見知らぬ友人
「思っていたよりも面白かった! しかし、2度目に協力者を募られた時も手を挙げたのには驚いたぞ。ヴィオラは意外と度胸があるな」
奇術でもらった金粉付きの薔薇をマントの襟元に差したまま、ベルンハルト様は笑った。私も大道芸は何度か見たことはあるが、あそこまで派手な奇術は見たことがない。ベルンハルト様が初めてしっかり見るものとしては大当たりだっただろう。
「度胸と言いますか……最初に出てきた方も元に戻してもらえていましたし、あれだけ観客がいる中で悪いことをすれば人気も落ちますから、危険はないと思いまして」
「いや、芸人の感覚など我々にはわからん。特に旅芸人は犯罪とのかかわりも深いから、見る分にはいいが、あまり迂闊にかかわろうとしないほうが良いぞ。向こうにしたら冗談のつもりでも、ヴィオラに何かあったら心配だ」
「ありがとうございます、これからは気を付けます」
その芸の人気から忘れられがちだが、大道芸人は賤民に区分される。貴族が見る娯楽でもないし、ベルンハルト様からしたら得体の知れない存在なもかもしれない。
それにしても、オイレさんの奇術には驚かされた。もともと何かと器用なことは知っていたが、基本的には歯抜き師を名乗っているので、軽業ならまだしも奇術のみの演目を行うとは思っていなかったのだ。
「ねぇ、もしかしてヴィオラちゃん? ヴィオラちゃんよね?」
「おい、何者だ!?」
ベルンハルト様と雑談していると、ふいに声をかけられた。騎士に制されながらも一生懸命こちらに声をかけてくるあの人は、先ほど老婆に変える奇術をかけられていた美女だった。
「あなたはさっきの……」
「ヴィオラさん、お知り合いですか?」
相手が女性で、かつ声をかけているのがベルンハルト様ではなく私なので、騎士たちは近づいて来る彼女を制しつつも、そこまで警戒はしていないようだった。
「やっぱりヴィオラちゃんでしょ? あたしのこと覚えてない?」
潤んだ目でこちらを見つめてくるが、わたしの記憶の中にいる人ではない。
しかし、彼女は先ほどオイレさんに協力した人だ。並外れた容姿からしても、単なる観客ではなく仕込まれていたのかもしれない。
私は一つの可能性にかけてみることにした。
「もしかして……フィーニおねえちゃん?」
「覚えててくれたのね!! そうよ、数年前にここに帰ってきてたのよ!」
私の知り合いにフィーニという名前の人はいない。それに対し当たり前のように反応したということは、やはりこの人はオイレさんの仲間だ。隠密かどうかはわからないが、何らかのメッセージを持ってきてくれたのだろう。
「声かけてくれるまで全然わからなかったよ! フィーニおねえちゃん、最後にあった時はまだ14か5だったもの」
「そうよね。帰ってきてすぐ探そうと思ったんだけど、わかってもらえなかったらと思うと怖くて……でも、さっき前に立ってるのを見て、絶対そうだと思ったから、思わず声をかけちゃった!」
騎士たちは警戒を解いて前を開けてくれた。私たちは駆け寄って抱き合うと、偽物の再会を喜ぶ。
「ヴィオラ、そちらの女性は……?」
「大変失礼いたしました。ベルンハルト様、彼女は私が小さい頃、よく姉代わりに一緒に遊んでくれた人で、フィーニといいます。フィーニおねえちゃん、この方は私が今お仕えしている方で、ご領主様のご子息のベルンハルト様だよ」
「まぁ、初めまして、フィーニです。『黄金のベルンハルト』様、お名前は存じておりました」
「そうか。ヴィオラに声をかけてくれてありがとう。二人が久しぶりに再会できたようで、私も嬉しいよ」
「そ、そんな……」
「もったいなきお言葉にございます」
ベルンハルト様に笑いかけられて、顔を赤らめながら言葉につまる「フィーニおねえちゃん」は、同性の私が見ても胸がキュッとするほど色っぽく、かわいらしかった。
ベルンハルト様にご許可をいただいて、私たちは少し近況を報告しあい、またきっと会おうと約束して別れた。
「お時間をいただきましてありがとうございました」
「いや、いいんだ。ヴィオラが楽しそうで私も嬉しかった」
彼女の姿が完全に消えたのを確認すると、ベルンハルト様は徐に口を開いた。
「ヴィオラ、フィーニに側にいてほしいか?」
「え、それはもちろんですが……」
「先ほど君たちは『また会おう』と言っていたが、おそらく彼女の職業上難しいだろう」
「職業上難しい、とはどういうことでしょうか」
「年若い女性にはわからないか……彼女の服装、装飾品、そして何より化粧。あれは娼婦だ。ここへ戻ってすぐに君を探せなかったのも、自分の職業を恥じたからかもしれない。また、彼女を城に招くことも到底できない」
言われてみれば納得のいく話だった。一般の女性で濃いお化粧を施す人はほとんどいない。元の顔立ちがはっきりとした美しい人なので、お化粧の濃さがわかりにくかったが、確かにあの朱い唇は噛みしめただけでは出せない色と艶だった。
「ヴィオラ、もし君が望むなら、メイドとしてうちで雇ってもいい。さすがに下級のメイドにはなってしまうが」
さりげなく手を差し伸べようとしてくださるベルンハルト様はやはりお優しい。
しかし、私には彼女がどういった立場の人なのかよくわからない。もしも娼婦という立場を利用してオイレさんの手伝いをするような機会のある人なら、メイドとしてお城にいれてしまって妨げになってしまうだろう。
「そこまでお気にかけてくださり、本当にありがとうございます。ですが、大変なお仕事であっても慣れや目標があると思います。事情を知らぬまま私の一存で転職させてしまっても、かえって困ってしまうかもしれません」
「言われてみればそうかもしれないな。さて、城に戻るか。今日は一緒に出掛けられて楽しかったよ」
「はい、私の方こそ本当に楽しかったです。ありがとうございました!」
娼婦の立場は時代によってかなり上下します。中世後期の資料はたくさんあるのですが、この小説の舞台としている11〜12世紀の資料があまり見つけられず、13世紀のイギリスで「娼婦を家に迎え入れる」という罪があったことから低い立場であったと類推しました。また、身につけるもの(赤い飾り紐など)で娼婦であることを示すようになるのは14世紀以降のようなのですが、同じく資料がないので取り入れてます(13世紀のフランスではかなり着飾っていたようです)。
ちなみに、ベルンハルトが差別的な人間だと感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこの世界ではかなり人権意識の高い方です!
身分社会が当たり前の時代なので、誰もが差別的なのです。




