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おはよう世界、さよなら異世界  作者: キャピキャピ次郎☆珍矛
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第102話 滅びゆく結末に抵抗せよ

 私はあの日の事をいつまでも覚えている。

 あれは、幸助が中学生になったばかりの頃だった。

 貴方は誰よりも正義感が強かった。

 でも、タチが悪い事に、貴方は誰よりも強かった。そういったように造られた存在だから、仕方無いのだけれど。異世界ベータ基準の肉体は、この世界アルファではオーバースペックであるのは、真実を知っている者ならば誰でも分かる。

 どんなに屈強そうな相手でも、幸助は果敢に挑んでいった。誰かが人知れず悪意に傷付いているのは見過ごせない清らかな精神は、その身体と相性が良かった。

 まさか、「夜うるさくて眠れない」っていう理由だけで、暴走族を壊滅させたのは肝が冷えた。あまりにも単純明快な理由過ぎるから、いつか社会と自分との折り合いがつかなくなるのでは、と心配した。

 でも、それは杞憂だった。

 天領と呼ばれるヒタの地にて、風営法は厳しく取締られている。その為、ティーンエイジャーの売春が街の水面下で盛んに行われていた。それによるリベンジポルノ、斡旋ビジネスを行っていた反グレの輩が暴走族と兼ねられていた。

 幸助が憤り、行動した本当の理由はそれらしい。泣き寝入りする被害者の行く末を案じて、独善で私刑を実行した。最も相手のプライドが傷付く方法で、何の武器も持たずに戦い、再起不能にしたのだ。


 この街の抑止力として、自分がいれば平和になる。


 思い上がりを実現する腕っぷしは持っていた。

 その日、幸助は何食わぬ顔をして帰宅した。額に皮膚が少し裂けたような傷があったから、「どうしたの?」と聞くと、「転んで擦りむいた。」と言うだけで、何も口を開かなかった。

 後日、私はその事件の顛末を知る事になった。

 西九州新聞の表紙一面に、デカデカと「反グレ壊滅 正体不明の学生による犯行か」と書かれていた。

 「反社会的グループ《卍罪惨傷》の構成員43人が重軽傷を負い、幹部の5人が意識不明の重体として、病院に搬送される。一部取り調べによると、犯行に及んだとされる男はネックウォーマーで顔を覆っており、凶器を持たずに次々と構成員を素手で倒していったようだ。」と、書かれていた。

 その噂は街ですぐに持ちきりとなる。だが、紙面の情報をそのまま鵜呑みにする者は殆ど居なかった。一部ネット上で盛り上がったが、あまりにも非現実的である事・グループ内の内部抗争があったのではと、結局は情報を錯綜させる為の証言だとの結論になった。

 だが、幸助の事を知っているごく一部の身内には、それが誰による蛮行なのか確信を持っていた。


 根も葉もないような真実が学校という閉塞したコミュニティで共有されていき、幸助は自然と畏れられる存在となってしまった。彼が廊下を歩くと、自然と皆が避けるように道を開ける。

 それは街中でも同じだった。彼の噂を知っている者は、彼を同じように畏れ、慄いた。なにせ、多人数の大人を相手にしても、ほぼ無傷で生還し叩きのめしたのだ。怖がるのは当たり前の反応である。


 遂には警察からも目を付けられた。


 ーーーだけど、貴方は全く変わらなかった。何にも、変わってない。人助けはやめなかったし、それを自ら公表するような事もしなかった。無償の施しが真の善意であり当たり前の行為であると本気で思っている所が、私のように薄汚い人間にはひどく眩しく映った。その度に思ったよ。


 嗚呼、やっぱり血が繋がってないんだな、って。


 残酷だよね。そんな事、思わなくてもいいのに。なんで比較しちゃうのかしらね。


 私に子供なんていないのに。


 ・・・?

 もう何が本当なのか分からないな。

 嘘をつきすぎた。


 つくづく思う。幸助、貴方は普通じゃない。肉体とかの問題では無く、精神面が明らかに常軌を逸している。ナチュラルボーンよ。それを実現する力がその身にあったとしても、普通ならそうは思わない。行動しない。だって、もし失敗したら怖いもの。

 一度決めてしまった事は、衝動に突き動かされるまでに愚直な道を進む。やろうと思っても、普通は出来ないものよ。



 だから、貴方を自殺に追い込むのは簡単だった。



 【造物ほど美しく、本物ほど空虚】



 「《遍く星々の葬列よーーー》」


 闇の天蓋から降り注ぐ隕石に対し、幸助は《鬼血術》を使うまでも無く、己の身体強化のみで、拳をふるい弾いていく。

 ーーー瞬間、空を覆い尽くす程と想定可能な隕石が落ちてくる。本来の地球ならば生態系を壊しかねない隕石である。近付いてくるだけで細胞が痺れるような感覚になる。

 死の凶星である。《箱庭》内で完結する現象で良かったと心から思った。

 幸助は、楽しくなっていた。

 

 「《真創具顕現リクリエイト虚魔幻刀ブレイヴォイドアライズメメント》」


 魔剣使いブラッドの剣と、魔王の槍を冒涜するように《融合》させる。魔と虚の力が織り混ざった日本刀の如き光沢を放つ妖刀は、起源という過去の事象を改竄し、新たに現世へと降臨する世界の異物である。贋物と贋物を掛け合わせた故の本物。

 幸助の手には、よく馴染む。


 一振りしただけだった。


 《真創具顕現リクリエイト》は掛け算である。単なる足し算に留まらない。


 虚無と魔。似た概念の重なりが更なる破壊を生むのだ。


 超体積を誇る隕石は、一瞬で粉々に切り刻まれた。スキルなど一切使用していない。ただ、魔装具のスペックを押し上げただけで、《箱庭》の万死に至る現象にすら対抗が出来る。

 使い手の力すらも魔装具に込めて創り上げるその力は、吸血鬼の力とは大きくかけ離れたく幸助自身の力である。

 即席の対応でも、勇帝インフェルノの固有スキルを軽々と上回ってしまう。最大値と思われた隕石による物理攻撃すらも、幸助は簡単に乗り越えた。


 だが、幸助の心境は穏やかでは無い。

 怒りとは違う、虚しさが心を埋め尽くしていく。



 ーーーー母さん。

 噺なんてするなよ。

 もっと話すべき事があった筈だろ。

 僕達は、世界に一つの親子なんだから。


 何なんだよ、その力。

 その力があれば、どうにでも出来たんじゃないのか。


 轟音、爆炎の中、吸血鬼はただ一人生き残る。

 しぶとく生き残る。誰よりも自らの死を望み続け、それでもまだ余裕を持って生き存える。戦う以上、大幅に手を抜くような馬鹿な真似はしない。それでも、これなのだ。 

 ここまで強くなる必要は無かったと、そう思える。全てが蛇足だ。僕の全てを捧げた凄瞬せいしゅんは、とうの昔に終わっている。


 「母さん・・・。」幸助は、自然と目から涙が溢れる。

 「《余興は終わり。》」

 「じゃあ、なんであの日、俺が病院から目覚めた時」

 「《降れよ、降りしきれ寂寥の雨よ》」

 「貴女は泣いたんだ!!」


 一瞬、噺家の動きが止まる。

 が、狂乱の権化となった語り手の暴走は止まらなかった。頬に流れる一線の雨がせめてもの人間性を残しているようだった。


 「《理は循環を示し、アルカナは運命を示す》」

 「《誰よりも望むのは身勝手な祈り》」

 「《血に堕ちた神の名残と邂逅》」

 「《全ての始まりはアカシクにあった》」

 「《でも、全てに終わりがある》」

 「《泡沫、揺籠の中で猛獣を飼ったのです》」

 「《それが私の生きた意味》」 


 「《ダカラスベテコワシマショウ》」

 「《コンセキスラアトカタモナク》」

 「《アベル、レン、コースケ》」

 「《ダイジナヒトヨ、ワタシノオモイデニ》」


 「母さん。持って来たよ。」

 身体に烙印を走らせる噺家に、眼鏡を掛けた青年が駆け寄る。

 そして、大事そうに持っている大量の血が染みたブルーシートを噺家に優しく被せた。


 「芳賀・・・何だよそれ。」

 幸助は芳賀に訊く。

 「母さんは罪を忘れた訳では無いよ。それだけは君も覚えてくれ幸助。」

 芳賀は、応えるとまるで役割を終えたかのように、満足そうな笑みを口元に浮かべて、消えていった。


 噺家は、今なお血が滴り続けるブルーシートを羽織り、張り扇を開いて、影の隙間から顔を覗かせる。 

 まるで人間を象徴するような悪意が表情に張り付いていた。張り裂けそうに口元を開き、頬を伝うように血が流れ続けている。


 「《血が、繋がってなくてよかった。貴方が私に似ると、私はここまで愛せなかったかもしれないから。》」


 「ーーーそんな事、言わないでくれよ!!!」


 「もう遅い。ごめんね、幸助。私の最高傑作なら、私を越えて。」


 「・・・。」


 その言葉の真意が、幸助にはようやく分かった。

 これほどの能力・実力者ならば、既に東京の異変に感じている筈だ。マクガフィンから受け取った情報が正しければ、東京は聖杯の儀の舞台となる。

 ならば、願いがあるなら、聖杯に頼ればいい。IAと呼ばれた伝説の破練師スランバーならば、聖杯の儀を勝ち抜くのは訳ない。


 それをしないというのは、そういう事なのだ。


 「母さん。血は繋がってないかもしれないけど、俺たちは確かに似てる。」

 「どういうところが?」

 「未練たらしくところ。」


 「・・・ふふっ。《全ては滅びに帰結する。》」


 一瞬だけ見せた母の笑顔が、僕の師匠に似ていた。


 劇場が破れていく。血が流れていく。それは《箱庭》の終わりを示している。が、幸助は異常を感じた。

 ただ、《箱庭》が自壊するのでは無い。これは、《箱庭》が変異しているのだ。

 全ての嘘が事実になる《箱庭》。

 だが、そのついた嘘の全てを幸助は打ち砕いた。ならば、最後の手段は新たな《箱庭》である。


 幸助は、自らの《箱庭》を展開し塗り替える事すら可能だった。だが、そうはしない。   

 幸助は、母の全てを受け止めてみたかった。

 《箱庭》は心象の具現でもある。

 だから、全てが終わるその時までに、自分の目で判断できる記憶を貯蔵したかった。

 まだ僕は、貴女の何も知らないのだから。


 「自分勝手だよ。貴女は本当に。」


 幸助は意識を失ったままのAAに防壁陣を張る。幾らでも隙があったのに、実の娘には手を出さない母を見て、幸助は何とも言えない気持ちになる。

 大事な人の名前に、こいつが無かった。

 それが何を意味しているのか、分からない。結局、この人が何を考えているのか、何が本当で何が嘘なのか。

 子供ながらに、母は魔性の女である。

 もはや取り返しのつかない罪深さだ。


 「ーーーいや、もうどうでもいいか。」


 幸助は、変わりゆく《箱庭》を判然としない面持ちで見つめ、意識の戻らないAAを抱き寄せながら、地面にアライズメメントを刺して防壁の禊にし、領域を固定化する。

 

 噺家は、その《箱庭》を口にした。


 「ーーーー《廻停安寧二十五偽界フェイクルーエル・フリーエンディング》」

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