第100話 でも、始まりを騙るにはそれでいい
《愉しげな童の唄》
「ふざけるな。」
AAは大声で叫び散らす。海老原栞の言葉に対して、過剰な反応を示していた。
お茶を嗜みに来たのではない。それは幸助も同じ意見だった。
だが、幸助はその席に座った。
AAと思惑が根本的に違うのは、幸助は話をしたかったからだ。その上で、どんな結論を聞いても、決着をつけなければならないと考えていた。
それは、単に相手を理解する為の対話では無く、自分が納得する為のエゴイズムに乗っ取った理由である。母親の命は勘定に入れていないのである。
「あら、幸助。何から話せば、貴方は今まで通りの息子として振る舞ってくれるのかしら。」
「嘘偽りの無い真実だけを話してくれ。母さん。」
幸助は円卓に座り、栞が入れた赤い紅茶を躊躇わずに飲んだ。口いっぱいに、鉄分とは違う渋みと苦味が広がっていく。血を拒んで紅茶ばかり飲んでいた頃を思い出した。
「毒が入ってるって思わなかったの?」母親が訊く。
「貴女はそんな事しない。」
「信用してるのね。私を。」
「それに、毒が入っていても大丈夫だよ。そんなのはスキルでどうにでもなる。」
「私はそんな事しないけど、何事も過信は禁物よ。何が起こるか分からないでしょ?」
「確かに、何が起こるか分からないね。母さん、何で僕を殺した?」
《自殺》に追い込む行為は他殺である。
幸助は、真っ当な倫理観で責め立てる。
「殺した、ね・・・。」栞は、空の器の中をスプーンでかき混ぜる仕草を取る。カチカチと陶器の反響が周期的に鳴っている。
「だって、そうだろ?貴方は実の息子を追い込んだ。過去の巫女、小春をダシにして。幸い、不良連中に恨みを買ってたから、伊藤を都合良く洗脳するのは楽だった筈だ。あんたの能力とやらを使えばな。」
「確かに、間接的に貴方を殺した。でも、そうやって転生させたからこそ、今の平和があるともいえる。」
「何処がだ。魔眼王連中は明らかに普通じゃない。全てあんたが仕組んだんじゃないのか。」
「あれは予想外の結末というものよ。運命は一つじゃない。しかも、幸助は私の使命を既に打ち破っているのよ。それが誇らしくて、嬉しい。」
「要領を得ないよ、母さん。事情を説明してくれ。そしたらさ、同情くらいはしてやるから。」
「優しいわね。私の罪に向き合ってくれるなんて。」
「向き合うつもりは無い。」
「貴方は最高傑作よ。流石は私の息子。」
その言葉を発した瞬間に、微動だにしていなかったAAが《烙印帰結術》を展開する。
AAの足元から肉の植物が蠢き、広がっていく。その華達は咲き乱れると、銃身となって栞へと向けた。
大量の銃が咲き誇る華を結実させたAAの眼には、殺意とはまた違う反抗心を宿していた。
「私達にやった事、忘れてないでしょうねぇぇぇ・・・!!!」
「あらあら、アザレア。貴方は結局未来の巫女になれなかった出来損ないじゃない。」
「はぁぁぁ・・・!?」
「だって、私という失敗作が産んだもの。何者にもなれず、魔王なんかに縋り、恵まれた経歴すらドブに捨てて今のこの様。アカシクから逃げ出したあの日から、お母さん失望しちゃったわ。やっぱり血は争えないものね。」
「テメェがザナドゥを泣かせるからだろうが!!!!」
「あー。そういえば2人産んだんだった。弟もいたわね。何?この場にいないけど、元気してるの?」
「・・・こんの、毒親がぁぁあ!!!すぐにでも会わせてやるよ!!!!」
「想像弟でも出すつもり?それとも吸血鬼の真似事?どちらにせよ見れたもんじゃないわよ、はしたない。」
海老原栞は、今にも攻撃を開始しようとしているAAへの態度を崩さなかった。円卓に座ったまま、空の器をカラカラとスプーンで叩いている。
乾いている。渇いている。
いつの間にか夜の闇は晴れている。相変わらず、小雨のようにタロットカードは降り注ぐ。
嘘のように真っ白で、純白で、更地になった晴天の青空の元、白々しく語られる母さんの冷笑は、憂いを含んでいるようにも感じられた。
この人は、昔から何を考えているか分からなかった。ただ、これだけAAに対して冷酷な態度をしていても、そこまで失望していない自分がいた。
今の母さんの外見的性格は、僕の想像の範疇に収まっている。だから、不気味だった。いつもは自分に優しい存在が、こうも我が子を突き放すような態度を平然と取れていても、母さんならやりそうだって思えてくるのだから。
こんなに利己的な人だったのか。
自分に向けてくれる愛情は、分け隔てない優しさでは無かったのだと。
「ーーーー」
AAは煽られ、言葉すら出ない程、完全に取り乱していた。実の娘・息子を作品のように呼ぶ様は気持ちのいいモノでは無い。ましてや、失敗作と唾棄される烙印は、AAの自意識の琴線に触れるのは当然だった。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるーーーーーー」
呪いを吐きながら、AAは魔装具を展開する。《厄具機来》による限定顕現・《電磁華槍》を華の数だけ大量に創造する。
「言の葉は綺麗にするべきよ、アザレア。葉の無い華を咲かせてもそれは造華に等しい。」
「とっっっくにその域は越えてんだよクソババァが!!!」
一斉放射されていく電磁弾丸。急遽発生する磁界により砲身は自壊を起こし、射出しながら砕けていく。
その一撃のみで一山をいつも簡単に壊す威力である。集中砲火されたそれは、ただの生身の人間では耐えられる筈の無い威力である。砂埃が舞い上がり、静寂が訪れる。
ーーーーだが、砂埃が去り、視界が晴れていく中、集中砲火を阻む者がいた。
吸血鬼、幸助である。
幸助は、《防壁陣》を張っていた。
《箱庭》そのものの性質を持ったそれは、どんな事象の攻撃をも耐え、無効化する盾の役割を果たす。
「ーーー俺を巻き込むなよおい!!勘違いするなよAA。俺は母さんを護ってないからな。」
AAは、異変に気付いた。
幸助は、自分のみに即席の《防壁陣》を貼り、集中砲火に耐えうる強度を保持する為に、領域を極限まで狭めており、栞を護ってなどいなかった。
当の本人は何処に行った?
「《大口を開ける地の空魚》」
何処からか聞こえた声が詠唱だと気付いた時には、AAの足元から大口を開けた化物が迫る。それは地面と一体化した悪魔のようでもあり、魚のようでもある、頭のみが具現化された怪物だった。
歯並びのいい口がAAを噛みちぎろうと口を閉じていく。
「ーーーぐっーーーーー!」
AAが飛翔しようとするが、空魚が口を閉じる速度に間に合わず、右足を無惨にも食いちぎられる。
「《天獄の環に繋がれた堕天は》」
「《主の名を忘れ、獣と成り果てる》」
ーーーータロットカードが降り注ぐ空に、黒き翼を携え、偉業と化した天使の成れ果てが、群を為して弓を構える。
矢が射抜くは原罪。生まれて来た事による罪を浄化し、全ての生命に赦しを与える粛清の雨が降り注いだ。
「ーーー《偽創具顕現・極炎斬刃)》」
その剣から放たれる炎熱は、振りかぶると共に天使の群れを焼き尽くし、一瞬で灰へと変えていった。そして、有り余る炎熱が更に矢の雨を焼き払い、消滅させる。
「母さん・・・俺は、この街が嫌いだった。」
幸助は、語り掛けるように、心情を吐露し始める。紛れも無い本心を晒し、後に引けないように、自分自身に枷を掛ける。
それは紛れも無く《自殺》そのものである。
「隣の福岡・・・都会へ行くのにさ、電車や高速バスで行こうとしても、2時間掛かるんだ。街を走る車は殆ど軽自動車だし、飲食チェーン店も揃ってないし、週刊誌が発売されるのも2日遅れ。まともなジムが出来たのは最近だ。」
「周りは常に山に囲まれてるせいか、夏は尋常じゃないくらい暑いし、冬は尋常じゃないくらい寒い。住んでる人も、田舎の悪い所を引き継いでてさ。すぐに何かあれば噂話になるし、何処いっても友達の母さんだとか、知った人が働いてたりして、窮屈だった。」
「ヒタって土地は、観光名所として豆田とか有名だけど、京都と一緒で、景観はいいのに軽自動車が走ってたりするの見ると、それに何の価値も感じなくなるんだよね。古めかしさの中に現代の文明が侵入してる観光地なんて、何の価値があるんだって。」
「そんな中途半端なこの街が嫌いだった。街が完全に田舎とは呼べない規模なのも、ずっと気持ち悪かった。」
「でも、嫌いだったからこそ、見えてくるものがあったよ。」
「結局、何処に行っても僕は、同じだったんだ。」
「だから、《自殺》したなんて言うのは馬鹿みたいだけど、僕は思春期だからとか関係無く、ずっとうっすら、生きる事に関して、苦しみがあった。それはみんなも感じる事なんだと思う。それに関して、自分が特別な感性を持っているなんて思い上がってるわけじゃなくてさ。」
「ただ、僕は嫌いなものに執着があるって事に気付いた。」
「僕は、そんな嫌いなものさえ、手放したくないんだ。」
「だからさ・・・この街は貴女そのものだ。この街を全て焼き尽くせば、貴女は死ぬ。その方が手っ取り早い。」
「でも、僕はそうしたくはない。この街が嫌いだったから。僕が好きだった貴女だけが死んでくれたら、有り難い。」
「じゃあ、今はヒタが好きかしら?」
海老原栞の声が聞こえた。
それに幸助は、首を振った。
「嫌いなままだよ。でも、無理に好きになる必要なんて無い。そのままでいいんだ。こんな街でも。色んな人が住んでいたから。」
「そうやって、色んなものを切り捨てて来たのね。我が子の成長を喜ばしく思うわ。いつも私の想像を越えてくる。」
海老原栞は、蜃気楼が輪郭を帯びていくように、次第に姿を現した。
その手には、薄く細い、短剣が握られている。
「・・・俺がその剣に触れたら、勝ちって訳だな。」
幸助の《偽創具顕現》は、魔装具であれば例外無く完璧に複製が出来る。その構造解析の為には触れる必要こそあるが、一度触れてしまえば完全に複製が可能となる。
今までの不可思議な現象も、その短刀が間接的に引き起こしているものであるのならば、その短刀を複製が可能となれば、幸助がその力を行使出来るのも当然である。
「私にハンデが欲しいわね。幸助が有利じゃん。」
「何処がだよ。母さん、魔王より強いくせに何言ってんだ。」
「でも、本当に久しぶり。気分が高揚してるわ。」
「俺の周り戦闘狂しかいねーのかよ。」
「だから、本気出しちゃう。」
そう言って、海老原栞は短刀を張り扇のような形に変形させる。極まった表情、憑依したような目付きとなり、迫力のある声で詠唱を始める。
身体に烙印が浮かび上がり、蠢いた大量の魔力達は大気へと還っていく。
「《交差しゆく虚実の皮膜》」
「《廻天果たす現構の骨肉》」
その様子を見たAAが震え始める。それは、《箱庭》の詠唱だとすぐに分かるものだった。
「《現も夢も往来の彼方に》」
「《際限される千夜一夜》」
栞の前に、小さな机が用意される。
周囲の空間が歪み、新たな領域が形成される。それは、和の匠を感じさせるような、古めかしい劇場そのものであった。
江戸時代に逆行したかのような、奔放な劇場である。話し手が正座し、舞台上で一人、張り扇を机に叩きながら詠唱が続いた。
「《観測者よ、言霊を叫び散らせ》」
「《縫合されゆく全ての真実に祈りを》」
ーーーそして、気持ちの良いタイミングで、張り扇を強く机に叩きつけ、その《箱庭》の名を口にした。
「《樂慇亜噺》の、始まり、始まりでございます。」
深いお辞儀をした後、栞の頬を涙が伝うーーーーーー。
母
私は、兵器として生まれた。
そうあるべくして作られた存在である。
永遠都市アカシクは、危機に瀕していた。骸戦神を名乗る厄災の到来である。
彼は、不死そのものだった。不死というよりも、それは《無》であった。
虚無である。行き過ぎた文明に鉄槌を下すような、神に等しい力を持つその存在は、魔力をただのエネルギーの一つとしてしか運用されてこなかったアカシク時代の人間では、到底太刀打ちできる存在では無かった。
ただの兵器では敵わない。
《無》という概念を扱う厄災に対しての手段は、唯一それらの法則を歪めうる性質を持つ魔力を運用しなければならなかった。
しかし、魔力を伴った兵器の開発は、骸戦神を倒すまでの力にまで及ばなかった。
だが、その研究の最中、魔力は人間の身体と適合される事が判明する。魔力を自力で生み出す機構を組み入れる事で、人間は魔力を生み出しながら、概念にまで干渉を及ぼす力を手に入れると、研究で明らかとなった。
それらは、自身の回路・適正・魂の質や規格を元に、魔力を介して自身の身体から発露するまで判明出来ず、法則性を持たないモノとして機能した。要は、身体や魂の質は数式として機能し、魔力はその変数として具象化する。そして、特定の因子を持つ者は、更に固有の力を持つ可能性が上がる。
そして、骸戦神に対抗する為の手段として、新たな人類が2人誕生する。
それは姉妹だった。
私はその妹として、この世に生を受けた。
ーーーーそうして、厄災として顕現した骸戦神は、覚醒した姉・マキアによって、討伐がなされたのだった。
アカシクは、それから研究を進め、魔力の元となる魔素に関する知識を蓄えていった。
非人道的な実験を重ねて、アカシクは運命律や天界といった抽象的な概念とされる、生と死を司る根幹のシステムにまで、根を伸ばしていった。
そこには、全知全能の神がいた。旧神フォーチュンと呼ばれる圧倒的な神と、それに仕える天使達との戦争が始まる。
ーーーだが、旧神と呼ばれた存在は、マキアによって討たれ、地上へ身を堕とした。骸戦神の力さえ取り込んだ過去の巫女は、《無》そのものを行使し、旧神の全ての権能を否定し、完膚なきまでに打ちのめした。
私は、姉が羨ましかった。
プライマルと呼ばれた魔力を持つ巫女が、こう告げた。
「アカシクは崩壊する。」
その予言の意味はこうだ。
これより10年後、宇宙より隕石が飛来する。アカシクが保有する魔力を持った獣、幻獣の総力を以てしても不可能である。
更にそれから1000年単位で、ただの人間では地上での生存は不可能な状況に陥る。
超過密化による人口の一極集中・食糧危機も相まって、アカシクは電子化としての生存を迫られていた。
魔力を持たない、弱き者は、切り捨てる必要があった。
何とも不都合な話だ。
デジタルな方面への発展は遂げていても、インフラとされる食料等の基礎的な生存に関する進化は遂げなかったのだから。
結局、アカシクも人間の域を出る事は無かった。増え過ぎた人口への選別が始まった。
その頃に、時空間移動の固有スキルを手に入れた者が居た。名はアベル。後に彼は、私の夫となった。
遠い先の未来に、人間を送り込む事が出来るスキルを持った彼が判明した事によって、アカシクは壮大で陳腐な計画を立てる。
それが、過去の巫女と未来の巫女を《鍵》として、アカシクを再起動するという馬鹿げたものだった。
アベルの登場により、選別された魔力を扱う新世代達が隔離された世界へと追放され、それが、後に《楽園》異世界と呼ばれるようになった頃、姉さんは最適者として過去の巫女に選ばれた。
姉さんは、過去の巫女になる事を、全く後悔している素振りも見せなかった。
《鍵》として使われたら、死ぬのに。
だが、その代わり姉さんは、今までの自分を忘れて生きる事が出来たら、その条件は飲むと上層に突きつけた。今考えても、何で姉さんはあんな事を言ったのだろう。
ずっと兵器として、殺し続けた自分への嫌悪?
私は、姉さんが羨ましかった。
姉さんが肩に宿した紋章は、とても、羨ましかった。
私には、未来の巫女になる可能性は無かった。どうしても、不死の紋章が適合しなかったのだ。
子供達には、未来の巫女になって欲しかった。色んな教育をした。私は、親というものがどういうものなのか知らなかった。だから、私が生まれてから、叩き込まれた事を、私は子供達に教育として行った。
アザレアは我慢強い子だった。でもザナドゥはよく泣いて、親でもある私に命乞いする時もあった。
情けなかった。痛みは恐怖を覚える為にあるのでは無く、戦いを合理的に行う為の感覚器に過ぎない。
それがよく、わからなかったみたい。
その子供達は、夫アベルによって、異世界の遥か未来へ送られた。
「何でそんな事をしたの?」私は理解が出来ず、アベルに訊いた。
「分からないなら母親失格だ。」アベルは私を全否定した。
何で、と私は思った。
思い通りにならないのなら、子供なんて作って何の意味があるのか。
自分じゃ叶えられないモノを託す為に、命を紡ぐのでは無いか。そうして人類は進化してきた筈。
私は、受け入れられなかった。
母親失格、と言われた言葉を、何度も頭の中で反芻した。何がいけなかったのか、分からなかった。
ーーーそして、極秘に深層下で《艶素体計画》が起動する。
これは、未来に送る過去の巫女の記憶を呼び覚ます人間を作るという、姉さんの尊厳を冒涜する計画だった。
私は、それに参加する事にした。




