第十五話 魔術式
「弱点みつかんなぁーい」
私は弱音を吐きながらソファに倒れこんだ。
王国魔法師になって早三日。毎日シュミナさんの研究室であれやこれやとドラゴンの倒し方を考えてはいるのだけど、いかんせん現実的なアイデアが思い浮かばない。
そもそも、ドラゴンと戦えるようになる最低条件がまず鬼畜なのだ。
大前提となるのは二つ。
一つはドラゴンとほぼ同じレベルで空が飛べること。
もう一つは、鱗に覆われたドラゴンの分厚い皮膚を突き破れるだけの武器を用意すること。
どっちも、ムリゲーなんじゃないかと思えるほど難しい。
私の現代知識はたかが知れているし、この世界の技術で現代日本の技術を再現することは至難の業だ。ほぼ不可能といってもいい。
私の前のマレビトも銃火器の量産に成功したとは言っても、シュミナさんの話を聞けばせいぜい火縄銃くらいのものだったらしい。現代の軍隊が使用している銃ほどの威力はないだろうし、射程もたかが知れている。そりゃドラゴンにかなわないわけだ。
「どうしたもんかなぁ……」
私の独り言に答えてくれる人は居ない。私は今、シュミナさんの研究室で一人きりだった。
シュミナさんは王国魔法師長の肩書を持っているだけあって、それなりに忙しい人だ。時間が空いているときは私に付き合って色々なアイデアを検討したりするのだけど、基本的にはこの研究室を留守にしていることが多い。
今も、お姫様やアレクさん、シンヤさんたちと何やら会議中とのこと。このメンバーでの会議はかなり長引くから、しばらく帰っては来ないだろう。
私はソファから起き上がると、ちょっと休憩することにした。気分転換に読書……なんて性格ではないけど、とりあえず手近の本を手に取ってみる。
ぺらぺらとページをめくっていくと、幾つもの挿絵に目が行く。そこに書かれていたのは、コンパスで描いたような綺麗な円と、円の中にある五芒星。そして円と五芒星の内側に書き込まれた謎の文字。
「これ、魔術式って言うんだっけ……」
漫画によく出てくる魔法陣と似ているけど、この世界ではそう呼ぶそうだ。
研究室の壁に幾つも貼ってある古い紙もすべて、魔術式をドラゴンが襲来する前の時代の学者が模写したものだという。
その辺の話を、シュミナさんは色々と聞かせてくれた。
「魔術式は遥か昔、記録に残っている限りでは最初にこの世界に訪れたマレビトが書き残した書物に記されていたものなんだ。長らくその存在は謎に包まれていて、ドラゴンが襲来する直前にようやくその使い方が判明したんだよ」
「使い方って?」
「大まかに言ってしまえば、魔法の強化だね。魔術式を媒介させることで、理論上では桁違いに魔法の威力を高めるとされている」
「へー、それはすごい。でも、ドラゴンには使えなかったの?」
「媒介させる方法がなかったからね。魔術式を魔力の通りやすいインクで模写したところ、魔力に反応を示したことからそのように言われているだけなんだ。実際にどうか試す方法もないんだよ」
良い線行ってたと思ってたんだけどね、とシュミナさんは悔しそうな顔で語っていた。何でも、ドラゴンに対抗する術がこの魔術式にあるはずだ、と長い間研究を続けていたそうだ。でも、結局魔法の媒介とする方法が見つからず断念したらしい。
「媒介かぁ……」
私はほんの出来心で、本に書かれていたテキトーな魔術式を魔力の粒子で再現できないかと試してみることにした。
媒介できないならもういっそ魔力で空中に書いちゃえばいい。そこら辺に漂っている魔力の粒子を集め、本を参考に魔術式を構築していく。
これは、水の魔法を強化する魔術式かな……? 古い本なうえに原本を模写したものらしいから、どうにも文字が読みにくい。解説部分で何とか読み取れたのは〈水槍――トリシューラ〉という名前だけだった。
ナニコレ、中二っぽいなぁ。
とにかくある程度まで魔術式を構築していき、そこでふと考える。
こんな狭い部屋の中で水魔法を使うのはまずいのでは……?
そこまで本気で魔法を放つつもりはなかったけど、部屋の中は間違いなく水浸しになってしまうだろう。そこら辺に積まれている書物はどれも貴重そうなものばかりだし、ここで魔法を使うのはまずそうだ。
気づいてよかったぁ。どこか、魔法を使えそうな場所に移動しよう。
研究室から出ちゃ駄目だとは言われてないので、私は王城の中を探索することにした。
と言っても、どこも似たような廊下が続くだけで代り映えはしない。王城自体も狭く、大きな部屋なんて片手で数えられる程度だった。
その内の一つ、謁見の間の様子をこっそりと伺う。
「……誰もいない」
てっきり会議はここで行われていると思っていたけど、どうやら違ったらしい。大理石の床が広がる空間は25メートルプールくらいの広さはあって、ここなら魔法を使っても大丈夫そうだ。
水の魔法なら乾かすだけで片付けも簡単だし、
「魔術式、構築! ……なんちゃって」
改めて魔力の粒子で魔術式を作り上げていく。その工程は思っていたよりも簡単だった。まるでそれが正しい使い方だとでも言うように、魔力の粒子は互いに繋がりあって魔術式を構築していく。
魔法の発動にはイメージが重要らしいけど、これも同じだ。手元の本を参考に魔力の粒子を動かしていくと、みるみる魔術式は完成に近づいていく。
ものの十数秒ほどで魔術式は完成した。
「あとはどうするんだろう? 水の魔法を使えばいいのかな」
魔術式に向かって右手を突き出し、魔力を周囲から集め、同時に体内からも放出する。周囲の魔力と体内の魔力、どちらも使うことで魔法に必要な魔力がすぐに集まる。
「これで、ええっと……。〈水槍――トリシューラ〉」
私がそう言ったと同時、魔術式が眩い輝きを放った。
直後、
「く、ぁ…………?」
私の体内からごっそりと魔力が持っていかれた。
やばっ……。
慌てて魔法の行使を止めようとするも、止められない。魔術式が輝きをより強くするごとに、私の中の魔力が搾り取られていく。
まずい、止めなきゃ……。
体の芯が冷たくなっていく。体内にあったはずの大切な何かが、どんどん体の外へと流れ出ていく。頭が割れるように痛い。肺が酸素を求めて息が荒くなる。どれだけ息を吸っても、呼吸が苦しい。
「なに、これ……?」
胸を押さえながら顔を上げると、霞んだ視界に魔術式から三又の巨大な水の槍が飛び出ているのが映った。それは、この前のシンヤさんの魔法とは比べ物にならないほどの、膨大な魔力の集合体。
魔術式は更に輝きを増し、私の体内からは無制限に魔力が奪われていく。意識を保つのは、もう限界だった。
視界が闇に閉ざされる。その寸前に私が見たのは、謁見の間の壁に向かって放たれた三又の水槍の姿だった。
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2020:11/6更新予定




