第二話 死者への弔い
「行ったかな……」
しばらく岩場の窪地で息をひそめたのち、私たちはドラゴンの姿が見えなくなったのを確認して外に出た。
「ふぅ……。なんとかやり過ごすことができたね」
「あ、あの。ありがとう、ございました。ミナツさんのおかげで、小型龍の餌食にならなくて済みました」
「それはなにより」
……ん? 小型龍? あれで小型? 軽く頭から尻尾の先まで二十メートルはあったと思うけど……。
あらためて、とんでもない世界に異世界転移してしまったと自覚する。こちとら神様からチートスキルも何も貰ってないパンピーだ。この異世界、あまりにも難易度たかすぎない?
「あのっ! もしよかったら、アリアたちの国に来ませんか……? お礼を、させてください」
「お礼? 別にいいよ、そんな大したことしてないし。あ、でもアリアの国は興味あるかな。行く当てもなかったし、お礼なら案内してくれるだけで十分だよ」
「そ、それじゃあ……。あ、でも、ちょっと待ってください」
アリアはそういうと、どこかへ向かって走り出す。後を追いかけると、彼女が向かった先はドラゴンと人間が戦っていた場所だった。
幾つもの、目を覆いたくなるような死体が転がっている。人の姿をしていたらマシ、黒焦げになっていなければ奇跡と思えるほどの、凄惨な光景が広がっている。
「ぅ……くっ…………」
アリアは目元を服の袖で拭い、時折嗚咽を漏らしながら彼ら一体一体の所持品を拾い集めていた。ペンダントや、眼鏡、腕輪、布で作られたお守りのようなもの。一つ一つの遺品を大事に布に包んで、背負っていく。
かなりの量になりそうだった。アリアの小さな体では、到底背負いきれそうにない。
「アリア、私も手伝うよ。荷物持ちだけでもさせてもらっていいかな?」
「ミナツさん……」
「私も、この人たちに生き残らせてもらったからね」
この人たちが戦っていなかったら、私は森を抜けた時点でドラゴンに見つかっていただろう。そしたら今頃、私はドラゴンの胃の中でぐちゃぐちゃのドロドロになっていたと思う。彼らは私にとっても命の恩人だ。相応の礼は返したい。
それから、私たちは彼らの遺品を可能な限り拾い集めた。
いつドラゴンが戻ってくるかもわからない。そんな緊張感の中での作業に、肉体の疲労と精神の摩耗が積み重なっていく。それでも、アリアが頑張っているのに私が先に音を上げるわけにはいかないと気合を入れる。
やがて見つけられた全ての遺体から遺品を集め終わり、私たちは急ぎ足で岩場を離れた。
「あの小型龍に襲われたのは、隣国へ書状を届けに行った帰りのことでした」
アリアの国までの道中、私は彼女からドラゴンに襲われるまでの経緯を聞いた。
どうやらアリアは、彼女の国で有力な家の生まれらしく、外交官的な役割を担っているらしい。アリアが相手方の国に危険を冒してまで赴くことに意味があるのだという。
ドラゴンと戦っていたのは、そんなアリアの護衛をしていた人たちだ。彼らは元々アリアの実家に仕えていた人たちだそうで、アリアを逃がすために我先にとドラゴンへ向かっていったという。
「みんな、アリアのため懸命に戦ってくれました。生き残ったアリアには、彼らが生きた証を持ち帰る義務があるのです」
「だから、遺品を集めてたんだね」
「……本当は、もっとちゃんと弔ってあげるべきでした」
野ざらしになったままの死体を思い浮かべたのだろう。アリアはうつむいて、きゅっと唇をかむ。
あの状況では、遺品を集めるのが最善だった。あれだけの数の死体だ。穴を掘って墓なんて作っていたら、ドラゴンが戻ってきて私たちまで食べられていただろう。そうでなくても、少なくとも数日は寝る間も惜しんで穴掘りをする羽目になっていた。
アリアも頭では理解しているんだと思う。けど、気持ちがまだ追いつけていない。
私は俯くアリアの頭に手を置いて、優しく髪を撫でてあげた。
土埃にまみれて少しくすんだ金色の髪。しっかりと手入れしてあげたら、きっとさらさらできらきらして見えただろう。
「ミナツさん……?」
「その人たちは、アリアを守るため勇敢にドラゴンと戦った。だから、アリアがずっとその人たちのことを想い続けてあげれば、それが弔いになるんじゃないかな」
弔うという行為は、生きている人間の気持ちに整理をつけることだと私は思う。
だから、アリアの気が済むまで彼らを想い続けてあげればいい。
「想い続ける……。そう、ですね。きっとミナツさんの言う通りです。アリアは彼らのことをずっと想い続けます」
「うんうん。アリアは良い子だねぇ」
「こ、子供扱いしないでください! こう見えてアリアはもう十歳なんですよっ!」
「こう見えて?」
どう見ても十歳くらいなのだけど、あれかな。平均年齢が低すぎで十歳でも大人扱いされている的な感じ。
いや、そんな、まさかねぇ……?