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誰かの駒

「大丈夫か?」



 ヨハン様の短いひと声で現実に引き戻される。



「大変失礼いたしました。今まで父の身分も、名前すら知らなかったということに驚きまして……大丈夫です、続きをお聞かせいただけますか」


「では続ける。ティッセン宮中伯夫人はどうやったのか、上手いことお前の存在を隠し通してきたようだが、何故か(・・・)しばらく前に宮中伯が感づき、お前を探し出そうとしていた。誰かが唆したと思われるが、今のところそれが誰かまではわかっていない」


「探してどうするつもりだったのでしょうか」


「婚外子はその家の血にとって危険因子ゆえ、男であれば殺すつもりだっただろう。その点、お前が女であったのは不幸中の幸いともいえるが、婚外子とは存在自体が夫人の罪の証だ。親子ともに罰せられることは免れんだろうな」


「さようでございますか……」


「そして、この件にはクラウスと、その実家であるアウエルバッハ伯が関わっている。この辺はちとややこしいんだが……うちとティッセン宮中伯、アウエルバッハ伯の関係性は知っているか?」


「以前ベルンハルト様に、貴族が皇党派と教会派に分かれているというお話は伺っております。ティッセン宮中伯はご領主様と皇党派内の派閥を二分する存在だとも。アウエルバッハ伯は、先代からあまり情勢が良くなく、ご領主様の後ろ盾が欲しくてクラウス様を使用人として雇ってもらったとのお話でした」


「ふん、兄上がそんな話をしていたか。ティッセン宮中伯についてはその通りだが、アウエルバッハ伯については半分正解・半分不正解といったところだな。当初はうちの後ろ盾も欲しかったのだろうが、政局は常に動く。今は教会派の大御所であるリッチュル辺境伯と近しく、ほとんどその傘下といってよい状況だ」


「すると、ティッセン宮中伯とは党派が異なりますよね? なぜアウエルバッハ伯がこのお話に関わってくるのでしょう……」



 リッチュル辺境伯は教会派の大御所ということは、傘下であるアウエルバッハ伯も教会派なのだろう。対立関係にあるティッセン宮中伯の婚外子(わたし)探しに協力する利点がよくわからない。



「別に党派が違うからと言って、必ずしも対立するわけではない。利害が一致すれば、稀に党派を超えた派閥が生まれることもある。リッチュル辺境伯は以前、ティッセン宮中伯を親教会派にしようと画策していた。半年ほど前に俺たちが介入し分断したが、辺境伯はまだ諦めてはいないのだろう」


「すると、アウエルバッハ伯とクラウス様は、辺境伯がティッセン宮中伯に近づく手助けをしようとしているということですか」


「ああ。今はまだ、単に恩を売ろうとしているだけだが、将来的にティッセン宮中伯がリッチュル辺境伯と政治的に癒着することがあれば大変なことだ。それに、お前が手紙に書いていたことも憂慮している。皇党派の半分が辺境伯の影響下に入り、兄上もクラウスの傀儡となった場合、宮廷は実質辺境伯の独擅場となるからな。皇党派や我がイェーガーにとどまらず、帝国の将来を揺るがすほどの変化だ。実現させるわけにはいかん」


「そんなに大きな問題だったのですね……」



 自分の出自が、巡り巡って帝国の将来にかかわるほどの問題につながっているとは夢にも思わなかった。


 昔は、貴族という人たちのことを、なんとなく「優雅で上品な方々」と認識していたが、リッチュル辺境伯という人はあまりにも野蛮だ。同じ私の命を狙う存在でも、妻の浮気相手とその子供を追うティッセン宮中伯はまだわかる。しかし辺境伯は、将来的に自分が宮廷で実権を握るための足がかりとして宮中伯の心を揺さぶり、単なる近づくためのきっかけとして私の命を使い捨てようとしているのだ。あるものすべてを自分の駒としか考えていない。


 そこにあるのが帝国の行く末を見据えた冷徹さではなく、ただただ肥大化した欲であることが気持ち悪かった。



「だからこそ、お前のことは何としてもこの城で(・・・・)守らねばならない。決して存在を気付かれず、そして死ぬな」


「ありがとうございます。ですが、このお城である必要はあるのでしょうか?」



 そんな苛立ちのせいで、無意識に少し刺々しい返しをしてしまった。こんなの八つ当たりだ。



「ある。ティッセン宮中伯夫人はホーネッカーの家の出身だ。ホーネッカー宮中伯はイェーガーと強い友好関係にある。うちの使用人の管理が行き届かないために、お前たち親子が罰せられたら大問題だ」



 ヨハン様は無表情を崩さず、淡々と事実を告げる。それを聞いて心の中にもやもやがたまる自分に対して怒りが沸いた。主に対して甘えすぎである。


 返事もできず俯いていると、くく、と意地悪そうに笑う声が聞こえた。



「なんだ。お前はここに帰ってきたいと言ってくれたと聞いていたが、話が違うようだな? この城が嫌なのであれば、今から国外に送り出しても構わんぞ。隣国の貴族にも伝手はある。イェーガーの責任からは外れる上、辺境伯らの手は届くまい」


「そっ、それは……」



 あまりのことに言葉が詰まる。思わず城にいたくないかのような言い方をしてしまったが、シュピネさんに問われ、ここに戻ってくることを選んだのは私の意志だ。



「ヘカテー、勘違いをするな。イェーガーの家にとって、本当はそれが一番楽なのだぞ。それでもお前に塔での生活という選択肢を与えた意味が解らんか」



 恐る恐る顔を上げると、ヨハン様は穏やかな微笑みを浮かべていた。



「俺たちはお前を必要としている。使い捨ての駒ではない、俺が側に置く者として選んだ一人の人間だ。だから、ここにいろ」

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