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知識を持つ者

ブックマークありがとうございます!


すみません、体調不良のため、1週間ほど更新お休みします・・・次回更新は5/17(日)を予定しております。

「服を借りてしまって悪かったな」


「いえ……そちらはもう、ご自由にお使いくださいませ。用途はないかもしれませんが」



 ヨハン様は借りるとおっしゃったが、さすがに一度骸骨に着せた服をもう着る気にはなれない。服として使うことはなくとも、布に戻せば使えるだろうと思い、そのまま差し上げることにした。



「そうか、では遠慮なくもらっておく」



 ヨハン様はそういうと、骸骨を部屋の隅に置いて、テーブルにつかれた。私はそれを横目に食事の配膳をし、そっと向かいに座る。ヨハン様と同じテーブルで食事をするのはいまだ不思議な気持ちだが、塔に戻ってきてから回数が増えたため、幾分か慣れてきた。



「あの塗り薬だが、ひと月経っていないというのに凄い売れ行きだそうだ。買う前に必ず試させているが、肌に異常が出たものは今のところいないらしい」


「それは良かったです。結局化粧品として売っているのでしたよね」



 食事中、話題になるのはやはりこの間の薬のことだ。



「どちらともとれるようにぼかした売り方をしていると言っていたな。そのおかげで娼婦だけでなく、老若男女問わず人気を得ているらしい。オイレはいつも俺が要求する以上のことをやってくれる」


「オイレさんはさすがですね。ちなみに、野草が原料になっていますが、材料は足りそうなのですか?」


「ああ、幸いかなりの量が生えているから今のところ大丈夫だが、取りつくさないように注意している。今後は少し出荷量を調整するつもりだ。とはいえ、もともとそれを見越して高級品として売っているから、調整後もそこまで売り上げに変動はないがな」


「栽培するにも時間がかかりますもんね。希少な品だと思います」



 女性たちを間接的に詐欺から守ると同時に、ヨハン様のいざという時に役立てられる財源を確保する。そんな一石二鳥のお話が早くも結果を生んでいるのを聞いて、私は安心した。


 ヨハン様の今のお立場は危ういものだ。しかし、経済的な安定はもちろん、いつかタイミングを見て薬の考案者を民に知れ渡らせられれば、ヨハン様がいずれ塔を出て領地を持たれることになっても、領民の心はヨハン様についていくだろう。



「今回は化粧品という形でしたが、事前に試すという方法を取れば、他の薬も売れるようになるでしょうか。以前おっしゃっていた痙攣と痛みの薬などは、需要も高そうに思います」


「いや、しばらく薬からは手を引くつもりだ。前にも言ったが、俺は薬がなぜ効くのかまで理解しきれていない。あの本には人体の仕組みと内臓の機能についても記されていたが、実際に腹を裂いて見た中身とは一致していなかった。ガレノスのように他の生き物の解剖をして書いたというわけですらなさそうだ。結果だけがあっても、理屈がわからないことには迂闊に手を出せん」


「では、薬学についてはこれ以上研究なさらないのですか?」


「いや、もちろん異国の知恵は貴重だ。ただでさえ実際に作った薬が効果を出しているのに、治療する手段を捨ておく手はない。だから、より詳しい知識を得られるまで時期をみようと思っているだけのことだ」



 ヨハン様はそこまでお話になると、少しワインを口に含み、温かいまなざしで私を見られた。



「ヘカテー、以前俺が、何故医学を志そうとしたのか、話をしたのを覚えているか」


「ええ、もちろんです」



 当然忘れようもない。あれは私が初めてヨハン様に食事に誘われた時だった。


 悪魔、血狂いと不名誉な噂ばかりが流れているこの方が、そんな侮辱をものともせず自らの志す道を突き進まれるようになったきっかけ。それは、幼いころにお姉さまを杜撰な医療で亡くしてしまったことだと、あの日ヨハン様はお話しされた。私は、その話に心を痛めつつも、一人孤独な戦いに身を投じていたこの方が、寂しげな瞳で過去を打ち明けてくださったことを、少し誇りに思ったものだ。



「あの時、俺に姉上の病状について解説した学者がいたと言っただろう。うちと懇意にしている貿易商が、そのまた知り合いの商人の紹介で連れてきたジブリールいう学者でな……なんとか、手紙を介しての形でも良い、彼を引き込めれば研究が進むのではないかと考えているのだが……」


「連絡先はわかっていないのですか」


「ああ。彼はイスラームを信ずる者で改宗もしていなかったからな。もともとここに連れてこられたのも奇跡的だったんだが、戦争が始まってからはとんと接触する機会を得られていない」



 戦争とは、2年前、異教徒から聖地を奪還するために呼びかけられたものだ。私たちの属する帝国のみならず、同じキリスト教を信じる各国による連合軍が結成されている。


 ヨハン様がお姉様を亡くされたのは10歳の時、つまり今から8年以上前だと伺っている。混乱に紛れて行方がわからなくなってしまったのだろう。隠密の力をもってすれば調査もできるかもしれないが、さすがにヨハン様の『ご趣味』の範囲では、そこまで力を投じることはできない。



「時期を見る、ということは、ヨハン様はこの戦争と運動が、いずれ沈静化するとみておいでなのですか?」


「いいや。残念ながら、むしろ激化していくと俺は思っている。すでにこれはただの宗教的な戦争ではない。多くの利権が絡みすぎてしまった。移住により得られる経済的・物質的利益を目的とした参加者が増え、単なる侵略戦争へと姿を変えていくだろう。しかも相手は大国だ。回数を重ねるごとに泥沼化していくはずだ」


「では、ジブリールさんにお会いするのは益々難しくなってしまうのではないでしょうか……」


「そうだな。だが幸いなことに、ジブリールを紹介したキリロスというギリシア商人にはまだ伝手がある。ギリシアは宗教的対立がないから、今だ交易ができている状態だ。奴を介して彼に接触する機会を探ろうと思っている」



 普段あまり使われない『彼』という代名詞に、私はヨハン様がジブリールさんに抱いている無意識の敬意を感じた。ご領主様に紹介されるということは実際に高名な学者なのだろうが、ヨハン様は対外的な評価をあまり気にされる方ではない。つまり、それだけ実力のある、頼りになる方だということだ。



「キリロスさんとは、今もときどきお会いになられるのですか?」


「年に1~2回、交易品を届けにうちを訪れている。その時に直接話してみるつもりだ。それに、諸外国を渡り歩くキリロスの知識も十分役に立つものだからな。薬学の知識そのものはなくとも、手に入らなかった材料のことや、お前の祖父の本の出どころなど、何かわかることがあるかもしれん」


「あの、キリロスさんには私もお会いできるでしょうか」


「言われずともそのつもりだ。奴は賢い、お前の存在を知ったところでそれを漏らせばうちとの間に重大な亀裂が入ることぐらい理解できる。利益で動く商人のことだ、そんな阿呆な真似はせんよ」



 私に流れている血の半分は帝国であり、ギリシアの血はさらにその半分でしかない。しかしそれでも、自分と同じ血の流れる人物に合える機会が楽しみでならなかった。

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