新しい服
翌朝、私は朝から針仕事に取り掛かった。
昨日着ていた服の糸をほどき、前後に分解する。袖はそのままつけておきたいところだったが、着脱が難しくなりそうなので外してしまうことにした。代わりに上腕部分で、袖が汚れないように留めておくものを作る。調子に乗って少し縁飾りをつけてみた。これで袖の汚れも覆うことができる。
続いて、後身頃から布を切り出し、幅の太いベルトのようなものを4本作った。これを、前身頃だけになった服の、肩の部分と腰の部分に左右1本ずつ取り付けたら完成だ。
ふと、髪の毛の乱れを整えようとして、昨日は髪の毛も埃だらけになってしまっていたことを思い出す。後身頃の布はまだ余っているので、埃除けになるよう、髪の毛を覆うウィンプルのようなものもついでに作ってみた。
前側だけの服、友布のウィンプル、袖留めの3点。早速、別のワンピースの上からこれを着てみる。
「結構、かわいいかも?」
初めて見る形の服は少々奇妙な感じもするが、服の上から服を着ているというよりも、下に着ている服の一部のようにも見える。思っていたよりもずっとおしゃれなもののように思えた。
今日からはこれで薬づくりに励み、使い勝手がよさそうなら古くなった服でもう1つ作ろう。
昼食を摂るため、その姿のまま隣室に向かうと、すでにヨハン様がいらしていた。
「おお、作ったのか。やはりお前は仕事が早いな。よくできているぞ」
「ありがとうございます。ヨハン様のご提案のおかげです」
「いや、俺はもっと味気ないものを想像していた。思っていたよりなじむな。意外と貴婦人たちの間でも流行るかもしれん」
「少し、変わりすぎてはいませんか?」
「いや、宮廷では皆、新しいもの、今までに見たことのない変わったものを我先にと取り入れるのさ。俺は実際に宮廷には出ないが、話ぐらいは入ってくる。社交界で目を引くには、単純な美しさよりも希少性の方が有利だからな。お前のその恰好は、仮面込みで流行ることすらあり得るぞ?」
「社交界とは面白いものですね」
「それにしても、お前は一人で隣室に移動するときすら仮面をつけるのだな」
そう言うヨハン様は何故か少し不機嫌そうだった。このまま食べ物だけ持ち帰るのも気まずいので、少し話題を変えてみる。
「今日も昨日のお薬を作るのですか?」
「ああ。だが少しやり方を変えるつもりだ。すり鉢で粉にする方法だと、時間も負担もかかるから量産に向かない。そこで、碾き臼を使ってみようと思っている」
「粉碾き人に渡すということでしょうか?」
「いずれはそのぐらいの規模で作れたらよいのだろうが、小麦と薬で同じ碾き臼を使うわけにはいかない。一旦ナイフで細かく刻んでから、手回しの碾き臼で作ってみよう。すり鉢よりは時間も短縮できるはずだ」
「私もお手伝いいたします!」
「では、薬草の方を刻んでおいてくれ。根は俺がやる」
トントンと薬草を刻む音が部屋に響く。そうして肩を並べて薬を刻んでいると、一緒に料理をしているようで、少し不思議な気持ちになった。メイドとして奉公に出る前は父と台所に立つこともよくあったが、お城では専門の料理人がいるし、そもそも主が台所に入ることなどない。
ある程度のみじん切りになったところで、ヨハン様が作られたものと混ぜ、碾き臼でひく。まわすごとに周囲に粉が落ちていった。
「やはりこの方が効率が良いな」
「そうですね、一度にたくさん作れますし」
ヨハン様はひき終わった粉を集めると、ひとつまみ分だけ紙の上に分け、残りを器に移して蓋を閉めた。
「薬を飲むのは食前が良いそうだ。流れで手伝わせてしまったが、ここには食事をとりに来たのだろう? 食べる前に飲んでおけ」
「ありがとうございます」
それから、隣室に食事をとりにいくついでにヨハン様と薬を作るのが私の日課になった。一度に飲む量は少ないものの、薬を作るには意外とたくさんの薬草を消費する。様々な種類の薬を作っていくうちに、気づけば薬草だらけだった部屋はかなりすっきりと片付いていた。
そして、部屋の薬草が減っていくにつれ、私の肌も元に戻っていった。1週間ほどすると傷が癒え、お酒が沁みなくなった。さらに1週間ほどであざも消え、できものはぽろぽろと剥がれ落ちるようにして小さくなっていく。
ひと月経つ頃には、私の肌は南の塔に拘束される前よりも滑らかになっていた。また、塗り薬の効果か飲み薬の効果かはわからないが、ただ蒼白だった頬にもうっすらと赤みが差し、心なしか目の形も以前よりくっきりとしている気がする。
習慣でここまで続けてしまったが、もしかするともっと前に薬をやめてしまっても良かったのかもしれない。わたしはそんなことを思いながら、久しぶりに仮面をつけずに隣室に向かった。
「失礼いたします」
声をかけて扉を開けると、私を見たヨハン様が、目を瞠って固まった。
「ヘカテー……か……?」
「はい、お陰様で完全に傷が癒えたようです。ありがとうございました」
「ああ……」
「それでもう仮面は要らないかと思いまして」
「そうだな……」
「あの、何かおかしいでしょうか? 身だしなみは整えたつもりだったのですが……」
「……あ、いや問題ない。お前の顔を見るのは久しぶりだったから、少し戸惑っただけだ。すっかり治ったようでよかった」
「ありがとうございます。使わせていただいたお薬のおかげですね」
「今日は日が落ちたらシュピネが来る予定だ。時間になったら呼びに行かせるから、元気になった姿を見せてやれ」
「シュピネさんがいらっしゃるんですね! 是非お礼を言いたいです。この服も、もとはシュピネさんからいただいたものですから」
「そうだな……」
ヨハン様のそっけない態度は少し気がかりだが、お怒りを買ったわけではなさそうだ。今日も一日、精一杯仕事をしよう。私は少し腕まくりをして、気合を入れた。




