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真実の森にて会いましょう  作者: さんぴん茶
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200年の旅路 1.

今回からちょっと長めです。


「旅人様」

「ウィッチで良いですよ」

「では、ウィッチ様。こちらのお部屋へどうぞ。

明日からの着替えは中にございます。では失礼致します」

「ありがとうございました」


明日からの、というのは仕事の事だろう。

案内してくれたメイドが私に対し敬意を払うのは、今日の私が客という立場だからだ。

明日からはビシビシ扱かれるだろうなぁ。


部屋の中を見回すと、簡易ベッドとクローゼットがあるだけの簡素な部屋となっている。

まあ使用人の部屋なんてこんなものだろう。

いや、むしろ手厚い方だ。

この部屋にはベッドが1つしかない。

つまりルームメイトがいないという事だ。

使用人1人に対して一部屋とは何と好待遇な職場なのか。


私はベッド脇に荷物を置き、クローゼットを開ける。

コートを掛けるついでに先程メイドが言っていた着替えを確認する。

そこにはしっかりとメイド服が掛かっていた。


当たり前か。

あの豪華な寝室にいた時、私は確かにネグリジェを着ていた。


普段は旅をしている間、動きやすい様に薄手のシャツにオーバーオールを着て、その上からコートを羽織っていた。

そしてそのスタイルは女が旅をする危険性を緩和する役割も果たしていた。

私自身、旅の最中は男性の振りをする事も多かった。


正直この屋敷でもそうしたかったが、ここで初めて目覚めた時、私の性別は既に知られてしまっていた様だった。

その為、今更隠す事はしなかったのだ。


「スカートを履くなんて何年ぶりだろう……?」


何年なんてものではない。

もしかしたら200年近く履いていない可能性がある。


「あれから200年か…長い旅路だった…」


一応、私は普通の人間である。

しかし人間の寿命は長くても80年前後だ。

それなのに私はこんなに長く生きている。

その理由…私は不老不死の呪いにかかってるのだ。


 *


真実の森とその周りの村々を繋ぐティルアフノン川は、真実の森の出入り口とされている。


200年前、ウィッチ・エイヴィスはティルアフノン川の下流で、一隻のボートの上で横たわっているところを近隣の村人に発見された。


その村人によると、ウィッチ…私は発見されてから1週間は起きなかったという。


その後、長い眠りから目を覚ました私は、自身に一切の記憶がない事を悟った。


「ウィッチ・エイヴィス」という名前は頭に付けていた三角巾に書かれていた名前だ。

もしかしたら自分の名前ではない可能性もあったが、この名前が何となく自分にしっくりくる気がしたので、この名を使うことにしたのだ。


拾ってくれた村人のおじさんに事情を説明すると、彼はそんな状態で外を出るのは危ないと、彼の経営する食堂で雇ってくれた。

それから普段は食堂で働き、たまにある休日に記憶の手掛かりがないかと辺りを散策するという日々を送る様になった。


そうして10年が経ったある日、食堂の常連客にふと「ウィッチさんは10年前から変わらず若いね」と言われた。

その頃からたまに似たような事を言われる様になった。

その度に何となく違和感を感じたが、鏡を見てみても自分ではよく分からなかった為深く考えてはいなかった。

むしろ、お客さん達のその言葉は割と好印象だったので、ちょっとした自慢だった。


それからまた10年経った頃、私を雇ってくれたおじさんが亡くなった。

70歳を超えたところだった。

元々、それほど若くなかったとはいえ、病気も怪我もしない元気な人だったので衝撃的だった。

きっと寿命だったのだろう。


それからはおじさんの奥さんが食堂の経営者となったが、彼女もまた高齢だった為、店の切り盛りは主に私がしていた。

とはいえ、そんな私にも問題があった。


私は20年前の姿を維持し続けていたのだ。

そんな私は明らかに異質だった。

20年も経てば周りがその異質さに気づくのは必然だろう。

それは私も例外ではなかった。


「ウィッチさんは20年前から全く変わらないわね…」

「普通そんなに長く若さを保っていられるもの?」

「本当に人間なの…?」

「…人間の皮を被った化け物じゃない?」


そんな私を周りの人々は奇異の目で見る様になり、食堂の客足は遠のいていった。


「ウィン、まだここにいたいかい?」


ある夜、おばさんがそう言った。

私はその時返事が出来なかった。

私がここに居なければ食堂は店を畳む事になるが、居たところで私の評判ではいずれ同じ事になる。

だからおばさんが聞いているのはどっちにしろ同じ結果になる現実問題ではなく、私の気持ちの方だろう。

2日後、私は考えに考えた末、ここを出て行く事にした。


「今までお世話になりました」


私はおばさんの、いつの日か丸まって小さくなっていた背に手を回す。

おばさんも「こちらこそ楽しかったよ。今までありがとうね」と言って、抱きしめてくれた。

とてもとても小さい力だった。

私は涙を堪え、笑顔で手を振ってお別れした。

どう見ても寂しい別れには見えない様に。


本当はこの場所を出て行きたくはなかった。

今がどれ程居心地の悪い場所とはいえ、20年も暮らしてきた場所だ。

とても愛着があった。

それにおばさんを置いて出て行く事もしたくなかった。

しかし、ある時露店で買い出しをしていた時に聞いてしまったのだ。


「知ってるか?この近くの食堂で不老の化け物がいるらしいぞ」

「あー聞いたことがある。あそこの婆さんもよくそんなやつを置いてるよな」

「…あの婆さんも本当は何かあんじゃねーの?」

「さあどうだろうな…それは分からないが…。あ、でも確か最近死んだ爺さんいただろ。その爺さんの死因、はっきりしてないらしい。あの化け物の仕業って話だぜ」

「うわぁ怖…確かに爺さんあんな元気だったのに急に死んだとかおかしいと思ってたんだよ。え、じゃあそれこそなんであんなの置いてんだよ、あの婆さん」

「さあな…まあどっちにしろ関わらないのが身のためだろうよ」


この会話を聞いた時、背筋が凍ったかと思った。

私のせいでおばさんの名誉が傷つけられてる現状に足が震えて仕方がなかった。


これ以上おばさんに迷惑をかける訳にはいかない。

それにおばさんは元々明るく気のいい性格なので、友人が沢山いた。

だから私が居なくても1人寂しく暮らす事はないだろう。


そういった理由から出て行くことを決めたのだった。


それから私は旅をした。

今までの様に定住すればきっとまた同じ様に奇異の目で見られる。

それならばと、旅をする事にしたのだ。


しかし女性の一人旅なんて下手をすれば自殺行為だろう。

その為出来るだけ男に見えるように、男物のシャツにオーバーオール、そしてその上から厚手のコートを着て身体のラインが分かりにくい様にした。

とは言っても、残念ながら晒の必要がないスタイルだった為、服装に関してはあまり苦労しなかった。


より男っぽくしようと、腰まであるこの長い髪を切ろうとも思ったが、何故かこの髪だけは捨てたくなかった。

その代わり、女らしい顔を隠す為に深めのキャスケットを被る事にした。


よく考えたら旅をする事は、私にとってかなり好都合だった。

食堂で働いていた時も、休日は記憶を思い出す為の方法を探っていたが、難航を極め、最後の3年間はもうほとんど諦めていた。

しかし旅をする事で、時間が増え、行動範囲も広がった事で多くの情報を得ることが出来た。


残念ながら、エリックに会うまで一度でも記憶を取り戻すには至らなかったが。

しかしその代わり記憶に影響を及ぼす魔術や魂に干渉出来ると言われる神聖術についての知識を沢山吸収することが出来た。

この体質についても同様に解明することが出来たのだ。


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