拾われた犬
ケーター視点の過去のお話です。三部作になっています。
俺は15になるなり傭兵となった。親父も傭兵だったから、それまでも斧は振るっていた。戦場で使い物にならない期間は割と短い方だっただろう。
俺にとって生きることと殺すこと、食べることと奪うことは同義だった。なにしろ、僅かな金で雇われて血を流し、足りない報酬は略奪で賄う、それが傭兵の生き方だ。疑問に思うこともなく、頭を使うこともなく、ただ身体を動かして、両手を血に染める日々だった。
そのせいか、俺はずっと貴族という存在が嫌いだった。自分の手を汚すこともなく食べ物にありついて、俺たちの命を使ってわけのわからない遊戯を楽しんでいるだけの悪趣味な連中。そんな印象しか持っていなかったからだ。
そして、騎士という存在も嫌いだった。俺たちと同じ戦士のくせして、綺麗な恰好をして綺麗事ばかりを言い、自ら貴族に飼われに行くからだ。
しかし17歳のある日、俺の前に光が現れた。
その騎士は、容貌からして他の騎士と違っていた。まっすぐな長い黒髪、やや中性的な柔らかい面立ち。騎士にも外国人がいるとは知らなかったが、おそらくそうなのだろう。しかし何より印象的なのは、虹彩との境目もわからない漆黒の瞳に宿る、言い表しようのないほどの強い力だ。思わず目を奪われる迫力があり、信仰心など持ち合わせていない俺も、昔見た戦いの天使の絵を思い出してしまうほどだった。
実際彼は強かった。剣だけでなく槍さばきも得意なようで、戦場に出れば先駆けを勤め、見る見るうちに敵を薙ぎ払っていく。彼の後ろについていくと、今までのどの戦いよりも負担が少ないことがわかった。一体一人で何人分の働きをしているのかと驚いたものだ。
とはいえ、いくら強かろうと騎士は騎士、相容れない存在。戦いが終われば俺の興味はすぐ失せた。もしその日にぐっすり眠っていれば、俺の人生がここまで変わることなどなかっただろう。
だが、俺は夜中に目が覚めた。そのまま眠れず、意味もなく起き上がって周囲をふらついていたら、その騎士が目に入ったのだ。普通、騎士は騎士の拠点とする場所にいる。傭兵の出歩く範囲内に騎士がいるだけでも十分おかしいことだが、彼は何もないところに跪いて、一人で何かぶつぶつ喋っていた。外国語なのか、何を言っているのか全く聞き取れない。
妙に気になったので近づいてみると、彼の方も俺に気が付いて、先に話しかけてきた。
「少年、何か用か?」
「いや、何やってるのかなと思って……今のは、あんたの国の言葉?」
少年と呼ばれたことに一瞬ムッとしたが、それでもこの騎士に対する興味のほうが勝った。
「いや、ラテン語だ。死者に祈りを捧げていた。私は司祭ではないから、正式な弔いにはならないが、習慣のようなものだな」
「なんでそんなことをするんだ?」
「私は今日もこうして生きている。それはつまり、それだけ多くの者を殺めたということだ。散らしてしまったその命に対し、敬意を払わなくてどうする」
その返答に俺はひどく驚いた。騎士とは貴族の側の人種だと思っていた。生きることと殺すことは同義という、俺にとっては当たり前のその考え方を、騎士も持っていたとは思わなかったからだ。しかし、敬意という発想は俺にはないものだった。
「殺した者のために祈ってたって……つまり敵の死を悼んでいたってことか?」
「敵といえども、人は人だ。彼らの多くは我々を憎んで戦いに参加しているわけでもあるまい。君も傭兵ならわかるだろう?」
「それは……そうだけどよ……」
なんだか腑に落ちない答えだった。俺の知っている騎士は、いつも正義を語る。国を愛し、異教徒には容赦するなと言う。確かに俺は参加する戦いの目的なんか知ったこっちゃなかったが、彼らの語る内容はいつも同じなので、嫌でも覚えるのだ。
「あんた、騎士なんだろ? 正義の為に剣を振れって言わねぇのかよ?」
「ははは、傭兵にそれを言われるとは。だがな、少年。正義のために剣を振るのは大切なことだが、我々が正義だからといって相手が悪とは限らないということだ」
「うーん?」
「別に難しく考えることはない。『汝、寛大たれ』、これもまた騎士の十戒のひとつ。私は相手を悪と認めない限りは、敵であろうとこれを実践しているに過ぎない」
わけがわからず無言になる俺を嘲笑することもなく、彼はまっすぐな目をこちらに向けて微笑む。それは俺が今まで出会ったことのない、暖かい眼差しだった。
「さて、夜も遅い。明日に備えて休むのも仕事だぞ」
「あ、待ってくれ!」
そういって立ち上がり、去っていく彼を引き留めたのはほとんど無意識だった。引き留めてしまったものの、何を言ってよいかわからず少し口ごもる。
「えっと、名前!名前を教えて!」
「ああ、すまない。私の名はヤタロウという。ティッセン宮中伯に仕える下級騎士だ。君は?」
「俺はヴェルナー」
「勇敢な守護者か、良い名だな」
「明日も会える?」
「ああ、時間が許せばまたここで話そう。では、君に神の祝福があらんことを」
翌日も俺は生き残り、夜中に同じ場所に行ってみた。彼はやはり昨日と同様、一人で跪いて祈りを捧げている。
言葉が途切れたところで近づくと、声を掛けてきてくれた。
「また会ったな、ヴェルナー」
「ヤタロウさん、今回の戦いが終わったらどっか行くのか?」
「ん? 私はティッセン宮中伯の元に戻るよ。どうかしたのかい?」
「騎士のことってよくわからなかったから、今日先輩に聞いたんだよ。そしたら、下級騎士は上級騎士と違って、一人の主君に仕えるわけじゃないっていうから……なんか、気になった」
「ああ、確かにそういう者も多い。多くの主君と契約をした方が報酬も多くなるからな。契約の多さを自慢する者もいると聞いたことがあるよ。しかし、私はティッセン宮中伯に忠誠を誓っている。上級騎士の真似事に思われるかもしれんが、他の領主と契約する気はない」
「騎士道ってやつ?」
「そんなようなものだな」
そこまで話して、俺は昨夜から考えていたことを口に出してみた。
「なぁ、ヤタロウさん……俺を舎弟にしてくれないか?」
「舎弟?」
「あんた、すっごい強い。今まで見た中で一番強いよ。あんたのこと見てて、俺、ちょっとでも近づきたいって思ったんだ」
「それは少し買いかぶりすぎだ。私より強い騎士は他にもいる」
「それでもだよ! 俺、今まで騎士って嫌いだったんだけど、あんたは今まで会った騎士と違って、すごくしっかりした何かを持ってるって思った。あんたについてったら、今までのクソみたいな人生から抜け出せる気がするんだ!」
「……クソみたいな人生、だったのか?」
「うん。だから頼む、あんたに言われたことは何でもやるから!」
ぜひ続けてお読みください!




