第十一話 脱走
「それじゃ、こんな牢屋からはさっさと脱走してしまおうか」
そう言って、シュミナさんは白衣のポケットから一本の鍵を取り出した。それを鉄格子の鍵穴にさして、あっさりと鍵を開けてしまう。
そうしてシュミナさんは鉄格子の内側に入ってくると、私の手足を縛っていた枷も同様に外してくれた。
「いいの?」
「こんな所に居ちゃ、君の夢は叶わないだろう? ついておいで」
シュミナさんは牢屋から出ていき、私はその後を追った。
牢獄に見張りの兵士の姿はなかった。鍵を持っていたことといい、随分と用意周到だ。まるで、こうなることを予見していたみたい。
……ううん。たぶん、期待していたんだ。
「どこへ向かうの?」
「お姫様のところだ。君の王国内での活動を認めてもらう」
「認めてくれるかなぁ。お姫様やアレクさんはともかく、シンヤさんは認めてくれなさそうだけど……」
「あいつは昔から頭が固いからねぇ。それに、マレビトには思うところもあるんだろう。そうそう納得はしてくれないだろうけど、お姫様への忠誠は厚い。お姫様の言葉には従うはずだよ」
「本当かなぁ……」
三日前。お姫様と会ったとき、あの場にいた人たちの中でシンヤさんだけが私を本気で殺そうとしていたように感じられた。気のせい……かもしれないけど、用心するに越したことはなさそうだ。
シュミナさんの後に続いて、牢獄の階段を上り王城の中を歩く。
時折、鎧姿の兵士の人たちとすれ違ったけれど、シュミナさんの後ろを歩く私を見て驚くだけで誰も声はかけてこなかった。
シュミナさんは何食わぬ顔で「ご苦労さま」と声をかけていて、歩き方も堂々としたものだった。これ、私って脱走してるんだよね?
「シュミナさんって、偉い人なんですか?」
「まあ、形だけの役職でも王国魔法師長なんて肩書だからね。一応、この国じゃ三番目に偉いということになっているのさ」
なるほど、道理で誰も私が居ることに違和感を覚えながらも咎められないわけだ。三番目ってことは、上にはもうお姫様と宰相のシンヤさんくらいしか居ないのだろう。
シュミナさんは王城の中を堂々と歩き続け、謁見の間の扉の前で立ち止まった。三日前と同様に、この部屋の中でお姫様は待っているのだろう。
「失礼するよ」
シュミナさんは扉を開き中へ入っていった。私もその後に続いて謁見の間に足を踏み入れると、やはり王座にはお姫様が座っていてこちらを見下ろしている。お姫様は私を見て驚きもせず、ふっと口角を吊り上げた。
「貴様、なぜここにいる⁉」
驚いた様子を見せたのはシンヤさんとアレクさんだ。
「マレビトにかどわかされたか、シュミナ!」
「落ち着きなよ、シンヤ。あたしはかどわかされちゃいない」
「ならばなぜマレビトが牢屋から出ている! 貴様、裏切ったのか⁉」
「はぁ……。話が通じないね」
シュミナさんは深々と溜息を吐くと、話が通じないと諦めたのか視線をお姫様に向けた。
「クリスティナ姫殿下、お願いがございます」
「うむ、申してみるのじゃ」
「このマレビト……ミナセ・ミナツを、あたしの配下として王国魔法師に取り立てていただきたい」
「ほぅ……」
お姫様は目を細め、試すような視線を私に向けた。
私はあえて何も言わず、こくりと頷いてみせる。
王国魔術師になれば、この国での立場は保証される。それも、シュミナさんの配下ならなおのこと。私の夢を叶えるためには何かと都合がいい。
「ふざけるのも大概にしろ! マレビトを国家魔法師にするだと⁉ 貴様はこの国を亡ぼすつもりか、シュミナ!」
「どうせ、遅かれ早かれ滅びるじゃないか」
「――ッ‼ 貴様ぁっ‼」
「宰相である君が最もよく知っているはずだ。慢性的な食糧不足で、国民たちは少ない食料を分け合って暮らしている。当然、栄養は不足して病気になる者が後を絶たない。平均寿命は四十歳を下回り、出生率も低下の一途だ。このままじゃ、この国は五十年ともたないよ。終わりが見えてしまっている」
「そんなことはわかっている‼ だが、マレビトは死を早める毒薬だ‼ 貴様はこの国を、我々の代で亡ぼすつもりか‼」
「なら聞くけど、滅びかけの国を次代に任せて責任を押し付けるつもりかい? あたしは、そっちの方が嫌だ。これは我々に訪れた最後のチャンスなんだよ、シンヤ。滅びに向かうこの世界を、変えられるか否かのね」
「…………」
シンヤさんも、心のどこかではシュミナさんの言葉を理解している。けれど、感情との折り合いをつけられるかどうかは、別の問題だ。苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべ、シンヤさんは私を睨みつける。
「マレビト、貴様はこの国をどうするつもりだ……?」
「どうもしないよ。私は、私の夢を叶えたいだけだから」
国が滅びるとか、滅びないとか、そういったことのために私は空を飛ぶんじゃない。私が飛びたいから飛ぶんだ。
「……やはり、貴様は危険だ。そのような心構えの者に、この国を任せてなるものか‼」
シンヤさんの周囲の光の粒子が、彼の元へと一斉に集まりだす。光の粒子はシンヤさんの体内からも溢れだし、やがてギロチンの刃のような形を形成してその切っ先を私へ向けた。
これ、もしかして魔法……⁉
「この馬鹿っ!」
シュミナさんも察知したのか慌てた様子で光の粒子を集め魔法を放とうとするけど、シンヤさんの方が遥かに早い。
でも、それ以上に早く。
「ダメぇえええええええっ‼」
小さな影が、私とシンヤさんの間に割って入った。
「アリア⁉」
「危険だ、アリアちゃん!」
アレクさんも、シュミナさんもアリアちゃんを止めようとしたけど間に合わない。
そして、
「しまっ――⁉」
シンヤさんもまた、放たれようとしていた魔法を止める術を持っていなかった。目の前に躍り出たアリアちゃんに意識が行ったのか、魔法はアリアちゃんの小さな体に向かって一直線に放たれる。
不可視の風の刃。当たれば小さなアリアちゃんの体は一溜りもないだろう。
「間に合えっ!」
私はシンヤさんが魔法を放つよりも早く、アリアちゃんに向かって走っていた。アリアちゃんの体を右腕にぎゅっと抱きしめ、魔法を見る。アリアちゃんを抱えて避ける余裕はもうない。逃れようもないほど近くに魔法が迫っている。
――ッ! 一か八か!
私は光の粒子を左手に集めた。イメージするのは、魔力の壁。迫りくる魔法と同程度の魔力を周囲と体内からかき集め、目の前に構築する。
そうして、魔力と魔力がぶつかり合った。
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2020:10/30更新予定




