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それは似ているが故に

 ベルンハルト様のお部屋を出ると、外には騎士の方々が控えていた。



「クラウス様、そちらは……」


「まだ容疑の段階です。処分が決定したわけではありませんので、手荒な真似は避け、拘束と監視にとどめておきなさい」


「承知いたしました」



 中には先日の街歩きでついてきてくださった方もおり、困惑した顔で私のことを見ている。周囲の使用人たちも仕事を続けてはいるが、こちらをちらちらと伺っているのは明らかだった。


 おそらく、クラウス様はわざと騒ぎを大きくしている。先ほど珍しく大声を上げたのもそうだし、この仰々しい騎士の集団もそうだ。私が無事にご領主様の前で無罪を認められたとしても、仕事に復帰するのは難しい。ベルンハルト様もあそこまで言われては、周囲の刺々しい視線と戦ってまで私を傍に置く決断はされないだろう。


 つまり、クラウス様は私をこのお城から追い出すつもりでいる。オイレさんはクラウス様の欲しがっているものの中には私も含まれると言っていたし、私もクラウス様が私を取り込もうとしていらっしゃるのを感じていたので少し不思議だ。


 また、今こうして捕まってはいるものの、手荒な真似はしないようにとの指示を出されている。拘束は緩く、怪我をしないように配慮されているようだった。どうにも目的は見えてこないが、城からは追い出したいが、殺したいわけではない、といったところだろうか。


 しかし、ベルンハルト様のお部屋でのやりとりを考えると、私が自分の無罪を主張できるとは到底思えず、有罪と断じられれば待っているのは死のみだろう。


 陰鬱な気持ちで考え事をしつつも、ご領主様の予定はすぐにはあかないので、私は騎士の方々に監視されながら城門塔で待つことになった。



「ヴィオラさん、イェーガー方伯がお会いになるそうです。来てください」



 日が落ちるころになって、私の監視をしていた騎士の方が声をかけてきた。



「かしこまりました」



 縛られたままなので両脇を騎士の方々に支えられてはいるが、居館に向かうまでの間、彼らは一言も言葉を発さない。暗い廊下、壁にかけられた松明が皆の顔を揺らめかせ、まるで幽霊に囲まれているような不思議な気持ちだった。



「ご報告申し上げます。イェーガー方伯様、並びにご子息ベルンハルト様。メイドのヴィオラを連れてまいりました」



 大広間に案内されると、先頭に立った騎士が報告する。



「入りなさい」



 少し時間をおいて、中から声がすると、案内係により扉が開けられた。声はヴォルフ様のもののようだ。


 中に入ると私は膝立ちで前に突き出され、案内係は下がり、騎士の方々は跪いて控えた。



「皆ご苦労だった。クラウスより話は聞いているが、ここは方伯様に最終的なご判断を仰ぐ場だ。気を引き締めよ」


「良い。さっさと始めよう」



 ヴォルフ様のいつになく厳かなお言葉に対し、割って入るように声が降ってきた。初めて聞くご領主様のお声だ。ヨハン様のお声を一段低くして渋みを足したような、少しだけしゃがれたお声。



「お前がヴィオラか。名前だけはよく話に聞いていたが、見るのは初めてだ。顔を上げろ」



 発言を許されたわけではないので、無言のままそっと顔を上げる。そこに見えたのは、白っぽい金髪に淡い緑の瞳をした壮年の男性だった。しかし彩度の低い色合いに反して、その瞳は暗がりとシャンデリアの火とのコントラストも相まって、脂でも塗り付けたかのようにギラギラとしている。



「ふん、これは随分と愛くるしく、整った顔をしているものよ。まるで(・・・)純真無垢な乙女を思わせるその面立ち、惑わされた我が息子たちを一概に責めることもできんな」



 ヨハン様とベルンハルト様を足して割ったような色彩をお持ちでありながら、ご年齢以上の老獪さが滲み出たそのお顔はどちらにも似ておらず、背中をつぅ、と冷や汗が伝った。



「してクラウス、彼女の部屋は調べられたか」


「はい、調べさせたところ、同じように切られた断片が壁中から出てまいりました。彼女が持っていた断片と合わせて全てを組み合わせても完成しませんでしたが、ホーネッカー宮中伯からの文書で間違いありません。引き続き調査させております」


「そうか。さて、念のため聞いておこう。ヴィオラ、何か言いたいことはあるか」



 きちんと弁解の時間が与えられたことに内心ほっとしながら、慎重に言葉を紡いだ。



「恐れながら、今回のことは時間の巡りあわせの悪さが招いた誤解でございます。他のメイドの手伝いをして部屋に戻ったところ、違和感があり、部屋の中を探ってみたところ壁に紙切れが挟まっているのを見つけました。中身を確認したところ、何か公的な文書と思われましたので、それをもってヴォルフ様にご相談に行こうと部屋を出たのですが、そこでクラウス様にお会いし、持っていた紙切れを見咎められたのがことの顛末にございます」


「なるほど」



 帰ってきた言葉は抑揚がなく、先ほどまで以上に冷たい。嫌な予感がする。



「今の答弁で、お前には少なくとも三つ罪があることがわかった」


「え、そんな……!?」


「ヴィオラ、方伯様がお話し中です」



 思わず声を上げると、ヴォルフ様に冷たく制された。



「し、失礼いたしました」



 慌ててお詫びをする私を無視して、ご領主様は続けられた。



「一つ、重要な機密文書を許可なく読んだこと。二つ、内容を理解した上で自分の意志でそれを所持していたこと。三つ、クラウスに会ったにもかかわらず、そこですぐ相談せず文書の存在を隠し通そうとしたこと」



 淡々とした口調や論理的なお話の仕方は、ヨハン様とよく似ていらっしゃる。しかしそれは、似ていらっしゃるからこそ、決定的な違いを感じさせるものだった。


 ヨハン様は常日頃、何事に対しても仮説と検証が重要であると私に説いていた。論理的な思考は、仮説を導き出すための手段にすぎない。


 ご領主様は逆だ。先に結論があり、それを補強するために論理的な説明を使われている。今の場合なら、私を有罪にするという結論が先にあってこそのお話である。


 そういえば、クラウス様はもともとご領主様とヨハン様の橋渡しをされていたお方。今回の件も、クラウス様とご領主様のお二人で、何か共謀されていたとしてもおかしくはない。



「さて、ヴィオラ。改めて問うが、まだ他に言いたいことはあるか?」



 私は身震いした。喋る機会を与えられても、余計に罪が増えていくだけ。この方は、温情を与えるふりをして、人を陥れるための道筋を何の迷いもなく作っていかれる方だ。



「……いえ、ございません。先ほど申し上げたことが、私の知るすべてでございます」


「賢明な判断だな」



 ご領主様は相変わらず抑揚のない声で、自己弁護の機会を辞退した私を褒めた。

やっとご領主様が登場しました!意外とかかってしまいましたね・・・

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