはいかないし・・・。
そんな事より、遅刻したくなかった。今、俺はクラスで虐められている。
その事実だけは、異世界に行っていようが変わらない。冷ややかな目線で見られるのは確かだ。ならば、尚更、遅刻する訳にはいかない―――――――――――――!!!!!
「ねぇ、この前さ、千佳が別れて泣いてた奴、あれ松木が股かけてたって!」
「えー、マジ!?あいつたらし、最低―!!」
前方に女子高生の集団が横に広がり、道を占拠していた。通れない、が――――!!!
幸助は脚に力を溜めた。そして大きく、跳躍する。
女子高生の集団の頭上を遥か越え、着地しまた走り出す。
「え、何今の」
「忍者・・・?」
あっけに取られた女子高生集団をよそに、再び時速50キロのペースで走り始めた。
遂に車の速度を超える。登校する学生集団達の分け目を縫うように抜けていく。
幸助の通った道から突風が巻き起こり、女子高生たちのスカートが巻き上がった。
「きゃあっ!」
「今の、何よもう!?」
女子高生のパンツがお目見えだ。
「・・・なんだ、今の!?」
「俺たちは眼福だが・・・うむ、感謝、だな。」
眼鏡をした男子高校生が、眼鏡をクイっと上げながら、神風を起こした幸助に感謝した。
だが、当の本人は何も気にしていないし、気付いてもいない。
背後で何が起こっているかもわかっていない。
今、幸助は思考を走りに集中しきっていた。事故を起こさないように、遅刻しないように、目立たないように。その注意している半分以上の項目が全く達成されていない事すら、今は本当に何も分かっていない。
彼は、目立ち過ぎていた。筋骨隆々とした傷だらけの男が、時速50キロ以上で走る状態で目立たない訳がない。
―――――そして、1分と掛からずに、県立青柳高校に辿り着いた。
ここで、幸助は気づく。
――――――――あれ、俺遅刻してなくね?――――と。
校門は解放されていた。教師が校門の前に立ち、生徒に挨拶している。
まだ全然間に合っている。
ここで幸助は気づく。家を出る前は10分しか猶予が残されていなかった。だから計算しても時速50キロ程度で走ればギリギリ間に合うと踏んで、ここまで走ってきた。
だが、車を追い越し始めた辺りから気付くべきだった。
完全に速度の調整をミスしていたのだ。時速50キロが自分の中で許される限度であった。それ以上は人としてのラインを超えており、事故の可能性も誘発し、制御も効かないだろうと思っていた。
だが、実際はその倍以上出ていた事になる。
久しぶりの学校登校という緊張感、虐められていた自分の立ち回りをどうしようかと悩む杞憂、遅刻してはいけないという焦り、そして幸助の持つうっかりさん要素その全てが、今回のような事態を招いた結果になった。
――――――こんなの、暴走運転と何ら変わらない――――――!!!
――――――――やり過ぎたッ――――――――――――――!!!!!
幸助は自己嫌悪に浸ると同時に、大量の冷汗が垂れてきた。今頃きっと、噂になっているに違いない。
今思い出す限りでも、滅茶苦茶な事をやっていた。まず、女子高生の頭上を越える跳躍は幾ら何でもやり過ぎた。また別の道を使うべきだった。登校路がルーティーン化され、その癖でいつもの道以外に考えられなかった自分の思慮の浅さに絶望する。
―――――――俺、アホ過ぎるッ――――――――――!!!!!!!
そして極めつけは、歩道で爆速を出していた事だ。
俺に至ってそんな事はありえないが、もし爆速中に誰か人とぶつかっていたらと思うと寒気がする。幸い回復魔法やスキルは習得済みだから怪我したとしても何とかなるが、この発想自体が危険極まりなかった。もし怪我したら魔法で直せばいいだなんて異世界の常識をこっちに持ってくるのは、アホだとしか言えない。よくも悪くも、異世界に染まり過ぎている事をここで自覚する。
―――――――――――全部、ミスった・・・・・・。
そう、行動すべてが間違っていたのだ。
何が目立たないようにしよう、だ。まず前提として時速50キロで走ってみよう!じゃねぇんだよ、そこがおかしいんだよ・・・・。この世界にそんな人間いねぇんだよ・・・。
色々気付くタイミングとして遅すぎた。
本当に、異世界に染まり過ぎた。よし、決めた。これからはもっと行動を自制しよう・・・。
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1―B。ここが幸助のクラスだった。
入るかどうか少し迷った。4日前に自殺を試みた人間が、再び学校に登校してくるなんて誰も思わないだろう。
でも、自分はやるしか無いのだ。
魔王が去り救われた異世界に残るという選択肢を捨てたという事は、そういう事なのだ。
あの女勇者に自分の功績を譲ってまで、異世界から離れる選択肢を選んだ。
この世界で生きるしかない。これくらいの障壁なら、異世界で何度も超えてきた。
扉を開ける。
予想通り、クラス全員が俺の方を見た。
視線が刺さる。困惑や拒絶、恐怖。色んな感情が一気に突き刺さる。
4日前に死にかけている人間が、こうも当たり前に豹変して帰って来たのだ。
自分の机の上に、花瓶が立っていた。水は入っておらず、触るとそれは鈴蘭の造花だった。
その花瓶も割れた跡がある。多分、伊藤達が倒して遊んだのだろう。元に戻っているのは誰かのおかげか。大体、心当たりはついている。
何故なら、小鳥遊小春がずっと、俺を信じられないといった目線を向けていたからだ。
そりゃそうだろう。だって今俺、ほぼ上半身裸なんだもん。
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