塔の幽霊
ブックマークありがとうございます!
今回は塔メイ流のラブコメ?ですが、若干ホラーな描写があります。ご注意ください。
「ヘカテー、いるか?」
「はい、ただいま!」
部屋の扉が軽くノックされ、声がかけられる。塔での生活が始まって二月ほど経つが、部屋にヨハン様が訪ねてくるのは未だ慣れない。
「居館での情報が手に入ってな、使用人の間では早くも面白い噂が流れているようだぞ」
扉を開けると、ヨハン様は随分と楽しそうな顔をされてそこに立っていた。
「どういった噂なのでしょうか……」
「なんでも、南の塔で殺されたメイドの幽霊が、夜な夜な城を徘徊しているそうだ。その彷徨える霊魂を塔の悪魔が操って、呪いに利用しているんだと」
「ええっ!?」
事実無根にも程がある。私は南の塔で殺されることなくここで生きているし、ヨハン様は別に悪魔ではない。もちろん幽霊を呼び出して人を呪ったりもしないだろう。
「おそらくだが、食事を届けに来たメイドがお前の気配を感じたんだろう」
「メイドが来る時間帯には、できる限り静かにしているつもりだったのですが……」
「いや、俺も静かにしていると思ったが、思いのほか勘のいい者がいたようだな。しかし、この噂をきっかけに、クラウスがお前が生きていることに気づくと困る」
困る、と口では言いながらもヨハン様は相変らず楽しそうだ。
「でも何か、策がおありなのですね?」
「ああ。こうなったら逆に一芝居打ってやろうと思っている。来い」
ヨハン様はくくっと笑い声を洩らしながら、私を二つ隣の部屋に案内した。
「お前はこの部屋に入るのは初めてだな。以前は見せるのを躊躇していたんだが、ここでずっと暮らすとなればいずれ知らずにはいられまい。驚いても声を上げるなよ?」
「はい……!」
初めて調理場の解剖を見た時のことを思い出しながら、私はどんなひどい光景が飛び込んできても声を立てないよう覚悟を決め、両手で口を押えた。
キィ、ときしんだ音を立てて扉が開くと……そこは異様な空間だった。
部屋のいたるところに置かれた、骨、骨、骨。鳥や小動物に交じって、中には明らかに人間のものと思われるものもあった。壁には大量の解剖図が張られている。端に寄せられた大きめのテーブルの上見やると、置かれている陶器には『心臓』『肺』といった紙が貼られていた。どこもかしこも死体だらけで、事前に言われていなければ悲鳴を上げてしまうところだ。
「この部屋は、解剖後の死体を保管している部屋でしょうか?」
「ああ、以前はここまで多くはなかったんだが、ウリを仲間にしてから解剖がはかどってな」
「ウリ……ヤープの父でしたね。その割に異臭がしませんね。セージでも焚いているのですか?」
「いや、東方の酒を作れるようになってからは、取り出した内臓を塩漬けだけでなく、酒に浸けて保存することもできるようになったんだ。そうすると形が変形しないだけでなく、ほとんど臭いがしない」
そういうと、ヨハン様は床に横たえられた一体の骸骨を指さした。教会のステンドグラスで見るような、全身がそろったものだ。
「これは、無縁墓地の掘り起こしで出てきたものをウリに譲ってもらい、俺とオイレで組み立てたものだ。お前より大柄だが、抱えてしまえば大きさはあまりわからないだろう?」
なんとなくヨハン様がされようとしていることを理解して、思わず顔が引き攣る。
「まさかと思いますが……それに服を着せて、私の幽霊のフリをさせると?」
「やはりお前は理解が早いな。まぁそういうことだ。正確には、噂の内容を『哀しみに耐えかねた俺がお前の死体を手元に保管している』というものに塗り替えて、クラウスのもとまで届けたい。下手に偽物の幽霊を作っても、あいつは見破りかねんからな」
「あの……さすがに不謹慎ではないでしょうか……その方に失礼では?」
「別にこれで遊ぶわけではないぞ。芝居を手伝ってもらうだけだ」
結局、私の力ではヨハン様を説得することなどできず、終わったら一緒にその方へ祈りを捧げるということで妥協した。
そしてその夜。私はヨハン様の私室の奥で隠れ、一部始終を見守ることとなった。今日の当番は本当に可哀そうだ。どうか恐怖に鈍感な人が来ますようにと願う。
誰かが階段を上がってくる音が聞こえると、ヨハン様は私の服を着せた骸骨を膝の上に座らせて、語りかけるように一人芝居を始めた。
「ヘカテー、昨日はこの本を読み終えたんだ。なかなかに面白かったぞ。一緒に読むか?」
「いや、お前は物語のほうが好きだったな。こんな本に興味はないか。お前を楽しませるにはどうしたらいい?」
「そうだ、兄上に首飾りをもらったそうじゃないか。今度俺からも何か贈ろう。その綺麗な黒髪に映えるような髪飾りがいいな」
「ああヘカテー、なんで返事をしてくれないんだ?俺はもっとお前の声が聞きたいのに」
わざと大きめの声で話していたヨハン様は、扉の外の足音が止まったところで、服を着せた骸骨を両腕に抱えて立ち上がる。
「そうだ、そろそろ食事が届く時間だな。ヘカテー、一緒に食べよう。お前の顔を眺めていると、食事も数段美味く感じる」
そんな似つかわしくない台詞を吐きながら、ヨハン様は扉を大きく開けた。一瞬遅れて、外で鉢合わせたらしい誰かの悲鳴が塔に響き渡る。
「ああ、まだいたのか。ご苦労だったな」
「ももも申し訳ああありませんっ!!」
「気にする必要はない。だが、俺たちは静かに過ごしたいんだ。届け終わったならもう帰ってくれるか?」
「もちろんですっ、すみませんでした!!」
可哀そうな当番が走り去っていくと、ヨハン様はかごを持って部屋に戻ってこられた。
「さぁヘカテー、食事にしようか」
「はい……」
本物の私に向けられたのは最後の一つだけ。私は甘い言葉を囁かれる骸骨に嫉妬している自分に気づき、少し情けなくなった。
ヨハン様劇場終演後の皆様
ヨハン「ははは、結構楽しかったな!」
当番のメイド「あれどう見ても死体だったよね!? 噂には聞いてたけどヨハン様怖すぎる!!」
ヘカテー「何でこんな人好きになっちゃったんだろ……」
骸骨「つーかお前ら誰だよ!! 俺、男だったんですけど!?」




