第一話 ドラゴンに支配された世界
「ここは……?」
気づけば、私は見知らぬ森に立っていた。空を覆うほどうっそうと茂った枝葉に日光が遮られ、周囲は薄暗くじめっとしている。
肌にまとわりつくような湿気に不快感を覚えてふと見ると、私は高校のセーラーを身にまとっていた。
あれ……?
確か、私は入院していたはず。原因不明の病で体を自由に動かせなくなって、人工呼吸器がなければ呼吸すら止まるほど衰弱していたのに……。
口元には人工呼吸器はもちろん、右腕に刺さっていた点滴の針すら見当たらない。
いったい、どうなっているんだろう……?
動かなかった体は、頭の先から足の指先まで自由に動く。軽くジャンプしてみたり、ストレッチしてみたり、色々と試してみたけど不自由なところはどこにもない。
「私、もしかして死んだ?」
真っ先にそれが思い浮かんだ。ここは天国か、はたまた地獄か。
……ま、どっちでも良いや。
指先を軽くつまんでみると、しっかりとした痛みがある。少なくとも、これは夢なんかじゃなくて現実らしい。
私はとりあえず歩いてみることにした。久しぶりの歩行するという行為が楽しくって仕方がない。鼻歌にスキップ交じりで、私は闇雲に進み続けた。
それからしばらくして、前方に明るい岩場のような地形が見えてきた。どうやら森の出口に行き当たったようだ。
さっそく森を抜けた私は、そこで目を疑う光景を目の当たりにした。
人が空を飛んでドラゴンと戦っている。
「これって異世界転移⁉」
私としたことが、この可能性をすっかり失念してしまっていた。
すごい、本物のドラゴンだ……。
ファンタジー物の映画で見たものとそっくり。全身を鱗で覆われていて、巨大な翼をはためかせて自由に空を飛び回っている。
口から吐き出された炎は人を丸焦げして、振り回された長い尻尾が人を地面に叩き落とす。
鋭い爪は容赦なく人肉を切り裂き、鋭利な牙と強靭な顎が咥えた獲物を食い千切る。
……いや、待って。強すぎない?
一方的に、ドラゴンは周囲を飛ぶ人たちを屠り続けていた。スプラッタな光景が目の前で繰り広げられ、私は思わず口元を抑える。
圧倒的だった。
人間側の弓矢はドラゴンの翼が起こす突風に吹き飛ばされ、剣は固い鱗を貫けない。一人の男性がどんな原理か腕の先から炎を放つも、ドラゴンの放つ火炎に飲み込まれ火達磨になって墜落していく。
……無理だ。
人間側の攻撃は一切、ドラゴンには通じていない。一方的に狩られる側となって、彼らはついにドラゴンに背を向けて逃げ始めた。
けど、追いつかれる。ドラゴンのほうが圧倒的に速くて、一人、また一人と狩られていく。
それもそのはずで、彼らは飛んでいるというよりも、ただ浮かんでいるだけだった。
空での動きはドラゴンのほうが格段に速くて、人間のほうはふらふらと宙を漂っているといった有様だ。これじゃ、どうしようもない。
「でも、どうして……」
彼らは勝算があってドラゴンに挑んだわけじゃなかったの……?
だとしたら……。
ドラゴンから視線を外して周囲を見渡す。
……居た。
岩陰に隠れるように、一人の女の子が身を縮めている。たぶん、あの人たちはあの子を逃がそうとしているんだ。
でも、あの場所はあんまりよくない。確かに岩の陰にはなっているけど、上からなら角度によっては丸見えだ。ドラゴンの意識が飛んでいる人たちに向かっているからまだ気づかれていないけど、少しでも下に意識が向けば気づかれる。
私は一度ドラゴンの位置を確認して、
「――今っ」
一息に岩場を駆けた。これでも体調を崩すまではバリバリの陸上部だ。ドラゴンがこっちに気づくまでに女の子の元まで駆け寄って、
「こっち!」
手を引いて上空からの死角まで走る。
「だ、誰ですか⁉」
「静かに、気づかれちゃうよ!」
「む、むぐぐっ!」
女の子は驚き戸惑いながらも、手で口元を抑えながら私の後に続いて走ってくれた。立ち止まられるのが一番怖かったけど、その心配は杞憂だったようだ。
何とか岩場の中にあった窪地に辿り着いて、女の子を抱えて身を隠す。ここなら、上からはほとんど見つからない。その分、地上からの死角は少ないから、あとはもうドラゴンが降りてこないことを祈る限りだ。
「あの、あなたは……」
「私? 私は水瀬美奈津だよ。そっちは?」
「アリア、です。アリア・バルキュリエ」
アリアちゃんと名乗った女の子は、お人形用に整った顔立ちをしていた。金髪のお下げがとてもよく似合っている。
「よろしくね、アリアちゃん。ところであれ、なに?」
頭上を指さして尋ねると、アリアちゃんはうつむいて拳をぎゅっと握りしめる。
「ドラゴン……。この世界の、支配者です」