プロローグ 緩やかに死んだ私
誰しも、人生で一度は将来の夢を大勢の前で発表しなくちゃいけない機会に遭遇したことがあると思う。私の場合は小学校三年生の授業参観の日だった。
「わたしのしょうらいの夢は、空をじゆうにとぶことです!」
お花屋さんやケーキ屋さんみたいな、具体的な職業を言うわけでもなく、ただ漠然と空が飛びたいとだけ宣う私を、クラスメイトやその保護者たちはくすくすとどこか馬鹿にしたような笑い声で出迎えた。
その日から私は、将来の夢をケーキ屋さんにした。
空をどこまでも自由に飛んでみたい。なんて夢は胸の内の心の奥深くにしまい込んで、年齢を重ねるごとにいつしかしまい込んだことすら忘れていった。
思い出したのは、高校二年生の秋だ。
夏頃から続いていた微熱と倦怠感は秋が深まり気温が下がっていくとともに悪化し、ついに私は入院を余儀なくされた。原因は不明。いつの間にか体が自由に動かせなくなっていて、私は一日のほとんどを病床で寝て過ごした。
そうして窓から見える空をボーっと見つめていた時に、「そういえば私、空を飛ぶのが夢だったな……」なんて思いだしたのだ。
でも現実は、空を飛ぶどころか満足に地面すら歩けない。気づけば起き上がることすらできなくなっていて、ついには人工呼吸器なしには呼吸すらできなくなった。
頭がボーっとする。自分が見ている光景が夢か現実かすらも曖昧になる。薄れ行く意識の中で、私はただただ空を見つめ続けていた。
どこまでも広がる真っ青な大空を、どこまでも自由に飛んでみたい。
もしも、もしも生まれ変わることができたなら。
胸を張って言うんだ。
「私は、空が飛びたい!」
こうして私――水瀬美奈津は緩やかに死を迎えた。享年十七歳。どこにでもいる普通の女子高生の、波乱も万丈もない人生の静かな幕引きの瞬間である。
※
「そんなこんなで、私はこの世界にやってきたんだよ」
薄暗く、ジメジメとした穴の中。鉄格子の向こうで本を片手にコーヒーを飲む赤髪の女性に向かって、私は自らの死の瞬間を語り終えたところだった。
「なるほど。だから君は、空を飛ぶことに執着するんだね」
女性はパタリと本を閉じて、立ち上がる。そうしてゆっくりとこちらに歩いてきて、鉄格子の前で立ち止まり私を見下ろした。
「それで美奈津。君はこのクソみたいな世界で、いったい何をしでかすつもりだい?」
「そんなの、決まってるよ」
手足の枷からつながった鎖をじゃらりと鳴らしながら、私は立ち上がって赤髪の女性と目を合わす。
前の世界で叶えられなかった夢を叶える。
それが、新たな世界に降り立った私のしたいこと。
例え地上をドラゴンが支配していようと、人類が地下に穴を掘って緩やかに滅亡しかかっていようと、関係ない。
胸を張って言うと、決めたんだから。
「私は、空が飛びたい! どこまでも続く大空を、どこまでも自由に飛ぶんだ‼」
それが私の夢。もう二度と心の奥底になんてしまい込まない。忘れもしない。
せっかく異世界転移したのに地上をドラゴンが支配していたとしても、あきらめない。
これまでの人生の全てを賭けて、私の命すらも賭けて、絶対に叶えてみせる。
――そのためには、
「まずはあの我が物顔で大空を飛んでる邪魔なトカゲどもを、一匹残らず駆逐してやる‼」
※
これは一人の少女が箒に乗り、滅びかかった人類を巻き込んでドラゴンに挑む叛逆の物語。
☆本作は「箒星ライド~行き倒れのお姉さんを助けたら空飛ぶ箒を貰ったので魔術学園を受験することにしました~」の千年前の話という位置づけとなっています。併せてご拝読賜れますと幸いです。
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