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茶番劇の裏で

「まず初めに言っておくけど、ご領主様は敵じゃないわ」


「えっ、大広間で謁見したときは、無理やり私を有罪にしようとなさっている感じでしたが……」


「それはクラウス様を欺くためね。彼は本当に狡猾で油断のならない人。でも、自分の思い描いた台本通りにこと(・・)が進んでいると思えば、少し隙ができるでしょ? 裁判にかけるといって目の前で塔に幽閉すれば、クラウス様を安心させられて、時間稼ぎになるから」


「つまり、全部演技だったってことですか」



 大広間でのご領主様は、冷酷無慈悲で、私に意見を求めつつも、喋らせる気は一切ないように見えた。だからこそ私は、何らかの理由でご領主様とクラウス様が共謀して、私を陥れようとしているのだと思っていたのだ。その後、実際に捕縛され、塔の地階に押し込められたのだから猶更。



「演技、と言っていいかはわからないわね。あの人(・・・)は昔からあんな感じだから。でも、ご領主様はヨハン様からの連絡を受けて手を貸してくださったのよ」


「ヨハン様から!?」



 思いがけない名前が出てきたことに驚く。



「ええ。さっき、手紙のせいで状況が変わったって言ったでしょ? あなたがベルンハルト様を大道芸に誘って、オイレに託した手紙のこと。クラウス様はヨハン様とご領主様の橋渡しをしていたのよ? 当然、私たち隠密の存在も、その中に大道芸人がいることも知っているわ。ヨハン様は手紙を受け取ってすぐ、クラウス様があなたの動きに気づいて口を封じようとするだろうと、ご領主様に連絡を取ったの」


「そんなにすぐ感づかれるとは思いませんでした……」



 迂闊だった。あの時は、誕生日に欲しいものを聞かれて答えただけだったし、クラウス様も私を手元においておきたがっているように思えたので、それがそこまで危険な行動だとは思っていなかったのだ。



「彼は堅実で、案外小心者なのよ。確実にできると判断したことしかやらない人。まぁ、本人が優秀で、自分ならできると信じられることが多いからなんでしょうけど……使える駒だと思えばすぐ欲しがるくせに、駒が優秀すぎると出し抜かれるんじゃないかと怖くなってしまうのね」


「気づかれるとは思わず手紙を出してしまう時点で、自分が優秀とは思えません」


「その行動がどう見えるかは人によって違うわ。クラウス様の目には、ヘカテーちゃんが未だヨハン様に仕えていて、本物の主人(ヨハン様)のためなら仮初の主人(ベルンハルト様)を平気で騙し、命がけの行動も平気でできる人、と映ったはずよ」



 言われてみると、本物の主人以外にとってそんな人材は危険すぎる。クラウス様が小心者でなくとも、側に居てほしいとは思わないだろう。



「……手紙は、役に立ったのでしょうか」



 ヨハン様を守りたい一心で必死に託した手紙だというのに、その手紙のせいで窮地に陥り、結果的にヨハン様に守られたとなっては少々ばつが悪い。



「あなたは本当にいい子ね」



 なので、はっきりと肯定しないシュピネさんの返答に、私は少し肩を落とした。



「ヨハン様は、クラウス様がどういう人で、どんな将来を思い描いているか、最初からわかっていたわ。でもね、彼はとても立ち回りが上手い人。決定打になるような証拠はずっとなかったのよ。だから、ご自分やこの家に訪れるかもしれない未来を知りながら、誰にも言わず、孤独に戦ってた。子供のころから何年もね」


「隠密の皆さんがいるじゃないですか」


「そうね。でもあたしたちは証拠を集めるのが仕事。何かあっても証言をすることはできないの。表向き存在する人間じゃないから」



 そういうと、シュピネさんは髪を編んでいた手を止め、わたしをぎゅっと抱きしめた。



「だから、そう、役に立ったの。情報そのもの以上に、あなたがあの手紙を出してくれたこと自体が、ヨハン様にとっては何より嬉しかったはずだわ。だからこそ、決定的な証拠が見つかるまで黙っていたのに、ご領主様に連絡を出されたのよ。ご領主様も、ヨハン様のもとで半年も働いたあなたの書いたことなら、無碍にすることはない。内容に憶測が多いから公にできるものではないけど、少なくともヨハン様とご領主様との間では、一種の証言として機能したの」


「全く無意味なわけじゃなかったなら、良かったです……」



 シュピネさんは腕をほどいて、俯く私の手を取った。ぼろぼろになった痣だらけの手。



「ヘカテーちゃん、もっと自分のことを大切にしてね」


「これはその、不可抗力と言いますか……手紙を出した時には、こんな結果を招くとは思わなかったんです」


「それでもよ。あなたが南の塔へ放り込まれたと聞いて、ヨハン様も大変だったんだから」


「え、ヨハン様のご意志ではなかったんですか?」



 先ほどの話では、ご領主様はヨハン様からの連絡を受けて手を貸してくださったはずだ。目の前で塔に幽閉すれば時間稼ぎになるからと。



「一旦捕縛するのはヨハン様の案だけど、地階に放り込むとは思わなかったらしいわ。南の塔は今空いているから、普通に考えれば見張りを置いておくだけで十分だもの。ご領主様としては、そのくらいあなたを黒だと思っていると、クラウス様に態度で示したかったんでしょうね」


「たしかに、私を地階に投げ落とした後のクラウス様は、とても満足そうにしていました。余裕の笑顔で、必ず迎えに来ます、なんて言ってましたし」


「じゃあ、そこもヨハン様の予想の通りだわ。多分彼は、翌日に手筈を整えてから、裁判の前に誘拐するつもりだったのね。だからあたしは、先回りしてその日の夜のうちに救出する必要があるって話になったの。間に合って本当に良かった!」


「え、待ってください、その日の夜のうちに救出って……私はあの場所に一晩もいなかったっていうことですか」


「そうなるわね。ベルンハルト様のお部屋での出来事も、大広間での謁見も、全部昨日のお話よ」



 愕然とした。少なくとも二晩は過ごしていると思っていたのに、晩課から讃課まで程度の間だったというのか。苦しい時間は長く感じるというが、私は時の感覚を奪うあの暗闇に改めて恐怖した。

晩課は午後9時頃、讃課は午前3時頃です。当時はまだ時間の単位がないので、修道院で鳴らす鐘を基準に曖昧に時間を測っています。実際には、ヘカテーが地階にぶち込まれたのは午後7時頃だと思われるので、8時間くらいそこで過ごしていたと言えるでしょう。

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