5 かすみにまた話しかけられた!!
「おはよー!」
「おはよう!」
三年二組の教室は、爽やかな挨拶と笑顔で溢れていた。入学式から一週間がたち、クラスメイトは少しずつ新しい空間に慣れつつあった。
そんな中、夏希は一人どんよりとした表情を浮かべ、自分の席に座ったままだ。今朝みた悪夢が、まだ尾をひいて胸の中に暗い影を落としている。
「夏希くん、おはようございます!今日は漫画研究会の……って、どうしたんてすか?そんな暗い顔して」
そんな夏希の顔を、晴彦がひょっこりとのぞきこんだ。
「……晴彦」
「はい?」
「お前、もしかして直人に私服のアドバイスとか受けてるのか?」
「はは、はいぃ?!」
「ブランド物の白いグラサンとか……テカテカのライダースジャケットとか年代物のジーンズとか、持ってんのか?!」
「ちょ、ちょ、どうしたんですか?!持ってませんって、そんなもの!第一僕がオシャレに疎いこと、夏希君が一番わかってるでしょう?」
「……そ、そうだよな。ごめん。はは」
やっぱり今日の夢はただの夢だったらしい。安堵して、夏希はへなへなと机に突っ伏した。
「よく分かりませんけど……体調悪いなら、今日の活動は中止しますか?」
「いや、大丈夫大丈夫。放課後、西側階段の踊り場でな」
「わかってますって!それじゃ」
そう言って晴彦は自分の席に戻った。
「おはよー!」
その時、凛とした鈴のような声が後ろから聞こえた。この声は、間違いない。片瀬かすみだ。夏希は突っ伏したまま、耳に全神経を集中させた。
「おはよ、かすみ!」
「りっちゃん!おはよう。いやー、今日暑くない?」
「ねー、暑いよね。あ!その爪どしたの?ツルツルじゃん!マニキュアつけたの?」
「まさかー!ヤスリで磨いたんだよ。マニキュアは禁止されてるでしょう?でも、磨くだけならいいかなーって」
「さすが!頭いい~。ねぇ、やり方教えて!」
女子同士の、意味がよく分からない会話にも夏希はちゃんと聞き耳をたてる。片瀬の声が聞こえてくるだけで、心身ともに浄化されるような気持ちだ。夏希の頬が、だらしなくにやけた。もちろん机に突っ伏しているので、他のクラスメイトに気持ち悪がられる心配はない。
しかし、ふと朝の夢で片瀬にパジャマをバカにされた記憶が甦り、夏希は再びげんなりと肩を落とした。
(片瀬かすみ……爪にまで気を使うような陽キャだもんな……実際に俺のパジャマ見たら、それこそ夢と同じような反応するんだろうな)
その時、ちょんちょんと肩のあたりをつつかれたような感覚がして、夏希は思わず飛び上がった。
「うひゃぁ!!」
「あっ、ごめん!寝てた?」
夏希が振り向くと、片瀬が申し訳なさそうにしてこちらを見下ろしていた。
「おはよう、岡田くん」
「えっ!?あ、あの、おはよう、ございます……」
(あの片瀬かすみが、俺に挨拶してくれてる!!)
「ねえ。岡田くんってさ、もしかして……」
「かーすみん!」
その時、片瀬の背後からにゅっと手が延び、腰に抱きついた。同じクラスの一番前の席にいる、音楽部の浅田さんだ。
「うわっ、ちょっとー!びっくりしたぁ」
「ふふ。ね、トイレ行こ~」
「はいはい、全くもうー」
片瀬は夏希に何か言いかけたのに、結局浅田さんに連れられてトイレに行ってしまった。
(……なんだ?もしかして、って、その続きは?)
もやもやしたまま彼女の帰りを待ったが、結局ホームルームが始まってしまい、その後、夏希は彼女に語りかけられることはなく放課後を迎えた。