9 とある男子の不穏な動き
「なぁ、二組の片瀬かすみって超かわいくね?」
夏希がトイレの個室に籠城してるとき、ドアの向こうからそんな声が聞こえてきて、思わず耳をそば立ててしまう。
「あー、わかる。女優のナントカに似てるよな」
「だろー?受験忙しくなる前に俺コクっちゃおうかな~」
「お!当たって砕けろー」
ぎゃははは、と不気味な笑い声を立てて男子生徒たちは立ち去った。彼らの気配が完全に消えたのを確認して、夏希はそーっと個室のドアを開けた。
(片瀬が……お前らなんかと付き合うわけがないだろが!!)
夏希は勝手に怒り狂い、フンフンと鼻を鳴らしたが、ふと重大なことに気がついた。
(そういえば……片瀬って、彼氏いるのかな?)
気が付いた途端、ぐるぐるとお腹が鳴り出した。そうだ、今まで気にもしなかったことが不思議なくらいだが、そもそもあれだけ可愛いのだから、片瀬に彼氏がいても何も不思議ではないのだ。
(うぅ、うあぁ……何で今まで気づかなかったんだ!!!)
腹の痛さに耐え兼ね、夏希は再び個室へと舞い戻る。冷たい便器に座りながら考えた。
(別に、片瀬と付き合いたいとか、そういうことは望んでいない。望んでいないけれど、憧れの女性として、なんというか、男を知らないまま清らかでいてほしい、というか、ダメだ腹が痛い……)
結局、夏希は次の授業に10分程度遅刻してしまい、クラスの失笑を買った。
その日の放課後。
夏希がいつものように帰り支度をしていると、ちょんちょん、とうしろから肩をつつかれた感覚があった。
「!」
ばっと振りかえると、片瀬が顔を赤らめ、なにやらもじもじしながら口をモゴモゴさせている。
「あ、あの、岡田くん……その、よかったら、き」
「ちょいーーっす!ねぇ、二組のみなさん!片瀬かすみってどこの席?」
ちょうどその時、教室の前のドアからいかにもガラの悪そうな男子二人が入ってきた。突然の出来事に、クラス中の視線がバッとその二人に集中する。
無言で固まったクラスをなめるように見回し、男子の一人がイラついた様子で言った。
「ねー、さっさと誰か答えてくんない?」
「片瀬は、私ですけど」
片瀬は夏希に軽く目配せし、きっと表情を固くして前に進んでいった。男子二人は満足そうな笑みを浮かべ「ちょい付き合ってよ」と言うと、片瀬を連れて消えてしまった。
(くそ!!またしても邪魔が!!……って、それどころじゃない!あの二人、多分トイレで話してた奴らだ)
クラスの他の人も、不穏な空気を感じたのか「かすみ、大丈夫かな……」「どうする……?先生に言う?」などとあちこちで呟いていた。しかし、動こうとする人は誰もいない。
(どうすれば……このまま放っておいていいのか?放っておけば、あいつらのどちらかが片瀬に告白してしまう)
その時、あるクラスメイトがこんなことを呟いた。
「あいつら……確か暴力行為とかで、この前一週間くらい停学になってた奴らじゃね?」
「まじかよ?……片瀬さん、大丈夫か?」
それを聞いて、夏希は決心した。片瀬が危ないかもしれない。あいらのことを、黙って見過ごすわけにはいかない!!
(ぐああああああああっ!)
心の中でやけくそに叫びながら、夏希は勢いよく教室を飛び出した。
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