第四話 王都アメリア
「俺はマレビトの来訪を姫様に伝えてくる。アリア、お前はミナツさんを屋敷まで案内してあげてくれ。彼らの遺品も、一度屋敷で預かろう」
「わかりました、お兄様」
アレクさんは一足先に門の向こうへ行ってしまった。姫様に伝えてくるって、マレビトの来訪はそんなに大事なんだろうか。もしかして私、国賓待遇でもてなされちゃったりして。
いやぁー、困っちゃうなぁ。
「ミナツさん、顔が緩んでいますがどうされたんですか?」
「おっと。何でもないよ、アリアちゃん。それよりアリアちゃんのお屋敷って近いの?」
「はい。案内しますね」
「よろしく」
アリアちゃんの後に続き、門番さんに会釈をしながら門を潜る。
そうして門を潜った先、そこにあったのは狭い通路だった。
「これが、王都?」
天井から吊るされたランタンの灯りが、その空間を薄ぼんやりと照らしている。凸の字を逆さにしたようにくり抜かれた石造りの通路が奥まで続いていて、通路に沿っていくつもの横穴が上下二段に分かれて開いていた。
建物の類はどこにもなく、人の姿もまばらだ。洞窟と変わらず湿気も多くて、ふと通路の端を見ればキノコが生えている。
ここがアリアちゃんの国の王都だと聞いていたけど……。
「ビックリしましたか?」
「うん、少しね」
「ここは、かつて地上にあった王都アメリアの住民がドラゴンから逃れるために作った地下都市です。……都市、と呼べるほどのものでも、本来はないのかもしれません」
「どれくらいの人が住んでるの?」
「千人ということになっています。実際の数字は、たぶんそれよりも……」
少ない、か。
お世辞にも環境がいいとは言えない。こんなところで生活していたら、すぐに何かしらの病気になっちゃいそうだ。そうでなくても、精神的に参ってしまうと思う。
アリアちゃんのお屋敷までの道すがら、すれ違う人たちの表情は暗く冷たい。
みんな生気を感じられない表情をしていた。
街に活気という言葉はなく、時折どこかから誰かの怒声が響いてくる。アリアちゃんはびくっと肩を震わせて、耳に手を当てながら速足で進む。
「……ごめんなさい」
「アリアちゃんが謝ることじゃないよ」
こんなところで生活していたら誰だってストレスをため込んじゃうだろう。気がたってしまうのは仕方のないことだ。
うつむくアリアちゃんの手を取って並んで歩く。アリアちゃんは私の顔を見上げて、少しだけ表情を緩ませた。
「ミナツさんは優しい人ですね」
「そうかなぁ」
私は、アリアちゃんのほうが優しいと思うけど。
身の危険を冒してまで死んだ人たちの遺品を拾い集めたアリアちゃんだから、護衛の人たちも自分の命を賭して守ろうとしたんだと私は思う。
「ずっと気になっていました。ミナツさんは、どうしてアリアを助けてくれたんですか……?」
「うーん、難しい質問だね」
どうして、と聞かれても返答に困る。ただ何となく助けなきゃと思った。そう思った瞬間にはそれ以外の選択肢は消えて、体が勝手に動いていた。昔から、頭で考えるより先に体が動いちゃうのは悪い癖だ。
子供のころからよくむかつく相手には蹴りを入れていて足癖が悪いと言われたけど、それも頭で考えるよりも体が先に動いていたからである。
だからまあ、
「ノリと勢いだよ」
「えぇぇ⁉ アリアはノリと勢いで助けられたんですか⁉」
「うん。意外と大事だよ、ノリと勢い」
「あ、侮れないです。ノリと勢い!」
アリアちゃんは「アリアもノリと勢いで生きられるように頑張ります!」と拳を握ってふんすと鼻息を漏らす。子供に悪影響を及ぼすってこういうことかぁ、と私はしみじみ理解した。なお訂正するつもりはない。
それからしばらく歩き続け、やがて逆凸型の通路の端まで来た。正面には大きな門があって、アリアちゃんはその門に向かって右の横穴に入っていく。横穴の奥には門があって、そこに門番が一人立っていた。
「正面が王城で、こっちがバルキュリエ家の屋敷です」
「王城、屋敷……」
どっちも壁と門しかなく、立派なお城や立派なお屋敷は見当たらない。
アリアちゃんを見て、門番さんが門を開いてくれる。門が開かれると、その向こうは居住スペースになっているようだ。これ門じゃなくて玄関だったよ。
「どうぞ。しばらくしたらお兄様が迎えに来てくれると思います。それまで自由にくつろいでいてください」
「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらうね」
とりあえず手近にあったテーブルの椅子に腰かける。部屋の中はワンルームマンションのような狭さで、家具もベッドが二つとテーブルが一つ。他はいくつかの棚なんかが置かれているだけで、調度品や装飾の類はほとんど見られない。
「ここでお兄さんと暮らしているの?」
尋ねると、アリアちゃんは首を横に振った。
「お兄様は王城に詰めていることが多くて、普段はアリア一人のことが多いです」
「そっか。寂しくない?」
「……実は少しだけ。でも、今はミナツさんが居るから寂しくありませんよ」
「アリアちゃんは可愛いなぁ」
頭をなでてあげると、アリアちゃんは恥ずかしそうに「えへへ」とはにかむ。
それからしばらく話していても、アリアちゃんからお兄さん以外の家族の話は出てこなかった。