光の考察
すっかり夜が明けた朝、私はまだ公爵邸にお邪魔している。
2度目の光が現れた後、私は気絶してしまったらしく、結局また介抱してもらう事になったらしい。
昨日の会話から察するに、無駄足と分かった時点で捨ておきそうなものなのにそうしなかったのは、やはり彼が優しい人だからなのだろう。
そう思う事にする。
さて、私は今ダートリック家の客室にいる。
エリックに光について話がしたいと言ったら案内されたのだ。
寝室にいた時も感じだが、この部屋もまた落ち着いた中に品を感じさせる。
壁が織部で統一されているので、不規則に飾られた絵画や花瓶に活けられた花々が丁度いいアクセントになっている。
まるで絵画の中に入り込んでしまった様だった。
メイドが紅茶を運んでくる。
彼女は一切の音を立てずに、カップに紅茶を注いでいく。
注がれた紅茶からたつ湯気が香りを乗せて私の鼻腔をくすぐる。
紅茶を注ぎ終わったメイドは私達の前にカップを運び終わると、礼をして部屋を出て行った。
貴族の家って凄いなぁ。使用人まであんなに所作が美しいなんて。
それに毎日こんな美味しそうな紅茶が飲めるのか。
うーん、羨ましいものだ。
私がその光景をうっとりと眺めていると、エリックが紅茶を一口飲んで口を開いた。
「さて、話とは何かな」
声が聞こえた途端、ハッとして現実に引き戻される。
「あ、ダートリック様の予想を当ててみようと思いまして」
「それはつまり、何かを思い出したのかな?」
「うーん…まあそんなところですが、一昨日の記憶ではありません」
そう言うとエリックは何とも微妙な顔をする。
怪訝そうな、心配そうな不思議な顔だ。
「…君の記憶喪失は一昨日に限った事ではないのかい?」
「あ、はい。そもそも私は記憶を取り戻す旅をしておりましたから」
なるほど。私の記憶の状態を案じたのか。
「…そうだったのか。それで?」
「私は、長い間旅をしてきました。
しかし私の記憶が戻ったのは昨日が初めてです。
それもダートリック様に触れたから。それは記憶が戻る状況にしては余りに不自然かと」
記憶喪失の原因が何かしらの事故やショックならば、大抵は見覚えのある景色や関わりのある人達との交流で記憶が戻るものだろう。
実際、それを狙って旅をしていたのだ。
しかし、私は初めて会った人の手に触れた事で思い出した。
そうなると話は変わってくる。
「魔術で封印されていたのか」
「その可能性が高いですね。
そして魔術の効果を解除するには術者が自分の意思で解除するか、神聖術を使うしかありません」
魔術とは生き物の持つ『欲』を根源とした術の事である。
基本的には使用上何も問題は無いが、正しく使わなければ魂が穢れてしまう事もある少々難しい力だ。
しかし、その穢れを打ち消す効果があるのが神聖術である。
神聖術とは魔術と対になる術のことで、生き物の持つ『理』を根源とした術である。
魔術で生じた穢れを打ち消す以外にも、今回の様に
魔術そのものを打ち消したりと様々な効果があるが、その実態はあまり知られていない。
「うーん、やっぱり神聖術か。でもそれはあり得ないんだよね。
神聖術師は200年ほど前に滅んでしまったから」
そう。200年前に神聖術は途絶えてしまった。
神聖術の実態が知られていないのはそういった理由がある。
しかしエリックは例外である。
彼の前世であるセロイ・アルトメイアは神聖術の天才だったからだ。
生まれ変わりである彼に神聖術が使えない筈がない。
とはいえエリックに前世の記憶が無い以上、正直な事を言っても信じてもらえる筈もない。
「先祖返りをしたのではありませんか?低い可能性ですが無いとも言い切れないかと」
私は最もありそうで無さそうな曖昧な理由をあげる。
「…まあ可能性はある、かな。確か母方の先祖に神聖術師がいたと聞いたことがある」
「ではそうかもしれませんね。
一昨日、私に触れた時に私の傷が治ったというのもきっと神聖術の影響でしょう」
「かもね。でもなんで今出てきたのかな。
今まではこんな力がある事すら知らなかったんだけど…でもこの状況は僕の力でなければあり得ないだろうし…」
独り言の様にエリックは思案すると、ふと私の方を見る。
多分、彼と私の考えてる事は同じだろう。
「長い間戻らなかった記憶が一部戻ったことと、今まで認識すらされてなかったダートリック様の力が覚醒したこと…」
「お互いが持つ何かが共通していると考えた方が自然だろうね」
「うーん………?」
私達は暫く思案したが、いくら考えても答えは出ることは無かった。
神聖術の根源を『理』と書いていますが、これは『理性』の『理』の事です。決して宇宙の理とか真理とか考えすぎてゲシュタルト崩壊しそうな難しい話ではないので気軽に読んで頂ければ幸いです。