タビビト転職す
「そもそも共通箇所が分かる程お互いの事を知ってるはずもない。一昨日…君からすれば昨日、会ったばかりなんだから」
「………まあそうですよね」
私はエリックの前世を少し知っているけど、それは私が一方的に知っているだけだから共通点にはなり得ない。
もし彼が前世を知っているなら話は別だが、もしそうならそもそもこんな応酬はしていない。
…それにしても、愛してる人と同じ姿で私の事を知らないと言われるのはかなり堪えるものがある。
とはいえ私も、今の彼について何も知らないのだ。
彼の言葉に寂しく思うなんて滑稽な話である。
この馬鹿馬鹿しい感情を押し込める為に、私は紅茶を啜った。
「共通点ではありませんが…一つ手掛かりがあるでしょう」
「謎の声だね。確かに僕たちを引き合わせた張本人なんだし、関係ない筈はないけど…でもあれから一度も声が聞こえたことはないし、兎に角手掛かりが少なすぎる」
「うーん…その声の特徴とか分かりますか?」
謎の声…エリックと私を引き合わせた張本人。
エリックに心当たりが無いなら、私にある可能性が高い。
直接聞いた訳では無いから特定には至らないだろう。
そもそも記憶がほとんど無い私に分かるかも怪しいが、万が一という事がある。
聞いておいて損は無い。
エリックは少し思案した後に口を開く。
「確か、少年の声だった」
「少年の、声」
少年と聞き、セロイを思い出す。
あり得ない事を考えて、私は自嘲気味に笑う。
何を馬鹿な事を。
彼はとうの昔に死んだのだ。
それに彼の魂は生まれ変わって今私の目の前にいる。
セロイが私とエリックを引き合わせるなんて、物理的に無理な話だ。
咄嗟に浮かんだ愚かな考えを忘れる為に、私はまた紅茶を啜り他に心当たりはないか思案する。
他に知り合いの少年か…近場ならここから少し西に行った所の村にいる羊飼いの少年しか思いつかない。
まあその少年ではない事は分かっているが。
その村がここから遠くは無い場所にあるとはいえ、あの距離からテレパシーを送る事は出来ない。
それ程の距離はある。
それ以前にその少年にテレパシーの能力なんて無かった。
「……条件の該当する知り合いはいませんね」
「そうか。残念ながら僕もだ」
親戚に数人いるけど今は全員地方にいるからと、彼は苦笑いを浮かべる。
「今考えても仕方ないのかもしれないね」
「先程ダートリック様も仰った通り、私達は知り合って間もないですから…答えを出すのは早計なのかもしれませんね」
「そうだね」
…何やってんだろ。自分で言ったことに寂しくなるなんて。
しかも先程馬鹿馬鹿しいと押し込めた感情じゃないか。
自分で押し込めた感情を引っ張り出してくるなんて。
私は、もしかしたら思っていた以上に、思い出した記憶に引っ張られているのかもしれない。
いや当たり前だけども。引っ張られない方がおかしいんだけども。
でもこの不可思議な感情をエリックに気づかれる訳にはいかない。
気づかれれば正直に話さないといけなくなる。
そうなった場合、私は彼に対して頭のおかしな奴と認識されてしまうだろう。
そんなの嫌すぎる。
私は顔が引き攣りそうになるのを必死で抑えながら、真顔で紅茶を啜る。
彼はそんな私など梅雨知らず、何を思ったか衝撃的な言葉を言い放った。
「よし、じゃあこうしよう。
ウィッチ、君をこの屋敷で雇おう」
「………はい?」
自分の心と格闘していたせいで不意を突かれ、危うくカップを落とすところだった。
え、え、待って何故そうなる?
いや別におかしな流れでもないけど、雇うなんてそれこそ早計過ぎるってものではないか?
その言い方だと提案ではなく決定事項の様に聞こえるんですけど、私の意思は…!?
私の顔が驚愕の色に染まっているのを見て、彼は申し訳なさそうに笑った。
「突然でごめんね。僕も横暴な事を言っているという自覚はあるさ。
でも残念ながらこれは僕にとっても命令なんだ。
僕の上司…王太子なんだが…彼に君の事を報告したら、絶対に君を離すなと言われてしまってね」
えぇ離すなって横暴な…。
それに、上司が王太子…?
…エリックが雲の上の存在すぎる…。
「殿下は古代の遺産について研究しているんだ。
神聖術もその一つ。だから君との出会いは彼にとっても重要な事なんだよ」
それなら仕方ないですね、とはならないんですけど…。
しかし相手が相手だ。そもそも私に初めから拒否権など存在していない。
「そうですか。それなら仕方ないですね。引き受けさせて頂きます」