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埃の舞う部屋で

 薬について、今までなんとなく対岸の話として聞いていたが、自分で実際に飲むと聞いて初めて「薬は人に使うもの」という当たり前のことを実感した。それだけ慎重に作らなければならない。


 幸い、その薬についての頁は、すでに翻訳が済まされていた。塔を離れている間ギリシア語の勉強を中断していたので、読みなれた言葉がとてもありがたい。


 手順は簡単、指定の量を測ったらすりつぶして混ぜ、粉末にするだけ。すべての薬がそうではなく、粉末にした後で丸く固めるものや、鍋で煮出すものもあるそうだが、今回作る薬は粉末にするものだ。


 しかしそれが大変だった。すり鉢でひたすらすり続ける作業は、純粋な肉体労働に近い。すりこぎを握る手は徐々にしびれてくるし、腕も痛くなってくる。続けっぱなしだと手がうまく動かなくなるので、こまめに休みを挟まざるを得ない。



「これは、もっと効率の良い方法を考えなければならないな」



 隣で同じ作業をされるヨハン様も、時折手を休められているようだ。



「ヨハン様のような方がこんな労働をしなくても、私にお任せくださいませ」


「いや、いい。薬を作る以上、必要な作業にはすべて携わっておきたい。それに、お前よりは俺の方が力もある。もし身分のことを言いたいならお前だって貴族の娘だぞ?」


「はい……」


「今は仕方ないが、この方法は量産には向かない……どうしたものだかな」



 ヨハン様は思案しながら、額に浮いた汗を拭われる。粉が舞っているので、汗と混ざって泥がついたようになってしまった。



「ヨハン様、お顔が……」


「そんなもの後で洗えばよかろう。どちらかというとお前の服の方が問題に見えるが?」



 そういわれて自分を見てみると、シュピネさんにいただいた薄緑色の服は、畑仕事でもしたかのように埃だらけで、茶色いしみがたくさんついてしまっていた。ほかにも何着かいただいているが、せっかく華やかなものなので、少しもったいない気がする。



「本当ですね。これは洗ってもなかなか落ちなさそうな気がします……せっかくシュピネさんにいただいた服なのに、もったいないことをしてしまいました。取り外しができればいいのに……」


「ふん、取り外す、とな?」


「はい。この作業では服の後ろ側は汚れませんので、前側だけ取り外せれば何着も服を汚さずに済むのにと思いまして」


「なら作れば良いではないか」


「え?」


「お前は繕い物が得意だったな? 前側半分だけの服を作って、首と腰のあたりで紐で結べるようにすれば、お前の言う取り外しできる服になるのではないか?」



 目から鱗だった。たしかにそれなら、汚れるのは取り外しできる部分だけで済む。



「いや、わざわざ新しく服を作らなくても、今着ている服を前後で切り離したほうが合理的か。紐の部分は後ろ半分の布から作れる」


「ヨハン様は、裁縫までおできになるのですか?」


「いや、裁縫自体はほとんどしたことがないが、服の構造なら考えればわかるだろう? この作業が終わったらしばらくやることもないから、作ってみるといい」



 ヨハン様は考え終わると興味をなくしたらしく、薬草をすりつぶす作業に戻った。言われてみれば簡単なことに思えるが、普通は思いつかない。裁縫をたしなまれるわけではなく、女ものの服に詳しいわけでもないだろうに、この方は頭の中で次々に新しいものを作り出してしまわれる。



「あ、先に言っておくが俺は要らんぞ? 別段外に出るわけでもないし、汚す用の服とそうでない服を分ければいいだけだ」



 ヨハン様の分もお作りしようかと思っていると、先に言われてしまった。普段からあまり身なりを気にされる方ではないので、新しい服を渡されてもうっとおしいのかもしれない。


 ……そうこうするうちになんとか薬ができた。出来上がった2つの薬をそれぞれ器に入れると、ヨハン様はその中に炭を一片入れられる。



「炭も薬になるのですか?」


「いや、これは乾燥した状態を保つためだ。この薬は粉の状態で飲めと書いてあったが、湿気ると固まってしまうからな。さて、お前はこれから毎晩、こっちの薬を既定の量飲んでおけ。体調は毎日記録し、万が一調子が悪くなることがあれば直ちに飲むのをやめて俺に報告しろ」


「かしこまりました」


「肌の薬の方も忘れるなよ?」



 そういってヨハン様は部屋を後にされた。私は一人部屋に残される。ついでなので、薬を塗っていくことにした。



「痛ぁ……っ」



 薬を塗る前に肌を浄める東方(レヴァント)のお酒は、やはり傷に沁みた。後から薬を塗り広げると、肌がほんのり紫色になっていく。このまま肌の色が変わってしまわないか、すこし心配になる。


 だが、私の肌は今、擦り傷やあざ、できものなどでボロボロの状態だ。この薬できれいに治るということは、ケーターさんの肌によってすでに証明されている。なら、やってみるしかない。


 この薬を塗る作業もまた服に染みを作ってしまう。今日はもう手が疲れて針仕事はできそうにないが、ヨハン様に提案された取り外せる服は、明日さっそく作ってみよう。

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