君みたいな人
今日はちょっと短めです。
記憶の中で1つとても引っかかっている事がある。
いや正直気になる所は沢山あるが、その中でも特におかしな部分がある。
赤髪で赤い目をしたあの少女。
セロイにウィッチと呼ばれていたあの少女。
あの少女が私だという事は疑いようの無い事実だろう。
夢で初めて見た時に感じた既視感が紛れもない証拠だ。
しかし、では何故今の私の髪は白いのだろう。
200年前に目を覚ました時から、私は色を失ったかの様に何もかも真っ白だった。
いや、厳密には違う。目の色だけは夢で見た少女と同じである。
しかし、今のそれは瞳の色が無い事で見えている血の色だ。
200年の間、私には色が存在しなかった。
それなのに、取り戻した記憶の中の私はどうだ。
赤い髪に赤い目とは、中々の違いである。
記憶と共に色まで抜け落ちてしまったのだろうか。
記憶喪失の原因が魔術によるものなのだから、副作用としてそうなってしまった可能性はある。
では記憶を取り戻せば、色も戻るのだろうか。
私はビスクに落としたバゲットを頬張りながら、記憶について考察していた。
「おいしいかい?」
「とっても」
「それは良かった」
エリックは得意気に微笑む。
こういう顔、セロイもよくしてたなぁ。
まだほとんど虫喰い状態の記憶だが、エリックを見ているとなんとなく懐かしい気持ちになる。
きっとセロイとの思い出が記憶とは違う、どこか別の部分に刻まれているからだろう。
彼の嬉しそうな顔を見て、疑問に思っていた事を口にする。
「ダートリック様は何故私にここまで手厚くもてなしてくれるのですか?」
そもそも目覚めた時にいた部屋からおかしいと思っていた。
客人を泊める為の寝室という事は分かるが、あれはどう見ても貴族専用の寝室である。
本来なら私があんな場所で寝るなど畏れ多い。
それなのに私は1日半もあの部屋で過ごしていた。
それに、初めは長く問い詰められてうんざりしたけど、よく考えればその間の対応は丁寧だったし、その後もエリックは私にしっかり客としての待遇を維持してくれている。
私にはそれが不思議でならなかった。
「客人とはいえ私は旅人ですし、ここまでしてくれる必要は、ないのでは………。その、自分で言いますが、正直私かなり怪しいと思うんです」
途中、彼の行為を無下にしている様な発言だと気付き躊躇ったが、最後まで口にしてみる。
すると彼は虚をつかれた様な顔をした。
まさか自分でも気づいていなかったのだろうか。
「…そうかな」
そう言ってエリックは目を逸らす。
まさかとは思ったが、そのまさかである。
彼は目を逸らしたまま、ただ何かをちょっとずつ理解しようとするように言葉を紡ぐ。
「何故か、ウィッチはそんな人間じゃないと思ってしまうんだ。根拠のないただの勘だけどね…僕の様な立場の人間がこんな事を言うのは無責任だと理解しているよ。それでも何故かそう思ってしまうんだ」
「…はあ」
エリックが何故そう思うのか分からなくて、私は曖昧な返事しか出来ない。
そんな私を見て彼は苦笑いをする。
「ごめん。変な事を言ってるね…ただ何となく、君みたいな人を知ってる気がするというか…だから親しみを感じるのかな。ただそれだけだからあんまり気にしないで」
「…そうですか」
…まさかね。
私はあり得ない想像をした事を打ち消す様に、彼から目を逸らす。
エリックは何処からどう見ても前世を覚えていない。
覚えてたら、以前と見た目が違うとはいえ、私の事に必ず気付く筈だ。
しかし、今のところエリックがそういった素振りを見せた事はない。
だからきっとエリックの「君みたいな人」というのは、今世で出会った私に似た別人の事だろう。
それでも。
これも私の想像したまさかならいいのにと思った。
いつか彼も、前世の記憶を思い出す、とかないかな。
あったらいいのに。
でも前世の思い出し方とか知らないしな。
生まれ変わりは前世の記憶も持ってる事が多いって話だけど、彼は無い方の生まれ変わりみたいね。
あ、でも彼にあの辛い記憶を思い出させるのも嫌だなぁ。
そんな思いさせるくらいなら記憶なんて無くていいかも。
でも…やっぱりちょっとだけ寂しいものね。
私は心の中で「ちょっとだけ」なんて要らぬ虚勢を張りながら、ぐいっと紅茶を飲み干す。
まだほんのり暖かい紅茶が、私の心の冷たくなった部分を溶かしてくれる様だった。