裏切り。
「大丈夫。きっと無駄じゃないよ」
―――そう言えれば、よかった。
「お願い。今は一人にして」
それを聞いたとき、心臓が跳ねた。
涙腺が閉じ、目は見開かれる。
考えていた慰めの言葉が全て消え去り、閉められたドアの傍で、ゆっくりと腰を下ろした。
信じられなかった。
どんな辛いことを言われても彼女の傍に居ようと思っていたのに。彼女のことだけを想っていたのに。
僕は、裏切られたような気がした。
同時に、裏切ったような気がした。
「そっ、か」
口をついたのは、それだけ。
あとは、渇いた笑いだけしか浮かばなかった。
面白いくらいに思考は冷静だ。僕はこんなにも冷酷だったのか―――いや、違う。動揺しすぎて、心が動いていないんだ。
「は、ははは」
鳥の囀りが、僕を嘲笑っているかのよう。今の僕は、嫌に後ろ向きだ。
だめだ。言葉が出ない。
僕はなんの言葉も持っていない。
彼女は言った。一人にしてと。
約束したはずだった。一人にしないと。
彼女と、小指を結んだ。
裏切られた。
彼女も、僕を一人にしないと言った。
教会の鐘が喧しい。少しくらい黙ってろ。
………ああ、分かってる。分かってるさ!
裏切ったのは、僕だ。
彼女が一人にしてと言ったのに、僕は、そのまま何も言わなかった!
この臆病者め!
僕は、彼女と無理矢理にでも一緒にいてやらないと駄目だろ!
くそっ!くそっ!くそっ!
ああ、ごめんよ。
今更謝っても遅い。もう誤った後だ。
僕の心は、ひたすらに空虚だった。
「一人にしないよ。安心して」
―――僕はそれを、言えなかった。