第1話 帰還
――――夜の学校の屋上は、風がよく吹いていて、生傷の絶えない肌を撫でた。気持ちのいい筈の夜風さえ、今の僕には受け入れがたい暴力に感じてしまった。
街を見下ろす。この地方都市で学校以上に高い建物はそうそう無い。この、満遍なく見下ろせる景色を奇麗だとは思えなかった。光源がポツポツと夜の闇を照らす。あの光の中に、一体どれだけの家族が笑っているのだろうと思うと、僕は再び憂鬱になり、溜息をついた。
僕は、今まさに自殺しようとしていた。
理由は単純だ。僕はこの人生に疲れてしまった。諦めてしまった。
この難易度の高過ぎるゲームにもう、飽きてしまった。
他人と意見が違うと衝突する。考えが違えば排除される。
妥協しなければ他者との関わりさえ保てない。意固地になればなる程、存在は拒絶され、排除しようと暴力にあう。
僕だって誰かと理解しあって、普通の友達として、関係を築きたかった。
だけど、一度孤立してしまえば、被虐は更にエスカレートしていった。
「おいエビハラ、屋上に来い。」
「・・・い、嫌だ・・・。」
「来るんだよ!」
伊藤をリーダーに据えたクラスのいじめっ子連中が無理やり、僕を連れていく。
その様子を当たり前のように眺めるクラスメイト達。誰も引き留めようとする者はいない。伊藤という暴君に誰も逆らえないのだ。
――――そして僕は、よく屋上に呼び出されて、集団リンチにあっていた。
煙草の火を押し付けられたりもしたっけ。誰も、助けは来なかった。
「ワンチャン屋上から飛び込んだら助かるんじゃね!?こいつ頑丈だし」
「それはやめとけ、死んだらいたぶれなくなんだろ。」
ただ、誰か一人でも声を掛けてくれたら、こんな馬鹿げた事しなくて済んだかもしれない。
伊藤が言っていた事をそのまま実行しようとするなんて、なんて健気なのだろうか。
僕はこの世界の全てが憎かった。死に場所を学校にしたのもそれが理由だ。
学校で死ねば、この虐めが明るみになる筈だ。
足元が震えた。でも、覚悟はとうに出来ていた。
お母さん、お父さん、ごめんなさい。
身体が浮遊感に包まれる。全てが逆さまになった世界で、僕は抱えていた思いが全て、天に向かって落ちていくのを感じた。
自由落下していく最中、僕の教室に女子生徒が一人、残っているのを見た。ああ、あれは小鳥遊小春さんだ。
あれ、もう学校閉まっている筈なのに何しているんだろ。
まあ、いいや。
もう、どうでもいい。
僕は、目を閉じた。
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再び目を開けると、そこは光り輝いていた。どういう理屈で光が灯っているのか分からないが、サイケデリックで神聖な雰囲気が漂っている。
「目が覚めた?」
声のした方に目をやると、そこには不思議な衣を纏った奇麗な女性が椅子に座っていた。
「・・・・・・・・・え誰ですか?」
「いや普通に女神ですけど。」
「普通ではないでしょ。」
「女神ヴィンセントと申します。」
「名前かっこいいっすね。で、何ですか?ここはあの世って事ですか?」
「んー、半分正解ってとこかな。」
「自殺したら地獄に行くってお母さんから教わりました。覚悟は出来てます。」
「まだ何も言ってないのに覚悟決まりすぎじゃない?」
「僕にとっては、あの世界が地獄でした。」
「ふーん・・・。ま、そういうもんか。でもね、貴方のせいで地獄を見ている人もいるわよ。貴方、遺書書いたでしょ?それを発見した貴方のお母さんがね、警察に通報したのよ。」
「・・・・・・。」
「それは想定済みって訳?復讐の為に、家族を悲しませる選択を取るのは。」
「・・・・・・そうだよ。俺はいずれあいつらに殺されてたさ。神様ってのが本当にいるのなら、俺を助けるべきなんじゃないのか?」
「ごめんなさい、私たちは死んだ人間の魂しか救えないの。そういうルールだからね。でも悲しんでいるのは、家族だけじゃない。」
「・・・・・・そんなの、いるわけ・・・。」
「じゃあ何で、小春って子は、毎日誰もいない教室に忍び込んで、貴方の机を直していたのかしらねぇ。」
「・・・・・・え?」
「不可解だとは思わなかった?あれだけの虐めを受けても机は教室にある。普通ならバラされてたり落書きされたり、隠されたりすると思わない?貴方の虐めは教師連中にも黙認されているのよ?放課後に机を隠されたりした事はあったけど、朝には奇麗に元に戻っているの、不思議じゃなかった?」
「・・・・・・それは、流石に虐めがバレるのもあいつら的に都合が悪かったんじゃ・・・。」
「残念、教師もグルよ。どうせこのままじゃ、貴方の自殺も隠蔽される。あの教育委員会は不祥事を隠すのが上手だから。ああ、今頃、小春って子が死んだ貴方を見つけた頃かしらね。」
「・・・・・・そっか。全部、納得がいったよ。俺が生きている意味は無かった。」
「―――――でも、もし貴方が元に戻れるとしたら、どうする?」
――――――ここで、僕はこの女神と契約をする。
ある異世界で魔王と呼ばれる存在が猛威を振るっており、人類が滅ぼされかけていると。
そこに僕が赴いて、《転生者》として活躍し、魔王を倒せば再び、元の世界に戻れる力をあげると。僕に選択の余地は残されていなかった。復讐の為には、何としてでも生き返らなければならない。
―――――――これは、後から知ったマジで最悪の情報だが。
女神は単に人間側の人員を増やす為に、あの世界で自殺した人間達の弱みにかこつけて片っ端から《転生》させてたらしい。劣悪で最悪な人材派遣をしていただけだった。
そういう訳で、僕は異世界に転生し、特にこれといった有能スキルも与えられず、血みどろの闘争に明け暮れる日々が始まった。
僕は、この異世界で本当の地獄を学んだ。ある一人の凡人が魔王を倒すのに、一体どれだけの犠牲を払わなきゃいけなかったか。色んな、姑息な手も使ったし、非道にも堕ちた。
それでも、僕は世界から選ばれた勇者より先に、魔王を討伐する事に成功した。
「―――――驚いたよ。本当に君が成し遂げるとはね。」
「約束は果たせよクソ女神。元の世界に戻せるようにしないと、次はお前を殺す。」
「こっわ。」
「いや俺魔王殺してるし、マジだからな?じゃないと力づくでも奪う。俺はこっちで出来た仲間にも別れを済ませてきたんだ。約束は約束だぞ。」
「でも、完全に元には戻せない。」
「・・・どういう事だ?」
「《転生者》は、特別なのよ。この異世界では、半分人間で半分精霊みたいなもの。だから貴方は歳を取らなかった。」
「・・・そうだな。永かったよ。」
「でも、この数年で貴方の肉体は変貌しているの。魂の形からね。だから、元の世界の時間に戻そうとしても、肉体ごと再構築しないと生き返れない。つまり、その身体ごと元の世界に戻る。」
俺の身体は今、戦いに明け暮れた結果、傷跡だらけの筋肉隆々とした身体に変貌を遂げていた。
確かにこの身体のまま戻ったら、現代社会で生きるには色々と不都合かもしれない。
絶対、温泉とか入れないし。ていうか俺高校生だし、プールの時間とかどうするんだ?
えこれ誤魔化せんの?
でも、仕方ない。魔王を倒すという奇跡の代償としては充分過ぎる。今更奇異の目で見られる事は慣れている。
「・・・仕方ない。分かったよ。」
「色々と成長したわね。もう自殺なんかするんじゃないわよ。」女神が微笑む。
「分かったよ。死なない。もう死にそうになるのはうんざりだ。」
―――――瞬間、光に包まれる。
本当に最悪で辛い異世界の旅だったけれど、これはこれで良い思い出になった。
色んな仲間に出会えたし、色んな人間とも触れ合えたし、色んな奴と殺しあった。
思っていたような異世界じゃなかったけど、こんな最悪な世界で生き延び、勤めを果たせたこの実績は、低かった自己肯定感を高めるのに十分過ぎる経験になった。
これでやっと、迷惑を掛けた人に謝れる。
海老原幸助、この男の頭には既に、誰かに復讐しようという気持ちは無くなっていた。
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