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煉獄の旅路

「驚いたか? 当時の私は、それが正しいことだと本気で思っていたのだよ。あの智謀に残虐さが合わされば、この家や領地にどんな未来が待っているかも恐ろしかったし、哀しみに気が触れて罪を重ねる彼を、実の兄である私こそが、愛をもって救ってやらねばならないとも思った」


「いえ……ご状況がご状況です。そういう判断をされるのも無理はないかと」



 ベルンハルト様の意志であったことには驚いたが、塔に幽閉されたヨハン様を配下が襲ったということ自体は、私はさほど驚かなかった。冷静で理知的なヨハン様が、自らの家に仕えるメイドや侍従を後先考えず殺してしまうとは考えにくいと、前から思っていたからだ。襲われたのを返り討ちにしたとなれば納得できる。


 その後、出来上がった遺体をすぐ有効活用(・・・・)されてしまうところは悪い意味でさすがヨハン様と言わざるを得ないが。



「私の言葉には強い力がある。崇高な目的を語れば、人はその心を沸き立たせ、私のためにつき従い、簡単に命を差し出してしまう。戦場でもそうだ。兵士の何たるかを説いて士気を上げ、勝利を収めるは良いが、一体どれだけの死体が積みあがったことか。無責任に鼓舞するだけして自分は天幕に下がり、一体どこが勇敢がというのか。実際、血狂いの弟(ヨハン)などよりも、私の言葉によって死んだ者のほうが多い。それでも皆、私を眩しげに見つめ、黄金だの太陽だのと呼ぶ。私に熊のように勇敢な者(ベルンハルト)であることを求め続けるのだ」



 不躾とは思いつつ、私は指でその涙を拭う。

 二月ほどとはいえ、こんなにお側にお仕えしながら、明るさの陰にここまでの苦しみを抱えていらっしゃるとは思ってもみなかった。


 よく考えれば当然のことだ。方伯とは、帝国に属する貴族であるとともに、領邦の君主たる存在である。クラウス様のような謀略に長けた貴族を相手に飄々と立ち回りながら、領民の命と帝国の誇りという重圧を常にその両肩で支え続けなければならないのだから。


 しかし、自分が責任を持つものの全てを守るというのは不可能なことだ。より大きなものを守るために、何かを、誰かを、切り捨てなければならない場面などいくらでもあるだろう。外からどんなに優雅に見えようと、それはまさしく煉獄の旅路だ。


 もしかするとベルンハルト様は、君主として上に立つにはお優しすぎるのかもしれない。不敬な考えだが、人を魅了する圧倒的なカリスマ性を持ってしまったことは、この方にとって不幸だとしか思えなかった。



「しかも何年か前、私は気づいてしまった。いずれ上に立つものとして、今の私のこの在り方は、おそらく父上の望まれるものではなかったのだと。考えてもみろ、妹の名は知恵ある者(ゾフィー)、そして祖父上と同じ先駆者(ヨハン)の名は私ではなく弟が継いでいる。ヨハン=アルブレヒト……あの血狂いは、祖父上と区別するために、祖父上と父上の両方の名をとって呼ばれるのだ」


「ベルンハルト様とヨハン様のお年は5歳しか変わらないではないですか。ご領主様はベルンハルト様の行動を見てお二人の名をつけられたわけではありません」


「そんなことは私だってわかっているよ、ヴィオラ。それでもこの名前は、私を悩ませるのさ」



 涙を浮かべたままで、ベルンハルト様は笑われる。



「そんなことを考えるようになったら、今度は周囲がいかに自分を気遣っているかも見えてきた。クラウスもヴォルフも、私こそが方伯にふさわしいと強調する。それは要するに、あの塔に閉じこもっていて尚、弟が継ぐ可能性がまだ残っているということでもあるだろう。勇敢さをもって人を導こうとしていた者が、親しい者には子供のようにあやされて、私はまるで道化だ。そこに思い至った時、私は今までずっと、自分が弟に嫉妬していたということにも気づいてしまった。なんとも恥ずかしい話だな」


「ベルンハルト様、恐れながらそれは考えすぎです。クラウス様もヴォルフ様も、ベルンハルト様に心酔されているからこそそうおっしゃるのです。それに、仮に心の中でヨハン様に嫉妬されていたとしても、それを行動に表すことなくご自分を制していらっしゃるのですから、私はご立派だと思います」


「なぁヴィオラ、君はどうしてそんなに私に優しくしてくれるんだ? どうしてあの弟にも優しくできたんだ? 私の幼稚さも、弟の冷酷さも、君がわからないわけがないのに」


「優しさで申し上げているのではございません。私はお二人ともを、心から尊敬しておりますから。むしろお優しいのはベルンハルト様の方です」



 ふいに、ベルンハルト様の腕が私を包み込んだ。



「困ったな。君を妻にすることはかなわないのに、このままでは君を本気で愛してしまいそうで怖い。すまない、君はそんなことを望んでいないことはわかっている。でも私は、適切な距離の保ち方が、わからなくなってしまった」



 逃すまいと言いたげに抱きしめる両腕の力は強く、しかし震えていて、私はそれを恐ろしいとは感じない。



「大丈夫です。私は、ベルンハルト様の望まれる距離でお側におります」



 ベルンハルト様と私の気持ちの種類が違うということは、お互いわかっている。だが、私の気持ちは紛い物の恋心ではなく、本物の敬意と友愛だ。


 この違いで苦しめてしまうなら離れ、それでも良いといってくださるならもっと近く……この方の望まれる距離で、この方の心を少しでも支えることができるなら良い。

修羅の血脈、って仏教用語使うのも変だなと思ったので、タイトル変更しました。

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