第十話 私の夢は
「まさか、その飛空石で空を飛ぶつもりかい?」
「ゆくゆくは。でも、これだけ『飛ぶ』って感じじゃなくって『浮く』って感じなんだよねー。魔法で風を起こせば、少しは動けそうだけど……」
私の思い描いていた『空を飛ぶ』とは、やっぱり少し違う。
飛空石を利用した何か別のアイデアを考えるべきだなぁ。
「いや、それ以前の問題だよ。君は理解しているのかい? この世界で空を飛ぶということが、どういうことなのかを」
「してるよ。実際に見てきたから」
この世界で空を飛ぶということは、ドラゴンの縄張りに足を踏み入れるということだ。飛んでいるのに足を踏み入れるとはこれいかに……。
とにかく物凄く危険なことだとは、理解している。
「だったら……」
「それでも。それでも私は、空が飛びたい」
シュミナさんをまっすぐに見上げ、私は言った。この気持ちは、もう心の奥底になんてしまわない。
地上をドラゴンに支配されて、お先真っ暗なこの異世界で、私が生きる理由はこれ一つだけだ。絶対に折れないし、絶対に失わない。生まれ変わることができたなら、最後の最後まで貫いてやるんだって、前の世界でそう胸に誓ったのだから。
「……どうやら、決意は固いようだね。聞かせてくれるかい、ミナツちゃん。君の、ニホンでの生活を。君が空に執着する理由を」
「いいよ。ほどほどに長い話だけど、それでもよければ」
私はシュミナさんに、元の世界での私の人生を話した。
どこにでもいる普通のサラリーマンの父と、塾講師をしている母との間に生まれたこと。妹が一人居ること。子供の頃からずっと、空を飛びたいと思っていたこと。
私の人生を一つ一つ、時間をかけて話していく。異世界に一人きりになった私は、誰かに私のことを知ってほしかったのかもしれない。彼女が求めていなさそうな些細なことまで、事細かに喋ってしまう。
それをシュミナさんは興味深そうに、時折過去のマレビトが残したという日記を基にした本のページをめくりながら、私の話を真剣に聞いてくれた。
途中何度か休憩を挟んで、二人でコーヒーに似た飲み物を飲んだりしながら、私は私の人生を全て語り終えた。
たった十七年の短い人生だと思っていたのに、語ってみたらけっこう時間がかかった。
「そんなこんなで、私はこの世界にやってきたんだよ」
「なるほど。だから君は、空を飛ぶことに執着するんだね」
シュミナはパタリと本を閉じて、立ち上がる。そうしてゆっくりとこちらに歩いてきて、鉄格子の前で立ち止まり私を見下ろした。
「元の世界じゃ、君は原因不明の病で歩くことすらできなくなった。何もできなくなってしまったからこそ、空への憧れが強まったのかな」
「病気にならなかったら、私はたぶん空を飛びたいって気持ちを思い出さなくて、普通の人生を歩んでいたと思う」
その点だけ見れば、よかったのかもしれない。
誰だって子供の頃に夢は抱くけど、夢を叶えられるのは一握りにも満たない極僅かな人たちだけだ。大半の人が、子供の頃に抱いた夢なんて高校生になる頃には忘れてしまっている。私もそうだった。
思い出せたのはまさに怪我の功名。奇跡といっても、私にとっては過言じゃない。
「それでミナツちゃん。君はこのクソみたいな世界で、いったい何をしでかすつもりだい?」
シュミナさんは、そう私に尋ねてくる。
何かを期待する瞳。三日前、別れ際に見たお姫様と同じ瞳だ。
シュミナさんも、お姫様も、私に何かを期待している。毒薬であると知りながら、それでも『希望』を求めている。
「そんなの、決まってるよ」
手足の枷からつながった鎖をじゃらりと鳴らしながら、私は立ち上がってシュミナさんと目を合わす。
前の世界で叶えられなかった夢を叶える。
それが、新たな世界に降り立った私のしたいこと。
例え地上をドラゴンが支配していようと、人類が地下に穴を掘って緩やかに滅亡しかかっていようと、関係ない。
胸を張って言うと、決めたんだから。
「私は、空が飛びたい! どこまでも続く大空を、どこまでも自由に飛ぶんだ‼」
それが私の夢。もう二度と心の奥底になんてしまい込まない。忘れもしない。
せっかく異世界転移したのに地上をドラゴンが支配していたとしても、あきらめない。
これまでの人生の全てを賭けて、私の命すらも賭けて、絶対に叶えてみせる。
――そのためには、
「まずはあの我が物顔で大空を飛んでる邪魔なトカゲどもを、一匹残らず駆逐してやる‼」
「どうやって?」
「それは今から考える!」
自信満々に私がそう言い切ると、シュミナさんはプッと噴き出してお腹を抱えて笑い出した。
「くふふっ! あははははははははっ! いいよ、やっぱり君は面白いね、ミナツちゃん! ドラゴンの脅威を知りながら、それでも自分を貫こうとする。それでこそ君はマレビトだよ!」
「そりゃどうも。どうする? 私のこと、今のうちにどうにかしないと国が滅んじゃうかもしれないよ? マレビトは『希望』という名の毒薬なんでしょ?」
「毒薬も使い方によっちゃ薬だよ」
私の意地悪な質問に、シュミナさんはあっけらかんと言い放った。
「この国は……いいや、この世界に住む人類はいずれそう遠くない未来に確実に滅びるだろう。あたしはそれを、黙ってみている気はないんだ。ミナツちゃん、あたしはね。君ならこのクソみたいな世界に風穴を開けてくれるんじゃないかって、そう期待しているんだよ」
「じゃあ、私の夢に協力してくれるってこと?」
「あたしに出来ることならね。君が自分の夢を叶えるためにドラゴン退治をしてくれるなら、願ったり叶ったりさ」
「なら、交渉成立。これから宜しくね、シュミナさん」
「こちらこそ」
私が差し出した手を、シュミナさんは強く握りしめる。
この出会いが、私とこの世界の運命を大きく変えることになるのだった。
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2020:10/29更新予定




