8 浅田さんは怖い
(そういえば、昨日片瀬かすみが言いかけた話って、何だったんだろう……)
漫画研究会のあった翌日、夏希はふと思い返した。昨日の朝、片瀬に「岡田くんって、もしかして」と話かけられた直後、思わぬ邪魔が入ってその話は中断されてしまった。
とても気になるあの話の続きを、聞くべきか。聞かないべきか。夏希は迷ったが、そもそも女子に自分から話かけることなんてこと自体が今までなく、どう切り出せばいいのかわからない。よって、片瀬のほうから話しかけてくるのを待つしかない!そういう結論に至った。
一時間目は英語の授業。
「それじゃあ、ここの和訳を、片瀬さんお願いね」
「はい。彼は、ヨーロッパ旅行の経験が三回ある、です」
「ん、正解。片瀬さんには簡単すぎたかな」
怖いと評判の英語の先生も、優等生の片瀬の前では優しい気がする。
二時間目、数学。
「じゃあ問二、樋口わかるか?」
「わかりません……」
「そうか、じゃあ……片瀬はどうだ?」
「はい。X=5です」
「よし、正解!」
難しい問題でもスラスラ解く片瀬は、やはり素晴らしい。
三時間目、体育。四時間目、五時間目……
ついに一日の授業がすべて終わってしまった。が、片瀬から夏希に一言も話しかけられることはなかった。
(くうぅ……まあ、またあした待てばいいか)
次の日も、その次の日も、辛抱強く夏希は片瀬から話しかけられるのを待った。
とうとう二週間が経ったある日、夏希の頭に一つのある仮説が浮かんだ。
(ひょっとして……片瀬、俺に話しかけたこと自体忘れてるんじゃ……?)
はっと気がついた時にはもうすでに遅し。二週間前のことなんて、いくら夏希が勇気を振り絞っても「そういえば、あの話ってなんのこと?」なんて聞いても意味がない。
(くそーーー!あの時……浅田さんさえ現れなければ!)
恨めしい気持ちを込めて、夏希はちょうど斜め前の席で友達と談笑していた浅田さんをにらんだ。と、まさにその時、浅田さんがくるりと振り返り、夏希とバッチリ目があった。
「……なに。何か用?」
まるで氷山に吹き荒れる吹雪のごとく冷たい声。切れ長の目をますます細めて、浅田さんは夏希をにらみ返した。
「いえ……何でもないです、すみません……」
完全に萎縮しきった夏希は、しぼんでゆく風船のように体を縮め、特に用もないのに資料集を開いたりして、できるだけ浅田さんが視界に入らないように努めた。
そして、漫画研究会の日から三週間ほど経ったある日、事件が起きた。