凶悪ドラゴンは偽物聖女を背に乗せて
その国がエアリエルのことを凶悪ドラゴンだと言い出したのには訳があった。
エアリエルの暮らす禿山は、もともと国の領土で、そこから採掘される鉱石の数々は国を潤す富として古くから頼られていたためだ。
それなのにある時からエアリエルがそこを寝床としてしまった為、人々が満足に採掘できなくなってしまったのだ。
エアリエルもそれは知っていたが、何しろドラゴンなものだから、それがいかに迷惑な事なのかを理解できていなかった。
だが、そんなエアリエルでさえも、とうとう寝床を変える時が来たのだろうかと悩む時がやってきた。
背中に乗せているのは美しい紅の礼服に身を包む娘である。
聖女アデルとして聖剣を手にやって来た彼女は、偽物だった。本当はマーサという名の侍女であり、アデルと瓜二つの外見を買われて替え玉としてここへ送られたのだ。
しかし、討伐のためではない。マーサは聖女アデルとして敗北するためにエアリエルの前へやってきたのだ。
――私がここであなたに倒されれば、国は納得するのです。
懇願して聞かなかった彼女を背に乗せて、エアリエルは大空を飛んだ。
「ごらん、マーサ」
地上を見下ろし、エアリエルは背中にしがみつくマーサに声をかけた。
「あれがお前の愛する祖国の全てだ」
マーサは恐る恐る遥か下に広がる地上を見つめた。生まれてこの方ずっと愛してきた祖国は、大空から見下ろすと驚くほど小さかった。マーサが静かにその光景を眺めていると、エアリエルはさらにその先へと飛んでいった。
「この先は周辺国が領土を奪い合っている混沌の地だ。だが、山を三つほど超えた先には、人々の手の入らない美しい大地がある」
淡々と語り、エアリエルは猫のように喉を鳴らした。
「きっと、本物の聖女もそこを目指したのだろう。生き物が純粋なる愛を育むには良い場所だ」
飛びながらエアリエルはため息を吐いた。
「さて、マーサ。私はこのまま新しい寝床を探す旅に出る。君はどうしたい? このまま祖国に帰してやってもいいのだよ」
けれど、マーサはエアリエルの背中にしがみついたまま離れなかった。それが答えだった。エアリエルは小さく肯くと、そのまま遠い空の向こうへと飛び立っていった。
後日、竜の去った禿山の富は再び国を潤した。唯一遺されていたアデルの聖剣は尊ばれ、国の宝として祀られる事となった。
だが、エアリエルとマーサが遠い場所で今も幸せに暮らしていることは、誰一人として知らなかった。