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三つの約束

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 翌日、今度はオイレさんが呼び出された。『出所不明の妙薬』を売れる『旅芸人』といえばやはりこの人しかいない。といっても、何年もレーレハウゼンに留まってヨハン様にお仕えしているようなので、『旅芸人』といってよいのかどうかは怪しいが。



「……そういうわけで、お前にこの薬を売ってもらいたい。容器に詰めるのはヤープにやらせておく。出所は伏せろ」


「かしこまりました」



 オイレさんは薬について一通りの説明を受けると、神妙な顔で答えた。



「私は医療従事者ではありますが、あくまで歯抜き師です。医師や修道士などと違って、人々の間に『薬の専門家』というイメージはありません。私が自分の言葉として語っても、人々はそういう筋書きの演出としてしか受け取らず、本気で耳は貸さないでしょう。とりあえず、薬とも化粧品ともつかない曖昧な形で売ってみようかと思いますが、よろしいでしょうか」


「ああ、演出は任せる。お前の話を聞いた者たちが、正しい使い方を理解できればやり方は何でもいい」


「ありがとうございます。それでは、品物が揃うまでの間に演目を考えておきます」


「では下がってよい」


「は」



 ヨハン様からの命令が簡潔に終わり、速やかに退室するオイレさんを追いかけて、私は一緒に部屋を出た。シュピネさんの娼館でお会いした時から、私は仮面を借りたままだったからだ。



「オイレさん! これ、ありがとうございました。大変長らくお借りしてしまって……最初にお返ししたかったんですけど、機会を失ってしまいまして」



 顔が完全に治るまで仮面をつけて過ごせたことは、私にとって精神衛生上とてもよかったため、今日までお会いできなかったのはちょうどよかったが、さすがに長く借りすぎである。



「そんなそんな、気にしないでぇ。別にそれ、そんなによく使うものじゃないしねぇ」


「お陰様で助かりました。本当にありがとうございました!」


「そう言ってもらえるなら嬉しいよぉ。あ、そうだ、一個聞いてもいいかい?」



 オイレさんは仮面を受け取りながら、少し浮かない顔で言う。



「もちろん、私に答えられることなら」


「今回の、僕が例の塗り薬を売るって話、ヨハン様が言い出したの?」


「あ、そういえばさっき話に上がりませんでしたね。いいえ、言い出したのはシュピネさんです。いざというとき、ヨハン様の自由にできる財源があった方がいいだろうとのご提案でした。ヨハン様はそれでも、お薬でお金儲けをすることを最初はしぶっていらっしゃいましたが、最終的に、きちんとした化粧品が出回れば悪意ある紛い物を駆逐できることと、買う人に事前に試させれば薬の効果を検証できるってことで、踏み切られたようです」


「あー……やっぱりそういうことか。なんかおかしいと思ったんだよねぇ。安心した」


「安心? 何がですか?」


「あのね、僕はあんまりお人好しなタイプじゃないんだ。たまたまお仕え(・・・)したいと思える人に出会えたからお仕えしているだけで、本来他人に使われる(・・・・)のは嫌いなのさぁ」



 オイレさん質問には答えてくれず、ははは、と空笑いして、ただ私の顔の前に指を突き出した。



「ねぇヘカテーちゃん。君は、ヨハン様のことが好きだよね?」


「は、はい……」



 私が素直に答えると、オイレさんは私の瞳をしばらくじっと覗き込んだのち、満足そうな顔で言い放った。



「じゃあ、君を見込んで3つお願いがある。いや、正確に言うと約束、かな」



 オイレさの声が一段低くなり、ピリリとした空気が流れる。私は思わず冷や汗をかいた。いつも陽気なオイレさんがまじめな口調で話す時……それは、何か大切なことを警告するときだ。私は思わず唾を飲み込む。



「……なんでしょうか?」


「まず、僕らに下った命令が、ヨハン様が発案したものじゃないときは、そのことを僕に教えてもらえるかな」


「わかりました」


「それから、ヨハン様の発案であっても、それがヨハン様のためではなく、誰かほかの人のための命令であれば、やっぱり教えて。できれば、ヨハン様に口止めされている時でも」


「えっと、善処します」


「最後にひとつ。ヨハン様はおそらくこの世界で一番といっていい聡明さの持ち主だけど、まだ18歳だ。しかも12歳からずっと塔の中に閉じ込められている。このことを忘れないで」


「はい……?」


「いいね?」



 連ねられる不可解な言葉に、少し心がざわつく。なんだろう。この感覚は、少し怖い。



「……いいね?」


「は、はい!」


「よぉし、じゃあ張り切ってお薬売らないと! さっき部屋でだいたいの筋書きは考えたんだ。さっそく練習してくるねぇ」



 オイレさんはばちんと片目をつぶると、颯爽と梯子を下りていこうとする。私は慌てて引き留めた。



「あの! オイレさん!」


「どうかしたぁ?」


「今回のお話、何かヨハン様によくないことになるとお思いなのですか?」


「いいや、今回の件はヨハン様の利益になるだろうし、僕に任せておいてくれて大丈夫だよぉ。どちらかというと今後の話だね。いざというとき行動する上で、情報は多いほうが助かるからねぇ」



 いつもの調子に戻ったはずのオイレさんの声に、いつもと全く違う影が含まれている気がするのは、私の考えすぎだろうか。



「それは……さっきの約束とどういう関係が……?」


「あんまり深く考えなくていいよぉ。要するに、僕はヨハン様だけにお仕えし、ヨハン様の利益だけを考えてるってこと。ほかの人はどうでもいい。協力してもらうなら、僕と同じ目的を持つ(・・・・・・・・・)人が一番信頼できると思ったんだぁ」



 結局、オイレさんは詳しいことは何も教えてくれなかった。さっきの3つの約束に、何故、どんな意味があるのか、私にはわからない。ただ、決して見過ごしてはいけない重い約束であろうことだけは、私はひしと感じていた。

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