第五話 姫からの問い
しばらくして、アレクさんが数人の兵士とともに私を迎えに来た。
「ミナツさん、急ですまないが俺たちと来てくれるか? 姫様と謁見してほしいんだ」
「それは別に構わないけど……」
アレクさんとともに来たのは、鎧を着た五人の兵士と、藤色の髪に眼鏡をかけた長身の若い男性が一人。その男性が、さっきからこっちを睨んでいる。
歓迎されてるって感じじゃないなぁ……。
「貴様がマレビトだな?」
「水瀬美奈津だよ」
「姫殿下が待たれている。支度があるならば早く済ませ」
ぶっきらぼうに言い放つメガネに、アリアちゃんが頬を膨らませた。
「シンヤ兄様! ミナツさんはアリアの命の恩人です! 失礼な態度はアリアが許しません!」
「アリア、その者との謁見のために殿下が待たれているのだ。急かすのも当たり前だろう」
「そ、それは……」
「支度なら必要ないよ。着の身着のままだし、手ぶらだし」
制服のポケットにはスマホも学生証も財布も入ってなかった。これが現代日本なら正気の沙汰ではないけれど、異世界ではどれも使いどころがない。スマホも電波がなけりゃただの文鎮だし。
「ならば行くぞ。もたもたするな」
「アリア、少しの間だけ留守番を頼む」
「むぅ……。わかりました、お兄様」
アリアちゃんはまだ少し不機嫌そうな表情をしながらも、アレクさんの言いつけ通りに私たちを見送ってくれる。私はアリアちゃんに手を振ってお別れをして、アレクさんたちの後に続いた。
王城の門の前まで来ると、門がゆっくりと開かれて私たちを通してくれる。門の向こうはまた通路になっていた。ただ、門の向こう側の通路は足元に絨毯が敷かれていて、調度品の類も飾られている。さすが王城だけあって、ぱっと見は煌びやかだ。
けれどよくよく見れば壁紙がはがれかけていたり、絨毯も汚れや焦げがある。長い年月使われてきたようだけど、取り換えられたり修繕されたりはしていなさそうだ。
「アレクさん、もしかして私って嫌われてます?」
道すがら、暇だったので隣にいたアレクさんに尋ねてみた。誰に、とまでは言わなくても通じるだろう。アレクさんは少し困った顔をして、
「許してやってくれ。シンヤにも色々あるんだ」
「あの人、偉い人なんですか?」
「この国の宰相だよ。シンヤ・サウスリバー。俺の幼馴染でもある」
「アレク! 任務中だ、私語を慎め!」
「えらく気合入ってますね」
「色々あるんだよ」
アレクさんはそれきり黙り込んでしまう。
色々、ねぇ……。それはたかが女子高生一人を案内するためだけに、武装した大人の男五人が連れ添っているのと何か関係があるんだろうか。
「この向こうが謁見の間だ」
通路の突き当りで、シンヤさんは立ち止まる。目の前には金の装飾が施された荘厳な扉が鎮座していた。この向こうに、姫殿下とやらが居るらしい。
「マレビトよ、くれぐれも無礼のないように努めろ」
「この国の作法とか何にも知らないんだけど大丈夫ですかね?」
「ニホンの礼儀作法を最低限こなすだけで構わないよ。それじゃ、いくとするか」
アレクさんとシンヤさんがそれぞれ左右の扉を開き、謁見の間があらわになる。
そこは広々とした大理石の空間だった。つやつやとした床は淡く光沢を放ち、空間全体を神秘的な明るさで照らしている。立ち並ぶ柱の向こう、その先にある王座に座るのは青く長い髪の一人の少女だった。
「クリスティナ様、マレビトをお連れしました」
シンヤさんが少女に向かって片膝をつき恭しく頭を下げる。アレクさんも他の兵士の人たちも、片膝をついて首を垂れている。
私もした方がいいんだろうか。まあ、いいや。
それにしてもこの子が、この国のお姫様……?
私と同い年くらいか、少し下に見える。顔立ちにはまだ幼さが残っていて、体の凹凸も控えめだ。けれど表情には見た目以上の大人びた印象を受ける。私をじっと見つめる瞳からは、底知れない何かを感じた。
「うむ、ご苦労だったのじゃ」
のじゃ……?
「よくぞ参った、マレビトよ。わしがこの国の主、クリスティナ・アメリアじゃ」
「あ、えっと。水瀬美奈津です。日本から来ました」
「知っておる。マレビトは皆、この世界とは違う別世界のニホンという国からやってくる。伝承の通りじゃな。その服はセーラー服というのじゃろう? 似た服を着たマレビトも居たと記録に残っておった」
……やっぱり、頻繁にマレビトとして日本人がこの世界に来ているようだ。
「まずはアリアを助けてくれたことに対する礼を言わせてくれ。アリアはわしにとっても妹のような存在じゃからな。ミナツよ、本当に感謝するのじゃ」
「いや、私は別に。私の方こそ、アリアちゃんが居たからドラゴンにも襲われず無事ここまでたどり着けました」
もしもアリアちゃんに会っていなかったらどうなっていたことか。考えるだけで寒気がしてくる。
「ふむ。ところでお主に一つ尋ねたいことがあるのじゃが」
「尋ねたいこと、ですか?」
「なあに、そう大した質問でもないんじゃが」
お姫様は私の目をまっすぐに見つめながら、こう問いかけてきた。
「――マレビトよ。わしらはドラゴンと戦うべきだと思うか?」