3 超陽キャ登場!!
夏希の唯一の趣味。それは、エロ漫画を描くことだ。
学校が終わると、部活に行く生徒たちを尻目に我先にと帰り、夕食ができるまでひたすら描く。そして、夕食が終わった後も一人自室にこもり、夜12時まで描く。それが、夏希のルーティンだ。
無論、この趣味は親には絶対にバレてはいけない。クラスメイトなどはもってのほかだ。完成した漫画を見せるのは、同じ「漫画を描く」ことを趣味とする唯一の友達、晴彦だけだ。
自己紹介が終わり、今日は授業もないのであとは帰るだけとなった。チャイムが鳴り、それぞれクラスメイトたちは立ち上がって帰宅や部活の準備をし始める。片瀬は音楽部の片付けがあるのか、同じ音楽部の浅田たちと素早く教室を出ていった。
「ところで、さっきの続きですが……」
夏希が晴彦と一緒に帰ろうと誘うと、晴彦は声をひそめて言った。
「ああ、漫画研究会の次の活動ね。えーっと、俺はいつでもいいけど」
「そうですか!それでは、次の水曜日などどうでしょう?」
「うん、いいと思う」
夏希と晴彦は、中学に入ったあたりで密かに「漫画研究会」を立ち上げた。もちろん学校非公認、二人だけの研究会だ。月に一回ほど自作の漫画を見せ合って、感想を述べあったり批評したりする。
夏希の作品はエロ漫画だか、晴彦の描く漫画はなんと少女漫画だ。夏希にはよく分からない世界だが、男が描いているとは思えないほど繊細なストーリーが、柔らかなタッチで繰り広げられている。
「実はですね、僕、春休みに『漫モス』に漫画投稿を始めたんです」
「漫モスって、あのウェブ漫画投稿サイト?!」
どうやら夏希の知らない間に、晴彦はネットの波に自作漫画を乗せてしまうほどになったらしい。急に晴彦が遠い存在になった気がして、夏希は少しうろたえた。
「はい、でもやっぱり恥ずかしいのでちょっとした短編とか、四コマだけですけど」
「マジか……いや、すげーよ晴彦。スゲー。はは……」
たどたどしく友人を誉める夏希と、照れて頭を描く晴彦。そんな二人の肩を、後ろから誰かがポンと叩いた。
「なあ、なんの話してんの?」
どきっとして夏希が振り返ると、そこには親しげな笑みを浮かべた国仲直人が立っていた。
(うわ、デケー…)
夏希は、直人を見上げた。180センチはあるのではないか。学年で一二を争う低身長の晴彦と比べると、まるで親子だ。甘いマスクに、すらりとした体。髪は黒く、先生に叱られない程度にワックスで毛先を遊ばせているようだ。
しかし、なんでこんなイケメン陽キャが俺たちに話しかける?夏希が口をパクパクさせていると、隣で晴彦が顔をパッと明るくした。
「直人くん!そういえば直人くんも、同じクラスになったんですよね」
「久しぶりだな、晴彦。よろしくー」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
(え!なに、二人知り合いなの?!)
一人びっくりしている夏希に、晴彦が説明しだした。
「夏希くん、こちら直人くんです。クラスは違いますけど、塾で友達になりまして」
「ども。直人です」
直人は屈託ない笑みを浮かべた。あまりの急展開に何も言えなくなっている夏希に直人は「フフン」と笑うと、「よろしくなっ!」と声をかけ、夏希の肩をバシッと軽く叩いた。
「なにやってんだ直人、いくぞー」
「おう!」
同じバスケ部の仲間らしい人たちに声をかけられて、直人は颯爽と教室を出ていった。
「え……晴彦、あんな超陽キャと知り合いだったの?」
「はぁ、ある日直人くんが塾で電子辞書を忘れてきて、それで僕のを貸してあげたんです。そこから急に仲良くなりまして。たまに漫画交換とかしてるんですよ」
「何、その少女漫画的な展開!?」
「ですよね~、アハハ」
恥ずかしそうに笑う晴彦。その姿を見て夏希は、なんだか自分だけがどんどんひとりぼっちになっていくような感覚に陥った。