2 クラスの自己紹介
クラスの全員が席に着いたところで、担任が入ってきた。ホームルームが始まり今後の授業のスケジュール、イベントが淡々と説明されていく。
「じゃあ、とりあえず一通りの説明が終わったところで、それぞれ簡単に自己紹介してもらおうかな。じゃ、浅田さんから」
「はい。私は浅田ゆき、音楽部所属で……」
いきなりの自己紹介タイム。小さい頃から、夏希は自己紹介が苦手だった。大勢の人に目を向けられ、何を話していいのか分からなくなる。特定の部活にも所属していないから、何も話すネタが無い。
しかも、つまらない奴だと罵られたら。ついうっかり自分の性癖などを話してしまったら……という最悪の事態をいつも想像してしまう。
夏希の番が回ってきた。クラスの目が、一斉にこちらを向く。
「岡田……夏希です。部活は特に、入ってません。趣味は……その……」
ちらり、と救いを求めるように晴彦の座っている方をみたが、背の低い晴彦は柔道部主将の男子の影に隠れて、全く見えない。仕方なく夏希は続けた。
「とりあえず漫画……をみることです。よろしくお願いいたします」
ぱらぱらとまばらな拍手が起こる。本当のことを言うと、夏希は漫画をみるというよりも描くのが好きだ。それも、親には言えないようなジャンルの漫画を。この秘密を知っているのはただ一人、晴彦だけだ。当然、漫画を描くのが趣味だなどと言えば、たちまちクラスの全員から気持ち悪がられるだろう。
泣きたい気持ちになり、夏希は素早く着席した。次は後ろの席、つまり片瀬の番だ。
「片瀬かすみです。部活は浅田さんと同じ、音楽部所属です。あまり前のクラスと同じだった人がいないので少し寂しいですが、たくさん友達を作るチャンスだと思ってます!皆さん、どうぞよろしくお願いいたします」
はきはきとした口調で流れるように自己紹介を終えると、クラスは大きな拍手で包まれた。一人、夏希だけはうつむいて控えめな拍手を送った。
(すごい。俺とは雲泥の差だ。……やっぱり、住む世界が違う人間なんだな……)
落ち込む夏希を置いてけぼりにして、自己紹介はどんどん進む。廊下側から数えて二列目の、真ん中あたりの席の男子がすっと立ったとき、女子たちの小さなどよめきが起こった。
「国仲直人です。部活はバスケです。好きなことは運動全般と、あと漫画も好きです」
「どーせエロ漫画だろー?!」
突然起こった合いの手に、夏希はビクッと肩を震わせた。しかし、教室はどっと男子たちの笑いに包まれた。
「ちげーよ!フツーに◯◯とかアニメでやってるやつ!あー、あと▲▲も好きなんで、好きな人いたら語りましょー。以上!」
どん、と彼が席に着き、教室は拍手喝采となった。国仲直人。夏希も名前だけは知っていた。バスケ部のエースでイケメン、おまけに成績は片瀬かすみを抑えて学年で一位、実家は金持ち。まるで少女漫画のヒーローを具現化したみたいな男だ。
きっと、彼みたいな奴と友達になることは今後いっさいないだろう。かたや少女漫画のヒーロー、かたや過激なエロ漫画をこそこそ描いては悦に入っている、情けない自分。夏希は自嘲気味なうすら笑いを浮かべ、ぱちぱちとやる気のない拍手を送った。